第67話 君を好きになった理由、恋の暴露戦
その後は主にジョスランが、賢斗に討伐の様子を尋ねていた。
やはり、賢斗は思ったより大変な目に遭ったりもしていたらしい。心配をかけないように、あえて手紙には書かなかったようだ。ちょっと泣きそうになってしまった。
討伐の話題でこのまま穏やかに終わるかと思ったが……。
会話がひと区切りついた、そのときだった。
「サーヤさんは……レオン様と恋人同士、でいらっしゃるのですよね?」
(やっぱり来たか……この話題)
ヴァランティーヌの視線は、最初からずっとこちらに向いていた。
「はい」
自分でも驚くほど、短い返事だった。
するとすかさず、オーブリーが口を挟んだ。
「義姉上、サーヤはそのことで令嬢たちからひどく虐められて、少しトラウマになっているんです。あまり踏み込まないでいただけると」
「あら、安心なさって。私は虐めたりしませんわ」
ヴァランティーヌは微笑む。その笑みは上品で、どこまでも穏やかで……
「ただ……あの難攻不落のレオン様を、どのようにして射止めたのか、気になっただけですの」
優雅な問いのかたちをした、純粋な興味。
言葉を探すが、うまく見つからない。そのとき……。
「俺のほうが先に好きになったんです」
あっさりと、何でもないことのように、レオンが言った。
一瞬、空気が止まる。視線が、一斉に集まった。
「まあ」
「ほう」
夫妻の反応が揃う
「どのようなところに?」
「媚びなかったところですね」
レオンの声は変わらない。淡々として、少しも揺れない。
「俺を男として見ていなかった。それと……言いたいことをはっきり言う」
そこで、ほんのわずかに間を置く。
「あそこまで遠慮なく言われたことはなかったので驚きましたが……好ましいと思いました」
さらに……。
「少し変わっているところも、気に入りました」
(褒められている気がしない……)
「いつ頃から好きだったんだ?」
オーブリーが楽しげに口を挟む。
「おそらく七日目くらいには」
「早いな」
「ただ、自覚はなかった。後から分析したら、それくらいだったとわかった」
「どんな分析?」
「それまでの自分では、ありえない行動をとっていた」
「たとえば?」
「サーヤに一緒に寝るよう誘われて、従った」
「ぶぐっ!」
賢斗がワインを吹き出しそうになり、慌てて飲み込んで、むせた。
「ちょっと! 言い方!」
思わず声が出る。
「姉さん、大胆だな」
まだ少しむせながら、冷たい目を向けてくる。
「違うの!」
慌てて説明するが……
「ケント、安心しろ。サーヤは、三分後には寝ていた」
「姉さん、寝るの早いからな」
「俺は……少しだけ傷ついた」
「信用してたんです!」
「だが……悪くないと思った」
「そうなんだ」
「新種の生物を発見した気分だった」
(やっぱり褒めてない。少し仕返しをしてやろう)
「レオンさんだって、私の意識がないときに服を脱がしましたよね?」
「あれは医療行為だ!」
「なんの?」
賢斗の声が低い。
「瘴気の浄化だ」
「なら仕方ないな。姉さん、助けてもらったのに文句言ってんの?」
「すみません……」
逆に怒られてしまった。
……そして。
「はっきりと自覚したのは、サーヤに『早く帰りたいか』と聞いて『はい』と答えられたときだ」
ふと、声の温度が落ちる。
「二度と会えなくなる日がくるのかと思ったら……胸が痛くなった。それで『君が好きだ』と言った」
そのときのことを思い出す。
あの声も、あの距離も、すべてがはっきりと蘇る。
「それで恋人同士に?」
「いや」
(嫌な予感)
「受け入れてはくれたが、『好きだ』とは言ってくれなかった」
「だから、それは……!」
そして、追撃。
「他の男には言うのに」
(言うと思った!!)
「それは、誤解です!」
思わず声が強くなる。
助けを求めて視線を向けると……
「うちの姉さん、言葉が足りないだけなんです」
賢斗がすぐにフォローに入ってくれた。
「言ってなかっただけで、ちゃんと好きだったんだよね?」
「……そうよ、もちろん」
「ほら」
賢斗が満足げに頷く。
しかし……。
「納得はしている」
レオンが静かに言った。
「だが、ときどき不安になる」
「えっ」
「俺はサーヤの好みではないと言うからな」
逃げたくなる。
「好みの男の方へ行くのではないかと」
「そんなことはありません!」
慌てて反論する。
「だが、君は俺のことを……」
(やめて)
「『無駄に見た目のよい馬鹿者』と言っただろう?」
……沈黙。完全な静寂。
暖炉の火の音だけが響く。
「見た目がよくても好みではないから『無駄』なのだろう?」
(終わった……)
「……姉さん?」
賢斗が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
(やめてその反応)
「あれは、その……すごく怒っていたときで……」
「姉さん?」
「……言い過ぎました」
ようやく絞り出す。
「いや、気にしていない」
レオンはあっさり言った。
「むしろ新鮮だった」
(だったら蒸し返さないで!)
この流れをどうにかしなければ。
「私の国では、あまり『好き』と口に出さないことも多いんです」
強引に話題転換。
「そうよね? 賢斗」
「俺は恋愛経験ないけど、まあそんな感じかも」
「恋愛経験がないのですか?」
夫人の興味が移る。
(助かった)
「ありません」
きっぱり答えた。
「賢斗は人気者なのに、なぜか彼女はできないのよね」
「ケントは『姉さん、姉さん』と言いすぎだからではないか?」
オーブリーが指摘する。
「それはあると思います」
あっさり認めた。
「でも、姉さん以上に好きになれる人じゃないと意味がないので」
その一言に、場がまた静かになる。
呆れと、納得と、少しの笑いが混ざったような沈黙。
「それは無理だな!」
レオンが断言する。
「そんな相手は現れない」
「ですよね」
なぜか納得している。
「でも最近……」
賢斗が続ける。
「姉さんを好きな気持ちでレオンさんに負けてる気がするんです」
「その点は譲らない」
またしても断言した。
「だが……サーヤの性癖の理解では、まだ賢斗に及ばないな」
「だから性癖って言わないでください!!」
思わず叫ぶ。
……再び静寂が場を包んだ。
(なんで貴族様の屋敷でこんな話を……)
恐る恐る視線を上げると、夫妻は顔を見合わせていた。
数秒後……ヴァランティーヌが、小さく笑った。
「……なるほど」
その声は柔らかく、どこか楽しげで。
「とてもよくわかりましたわ」
(何が!?)
食後のお茶をいただいたあと、屋敷を辞した。
外に出た瞬間、沙弥は大きく息を吐いた。
「……疲れた」
「楽しかったけどな」
「楽しかったですけど!」
それとこれとは、別だ。
「もう二度とあの話題は嫌です」
心の底から、そう思った。
レオンは放っておくと、どこまででも話してしまう。
「でも、また聞かれると思うぞ」
「やめてください」
ふと、屋敷を振り返る。
「……すごい場所でしたね。自分がすごく場違いに思えて……」
あまりにも大きな屋敷。自分とは違う世界。
「やっぱり、私とレオンさんでは不釣り合いかもしれないって……」
言葉にした瞬間、胸の奥がわずかに軋む。だが、
「気にするな」
間を置かず、レオンが言う。
「それを気にしないのが、サーヤのいいところだ」
迷いのない声。まっすぐすぎるほどに。
「……そうですか」
小さく頷く。それでも……。
(本当に、それでいいのだろうか)
その疑問だけが、静かに沈んでいった。




