第69話 勇者の凱旋スピーチ、拍手の海の中で
やがて、解散式が始まった。
ざわめきが静まり、会場の空気がゆっくりと引き締まっていく。
「姉さん、俺、今日スピーチするんだ。ちゃんと聞いててくれよ」
「そうなの? がんばってね」
軽く言ったつもりだったが、胸の奥が少しだけ熱くなる。
(あの賢斗が……)
呼ばれて前に出る背中は、もう昔のそれではなかった。
「皆さん、本日は……魔獣王討伐の成功をご報告できることを、嬉しく思います」
よく通る声。落ち着いていて、まっすぐで。
「ですが、俺は最後にトドメを刺しただけです」
ひと呼吸おいて続ける。
「魔獣王を追い詰めたのは、騎士の皆さんです。そして、結界で俺たちを守ってくれた魔道士の皆さんがいたからこそ、ここに立っています」
ゆっくりと視線が会場を巡る。
「だから……本当の意味での勇者は、俺ではありません。ここにいる、皆さんです」
静寂。そして、拍手が波のように広がった。
それは一度では収まらず、何度も、何度も続いた。
「正直に言うと」
少しだけ笑う。
「最初は、何でこんなことをやらされるんだって思ってました。強制的に召喚されて、戦えって言われて」
会場のあちこちで、小さな苦笑が起きる。
「早く終わらせて帰りたいって、そればっかり考えてました。でも……」
声が、やわらぐ。
「騎士団の皆さんは、本当に良くしてくれました。特に……」
視線が、オーブリーに向く。
「護衛兼教育係のオーブリーさんには、何度も助けてもらいました。どんなことでも相談に乗ってくれて、今では……本当の兄みたいな存在です」
場の空気が、静かに温かくなる。
「訓練は正直きつかったですけど」
笑いが漏れる。
「その分、身体も、心も、前よりずっと強くなれたと思います。この国での経験は、俺にとって一生の宝です」
拍手は、先ほどよりやさしかった。
「それから」
少しだけ、声が低くなる。
「一緒に召喚されてしまった姉にも、感謝しています」
沙弥は、息を止めた。
「巻き込んでしまったのに、ずっとそばにいてくれました」
(違うのに……)
胸の奥で、かすかに否定する。
でも、「姉さんが行くくらいなら……、俺が何度でも行く」という賢斗の言葉を思い出し、涙が出てきた。
「姉がいてくれたから、俺は最後までやりきれました。そして……」
今度はレオンを見る。
「命に代えても姉を守ると誓ってくれた、護衛騎士のレオンさんにも感謝します」
会場の視線が動く。
「姉を任せられるって思えたから、俺は安心して戦えました」
そして、少しだけ笑って。
「レオンさんの姉に対する溺愛ぶりは、自分を見ているみたいで……親近感が湧きました」
どっと笑いが起きた。
騎士たちの反応が特に大きい。
「ちょっと、余計なことを……」
「ははは、俺もそう思っていたぞ」
小声のやりとりも、すぐに笑いに紛れる。
「今では、皆さんと別れるのが本当に名残惜しいです」
声が落ちる。
「ここでのことは、きっと一生忘れません」
深く、頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
割れんばかりの拍手。
今度は、長く……長く続いた。
「オーブリー君は何かありますか?」
予定外の指名に、わずかなざわめきが走る。
「ケントとは、この半年、ほぼ毎日を共に過ごしました」
視線を賢斗へ。
「最初は正直、不安でした。細くて、これで剣が振れるのかと思ったくらいで」
小さな笑い。
「だが、ケントはすべて乗り越えた」
言葉が強くなる。
「厳しい訓練も、実戦も。逃げずに、すべて」
力強く続ける。
「今では、誰よりも勇者らしい」
ざわめきが、静かに広がる。
「性格もまっすぐで、すぐに周りに受け入れられました。ただ……」
少しだけ口元を緩める。
「口を開けば『姉さん』でしたが」
会場が笑いに包まれる。
「ですが……」
すぐに真顔に戻る。
「その理由も、すぐにわかりました」
視線が、一瞬だけ沙弥へ向く。
「サーヤさんは、それだけの人だ」
そして、さらりと。
「俺が護衛をしていたら、惚れていたかもしれません」
「なんだと?」
低い声が隣から聞こえると同時に、腰を引き寄せられた。
オーブリーを睨みつけている。この人は、本当に冗談が通じない……。
「ケントは、立派に役目を果たした」
まっすぐな声。
「この国の人間として、心から感謝する」
一歩、踏み出すように。
「……そして、個人としても」
わずかに声が落ちる。
「俺もケントのことは弟のように思っている。お前と過ごした日々を、忘れることはない」
短く。
「ありがとう」
静寂。そして……万雷の拍手が、会場を満たした。
その直後だった。
「勇者ケント・マツバヤシに、侯爵位を授与する」
空気が変わる。
(侯爵……?)
ざわめきが一気に広がった。
「侯爵ですか? ナイトとかではなくて?」
賢斗が戸惑った声を出す。
「勇者の称号を持つ者に、ナイトでは足りまい」
重々しい声。
「それにしても……侯爵とは」
「この国に留まらぬのであれば、義務は課されぬ。名誉として受け取ればよい」
「記念、みたいなものですか?」
「そういうことだ」
まだ実感はないらしい。
「ケントは俺より上の身分になったな」
レオンが面白そうに言う。
「ヴィスカルディ侯爵と同格だぞ」
「えっ……」
「笑えるな」
本当に楽しそうだった。その横で……
沙弥は、少しだけ遠くを見る。
(本当に……遠くまで来たんだな)
最初は、ただ巻き込まれただけだと思っていたのに。
気づけば、こんな場所に立っている。
そして……もうすぐ、すべてが終わる。
その現実が、静かに胸に落ちてきていた。




