第70話 月下の円舞曲、導かれたステップ
解散式が終わり、晩餐会が始まった。今回も立食形式だ。
先ほどまでの張り詰めた空気はほどけ、会場には柔らかな熱が満ちている。
「叙爵おめでとう」
そう声をかけると、賢斗はにやりと笑った。
「苦しゅうないぞ」
「……調子に乗ってるわね」
思わず呆れる。
(弟までお貴族様か……)
そんなことを考えていると……不意に、音楽が流れ始めた。ゆるやかで、優雅な旋律。
「今日はダンスがあるんだな」
「前はなかったですよね」
「祝いの席だからな」
気づけば、広間の中央では、すでに何組もの男女が踊り始めていた。
その流れに自然に乗るように……
「お嬢様、一曲いかがですか」
レオンが手を差し出す。
「……喜んで」
小さく息を整え、手を重ねた。
賢斗にバッグを預け、二人で中央へ向かう。
「私、ほとんど踊れませんけど……」
「問題ない。合わせればいい」
「レオンさんは?」
「実践は初めてだ」
(本当に?)
疑う間もなく、一歩踏み出す。
……次の瞬間には、もう形になっていた。
軽く引かれ、回る。マントがひるがえり、スリットがふわりと開いて白い脚が一瞬だけ姿を見せる。
金糸と太陽石が光を拾い、淡くきらめいた。
(……すごい)
何も考えなくていい。すべて、彼が導いてくれる。
音楽と、彼の手だけが近い。
周囲のざわめきは遠くへ溶けていった。
やがて曲が終わるころには、軽く息が上がっていた。
「楽しかったか」
「……はい」
それ以上は、言葉にできなかった。
戻ると、すぐに声が飛ぶ。
「姉さん、俺も!」
「いいけど、踊れるの?」
「ちゃんと見てたから」
半信半疑だったが……踊り出すと、意外なほど形になっていた。
(器用な子……)
その次はオーブリー。
こちらは、さすがの安定感。無駄がなく、洗練されている。
その間に……
「レオン様、一曲お願いできます?」
アデリーナが現れる。
「断る。今は任務中だ」
「先ほどは踊っていらしたでしょう?」
「サーヤは護衛対象だ」
一切の余地がない。
アデリーナは唇を噛み、去っていった。
数曲後……
「僕とも踊っていただけますか?」
柔らかな声。振り向くと、ヘンリクがいた。
整った顔立ちに、穏やかな笑み。
「お前はダメだ」
なぜかレオンが即答する。
「えっ!?」
驚く声をよそに、沙弥は苦笑した。
「意地悪を言わないでください。……ヘンリクさん、お願いします」
手を取ると、背後から視線が突き刺さるのがわかった。
(あとで絶対何か言われる……)
そう思いながら、踊り始める。
ヘンリクのリードは、軽やかだった。優しくて、自由で……
レオンとは、違う。
(あ……)
思わず、少し笑ってしまう。
その様子を、レオンが遠くから見ていた。
「……楽しそうだな」
「そんなことないだろ」
オーブリーが肩をすくめる。
「お前と踊ってるときが一番だったぞ」
だが、レオンは納得していない。
曲が終わる。戻った瞬間……
「サーヤ、もういいな。テラスに行くぞ」
「えっ、ちょっと……」
半ば強引に連れ出される。
その後、第二騎士団長が沙弥をダンスに誘いに来たが……
「レオンさんが限界なので無理です」
賢斗にそう言われ、苦笑して引き下がった。
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夜の空気が、頬に心地よい。
テラスには、淡い灯りだけが落ちていた。
「サーヤは、ヘンリクと踊れて楽しそうだったな」
(言うと思った)
「一番楽しかったのは、レオンさんと踊ったときです」
「そうは見えなかったが」
「もう……」
小さく息をつき、そっと手を伸ばす。頬に触れ、そのまま引き寄せた。
唇が触れる。短く、やさしく。
「どうして信じてくれないんですか?」
額を寄せたまま、囁く。
「こんなに好きなのに」
言葉にした瞬間、胸が締めつけられた。
……残り時間は、もう多くない。
レオンの腕が、強く背中を抱く。
「……悪かった」
低い声。それだけで、十分だった。
「もう、部屋に戻りますか?」
「ああ」
前回の晩餐会のことが、ふとよぎる。
「今日も……ドレス、脱がせてくれます?」
わざと軽く言う。
「…………ああ」
ほんの少しだけ、間があった。
賢斗はダニエラと踊っていた。
オーブリーに声をかけ、二人は部屋へ戻る。
その日から……二人は、ほとんど離れなくなった。
言葉は減り、代わりに触れる時間が増えていく。
手をつなぎ、頬を寄せ、唇を重ねる。
まるで……触れていなければ、引き裂かれてしまうと……
知っているかのように。




