第74話 壊れゆく騎士、空虚な金の瞳
翌日、一人で人事に行った。初めて護衛なしで庁舎を歩き回れる。私は自由だ。
ランベルトと面談し、魔法陣課に行くことになった。
自分が帰るための魔法陣に、少しでも貢献したいと思う。
◇◇◇◇◇
その頃、レオンはオーブリーを問い詰めていた。
「なぜ、お前がサーヤの面倒を見る?」
「大臣に言われたし、お前の次に親しいのは俺だろう?」
「なぜ、俺じゃない?」
「今はまだ、お前のせいで帰れなかったと思って気が立っているんだ。少し落ち着くまで待て」
「どれくらい待てばいい?」
「そこまでは、わからない」
「そんなに長く離れてはいられない」
「……そういうことを言うほど、距離を置かれると思うぞ」
オーブリーは、「一緒にいたら、帰れない気がして」という沙弥の言葉を思い出した。
(これは、確かに……)
少しの間も離れていられないなら、自分の国に帰してもらえるはずなどないと、思ってしまうのも無理はない。
◇◇◇◇◇
沙弥は魔法陣課で働き始め、レオンは通常の騎士団の仕事に復帰した。
表面上は穏やかな毎日が戻ったように見えた。だが……。
「最近のレオンの鍛錬は、鬼気迫るものがあるな」
「ああ、 ケントが帰ってからだろ。サーヤとは破局したらしいし」
「新人に稽古をつけていたが、手加減なしで可哀想だったぞ」
「口数も、サーヤが来る前より減ったしな」
レオンの心は徐々に蝕まれていた。
◇◇◇◇◇
沙弥がオーブリーに言う。
「レオンさんからいただいた装飾品を、お返ししようと思うんです」
「なぜ?」
「どれも高価なものだと思うので、お別れしたのに、いただいたままなのは申し訳なくて……」
「……それは、やめてやってくれ」
「どうしてですか?」
「あいつは、返してほしいなんて思っていないはずだ」
「でも……」
「サーヤが贈ったものも返してほしいのか?」
「いえ、そんなことはありません。もし持っていたくなければ捨ててしまっていただいても構いませんけど」
レオンは今でもサーヤにもらった装飾品を身に着けている。サーヤに贈ったものを突き返されたらショックを受けるだろう。これ以上、あいつに傷ついてほしくない。
「どうしても持っていたくなければ、俺が預かっていてもいい。だから、あいつに返すのだけはやめてやってほしい」
「わかりました。持っていたくないというわけではないので、お預かりしておきます」
「『日本』では、別れた後で、もらったものを返すのが普通なのか?」
「普通ではありませんけど、返せと言われたり、あまり高価なものや、婚約指輪などは返すこともあります」
「ルーキスにはそういう習慣はないから、気にすることはない」
なんとか返すことは思いとどまってくれたようだ。
オーブリーは、ほっと胸を撫でおろした。
◇◇◇◇◇
レオンは少しおかしい。誰もが気づき始めていた。
任務はきちんとこなす。だがそれは、あらかじめプログラムされたことを実行しているに過ぎなかった。
まったく笑わない。必要なこと以外話さない。金色の瞳は、何も映していない……。
「レオンは、壊れたかもしれない」
誰もがそう案じていた。
そして、その原因にも、皆うっすらと気づいていた。
◇◇◇◇◇
ある日、沙弥は魔法陣課のお使いで騎士団の詰所に書類を届けに行った。
その帰り、訓練場の近くを通りがかると、剣の音が聞こえた。
(懐かしいな。賢斗がいた頃、訓練の様子をときどき見にきたっけ……)
そのまま、訓練場に足を向けてみた。
そこにいたのは、レオンだった。
一瞬、立ち去ろうかと思ったが、彼の様子に目を離せなくなった。
相手にしているのは新人らしく、ピカピカのマントを羽織っている。
その足元は、ふらふらだ。どう見ても限界を超えている。
それなのに……。
「遅い!」
レオンの声が飛び、容赦なく打ち込む。
やがて相手は崩れ落ちる。
「立て!」
立ち上がった相手に、さらに打ち込む。
(あれは、誰?)
自分の知っているレオンではない。
任務に厳しいことは知っている。
だが、あれは……指導に見えない……。愛が感じられない。
(あれは、本当にレオンさん?)
ただ機械的に、冷徹に、相手を叩き伏せている。
そんな人ではなかったはずなのに……。
大きな違和感と、かすかな戦慄を胸に抱いて、沙弥は訓練場をあとにした。




