第7話 干し草の上のマント、騎士の心が軋む夜
王宮や庁舎を見て回るうちに、遠出の許可が下りた。
「行くのは明日でいいか?」
「私はいつでも。どうやって行くんですか?」
「馬車では途中までしか行けないから、馬でもよいか?」
「体験乗馬くらいしか経験ありませんけど」
「俺の馬に二人で乗ればいい」
◇◇◇◇◇
当日はハーフスリーブのシャツにストレートのデニム、そしてスニーカーを履いていく。その服装を見たレオンが少しだけ顔をしかめた。何かが気に入らないのかもしれないが、乗馬服など持っていない。
結局、何も言われなかった。諦められているのかもしれない。
戻って来る頃は肌寒くなっているというので、長袖のカーディガンを腰に巻いた。
途中にお店が少ないので、お弁当的なものを用意しておいてくれたらしい。
朝八時に寮を出た。城下町を出て街道をぱかぱかと進んで行く。ひんやりとした朝の空気が心地よい。この国の夏は湿度が低くて快適だ。
一時間ほど進むと田園地帯に出た。どこか日本の田舎を感じさせる。
「あそこで少し休もう」
レオンが指差すほうを見ると公園のような場所があった。このあたりの人の憩いの場だろうか。見たことのない花々が植えられていて癒やされる。
ベンチに座って持参した朝食をとる。
「疲れていないか?」
「大丈夫です。少し腰が痛いですけど。あとどれくらいですか?」
「魔の山に一番近い大きな町まで二時間半くらいだ。途中でもう一回くらい休憩して、その町で昼食にしよう。もっと近くまで行ってみたいか?」
「行けるところまでは行ってみたいです」
「わかった。それでは先を急ごう」
最後の大きな町を出てから一時間ほど進むと、かなり麓に近づいた。魔の山が大きく見える。そして、なんとなく禍々しい雰囲気を感じる。この山を登るなんて、賢斗は本当に大丈夫なんだろうか。
そんなことを思いながら山を見上げていると身体に違和感を覚えた。肌が焼けるように熱い。さっきまでの風が、急に重くなる。
「レオンさん……なんだか、空気が重くて……」
沙弥の視界が薄灰色の靄に覆われていく。腕に浮き出た斑点を見たレオンの顔が、見たこともないほど険しく歪んだ 。
「瘴気か……サーヤ!」
意識が遠のく中、沙弥はレオンの力強い腕に抱き上げられたのを感じた。
(……また、迷惑を……)
謝ろうとした唇は動かず、そのまま深い闇へと落ちていった 。
レオンは沙弥が馬から落ちないように抱え、町へ戻る道を走る。
(魔獣が増えると瘴気が濃くなるとは言うが、もうこんなに影響が?)
沙弥の呼吸が荒くなってくる。
(町までもたないかもしれない)
だが、
(死なせるわけにはいかない)
……なぜか、その考えだけが強く浮かんだ。
あたりを見回すと、干し草小屋のような建物があった。近くにいた持ち主に事情を話して貸してもらうことにした。
干し草の上にマントを敷いて沙弥を横たえる。
「すまないが、服を脱がすぞ」
手早く衣服を外し、浄化と回復の魔法を重ねる。斑点が消えていく。だが……沙弥の意識は戻らず大きく咳き込んだ。
(体内もやられたか)
口をこじあけて体内も浄化すると、ようやく沙弥の意識が戻った
「あれ? 私、どうしたんでしたっけ?」
「瘴気にやられて意識を失った。治療が必要だったので服を脱がせたが、下着までは脱がせていない」
「……」
「必要だった」
「レオンさんは、平気なんですか?」
「ああ、多少は耐性があるのだろう。異世界人の君と違って」
「私がアレルギー体質なせいもあるかもしれません」
「『アレルギー』とは?」
「特定の物質に体が過剰反応してしまうんです。花粉が飛ぶ季節になると、くしゃみが出たりとか…………あの、もう服を着てもいいですか?」
「ああ、すまない」
日本では治療だけでなく検査や検診でも服を脱ぐことが多いので、沙弥は服を脱がされたことをあまり気にしていなかった。
「治療って、どうやってしたんですか?」
「浄化魔法をかけてから回復魔法をかけた」
「お医者さん以外でも治療ができるんですね」
「浄化魔法を使える者は少ないし、回復魔法もとなるとさらに少ないが」
「護衛がレオンさんでよかったです!」
(死にかけたのに呑気な娘だ)
「今からだと王都に着くのが夜中になってしまうから、今日はこの小屋に泊まらせてもらおう。小屋の中なら瘴気の影響も薄いだろう」
小屋の持ち主はレオンたちが泊まることを快諾してくれ、食糧もわけてくれた。
それを食べ終わるとレオンが言った。
「君はそこのマントにくるまって寝るといい。このあたりは日が沈むと冷えるからな」
「マント敷いてくれたんですね。いいんですか? 騎士にとって大切なものでしょう?」
「そこまでのものではないから気にするな」
沙弥が干し草の上に敷かれたマントに寝転ぶ。
レオンは小屋の隅にある木箱に腰掛けている。そのまま一晩過ごすつもりだろうか。
……自分だけマントの上に寝転んでいるのが申し訳なくなる。
「レオンさんもこっちに来たらどうですか? 横にならないと疲れが取れないし、くっついていたほうが温かいですよ。私の国では、雪山で遭難したときには、密着してお互いの体温で温め合うことになっているんです」
「……本当におかしな国だな、君の国は」
そう言いながらも、レオンはそばにやってきて沙弥の隣に横たわった。
「明日は日の出前に出発するから早めに寝ろよ」
「はい、おやすみなさい」
その会話の三分後には沙弥の寝息が聞こえてきた。早く寝ろとは言ったがまだ日も暮れていない。
「よっぽど疲れていたのか……。それにしても無防備な娘だ」
彼女は、俺が異性であることを忘れているのだろうか。……それとも、信じているのか。
そんなことを思いながら、干し草に絡まった沙弥の長い髪を指先でそっと払った。
……触れた指を、すぐに離す。
(……これは、任務ではない)




