第6話 魔法の国と科学の国、二つの世界の温度差
翌日……。
沙弥は昼ごろ迎えに来たレオンと一緒に庁舎の食堂に行った。
カフェテリア形式で色々な食べ物から選べる。見ただけでは何かわからないものも多いので、レオンに説明してもらう。肉料理を二口分ほど取って、あとは野菜中心にしておく。
「会計ではこのカードをかざせばよい」
レオンがそう言ってカードをくれた。沙弥の会社でも、カフェテリアのレジで社員証をかざせば自動的に会計された。無料ではなく給料から天引きされたが。
食堂の長いテーブルの端に向かい合って座った。本来なら、ここでも護衛は同席しないのが普通らしい。
肉にはこってりとしたソースがかかっていて少しくどいが、野菜は日本と変わらない味でおいしい。ハーブティーのようなお茶もおいしかった。
「鳥の餌みたいな量だな。こちらの食事は口に合わないか?」
レオンはオーブリーから「勇者が姉の食事の心配をしていた」と聞いていたので、沙弥の食の細さに眉をひそめた。軽い冗談めいた言い方だが、どこか本気で心配している様子もある。
沙弥はフォークを止めて小さく首を振った。
「多少味が濃いですけど、食べられないほどではないです。食べる量は普段と変わっていません。それよりレオンさんの食べる量が多くてびっくりです。身体を使う仕事だからなんでしょうけど」
レオンの前に大量にあった料理の皿はほとんど空になっていた
「そうだな。食べられるときに食べておかないと、食事をとれないこともあるしな」
(そういえば、街に行ったときはレストランで食べずに護衛をしようとしていたな)
レオンは最後の一口を飲み込むと、沙弥に視線を向けた。
「この後はどうする?」
沙弥は少しだけ迷うように目を伏せてから顔を上げた。
「弟に会えますか?」
その言葉にレオンは、一瞬だけ間を置いて、頷く。
「訓練場に行けば会えるだろう」
訓練場に近づくにつれ、金属のぶつかる音と掛け声が聞こえてきた。賢斗が剣の稽古をしている。子どもの頃に剣道を習っていたはずだが、剣術はまた勝手が違うのかもしれない。
沙弥たちが見ているのに気づくと、相手の騎士に合図をし、手を振りながらこちらに近づいてきた。
「姉さん、元気? 何か困ったりしてない?」
「大丈夫よ。レオンさんがよく面倒みてくれるし、ちゃんと守ってくれてるから」
「それならいいけど……」
「私より、賢斗は大丈夫なの? 七千メートルくらい登るんでしょ。高山病になったりしないかな? すごく寒そうだし……」
「俺もそれ聞いてビビったけど、結界? とか張りながら登るんだって。こっちの世界、魔法があるって聞いた? すごいよな!」
「聞いたわ。でも、本当に気をつけてね」
「うん、姉さんもね。それじゃ、まだ稽古があるから行くね。また見に来てくれよ。レオンさん、姉をよろしく!」
賢斗は明るくて人懐っこい子だから、きっとみんなに可愛がられるだろう。長身なので騎士たちに混ざっていても違和感がない。
「君たちは仲が良いんだな」
「二人だけの姉弟ですし、年が離れているので、可愛くて甘やかしてしまって」
「それでケントは君をあんなに慕っているのか」
「そうかもしれません。レオンさん、ご兄弟は?」
「兄と姉がいるが、姉とはそれほど仲良くない。仲が悪いわけではないが、そもそもあまり話をしない」
「貴族と平民の違いもあるのかもしれませんね」
これまでに勇者の死亡例があるのか聞いてみたところ、レオンが知っている限りはないと言う。それを聞いて沙弥はほっと胸を撫で下ろした。
その後は、庁舎の図書室に行ってみた。『言語理解』の加護のおかげか、この国の本を普通に読める。
歴史や地理の本が興味深い。この世界には七つの王国があり、ルーキスはそのひとつ。温暖で農業が盛んらしい。中世のようでいて、魔法のおかげで暮らしはずっと快適だ。
魔法について、レオンに聞いてみる。
「レオンさんは、どんな魔法が使えるんですか?」
「俺はかなり色々使えるぞ。生活魔法は大抵使えるし、治癒魔法なんかも使える。魔力量も多い」
「エリートなんですね」
「まあ、そうだな。サーヤの世界には魔法がないんだろう? 不便ではないか?」
「魔法の代わりになる技術が発達していますから。この国より便利なくらいですよ」
「そうなのか? 想像がつかんな」
スマホやパソコンがないのが一番不便だが、デジタルデトックスをする良い機会かもしれない。
その後は、レオンとお互いの国について色々と話し合った。
ルーキスは魔法の国だが、魔法に頼り切っているようにも見えない。生活魔法や治癒系の魔法は便利だが、攻撃魔法を実践で使うことは、そう多くないらしい。
魔獣王問題を除けば平和な国のようだ。
※※※※※
レオンはその夜、昨日ほどには疲れていないことに気づいた。
今日一日を振り返る。
勇者とサーヤは本当に仲が良いようだ。……少し羨ましい。ああいう関係を自分は持ったことがない。
サーヤが勇者に見せる顔は、俺に見せる顔と全然違っていて優しかった。あんなふうに誰かを気にかけたことが自分にあっただろうか。……まったく思いつかないことに愕然とする。
勇者は何の義理もないこの世界に突然召喚されたにもかかわらず、文句も言わず役目を果たそうとしてくれている。考えてみればありがたいことだ。
サーヤも弟のことが心配なようだが、俺たちを責めることはしない。何に対しても動揺を見せず受け止めている。
……変な女だが、悪くない。理解はできないが、目が離せない。
サーヤたちの住む『日本』という国は、話を聞く限りとんでもない国のようだ。
一度に何百人も運べる空飛ぶ乗り物や、地上を時速三百キロで走る乗り物があるという。六十階建て以上の建物もあるらしい。
……信じがたい。もし事実なら、あまりにも危険すぎる。もしかしたら、からかわれているのかもしれない。
サーヤはルーキスについてあまり驚いていなかったが、魔法があること以外、数百年前の外国に似ているそうだ。
『日本』では貴族制度が廃止され、国民全員が平等だと言う。貧富の差はあるが、誰でも自由に支配層を批判できるらしい。それもちょっと信じがたい。
「あまり民衆から搾取していると、そのうち革命が起きますよ」と言っていた。
ずいぶん物騒なことを……と思ったが、向こうの世界で実際に起きたことらしい。
だが、「この国の王様なら大丈夫でしょう」とも言っていた。
……王は召喚の件を謝罪したらしい。
やはり、『日本』とルーキスは違いすぎて、サーヤにも色々気になることがあるのだろう。俺がサーヤを奇妙だと思っているように、……あいつから見れば、俺のほうがよほど奇妙なのかもしれない。
……いや、きっとそうだ。




