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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第三部 それでも恋は、終わらない
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第65話 騎士の願い、勇者の祈り

 宴はまだ続いている。

 賢斗は一人、テラスに出ていた。

 温泉の湯気が夜気に溶けていく。


 手にしたグラスを軽く揺らす。赤い液体がゆっくりと波打った。


「……二十歳、か」


 小さく呟く。

 向こうの世界では「二十歳のつどい」に出るはずだった。

 スーツを着て、どうでもいい話で笑って、写真を撮って……


 そんな「普通」は、もう戻らない。


 グラスを傾けると、わずかに残った赤が月明かりを受けて揺れた。


「……まあ、でも」


 苦笑が漏れる。


 討伐に出て、命のやり取りをして、それでもこうして祝ってくれる人がいる。

 姉がいて、仲間がいて……。


「悪くはない、か」


 ぽつりと零したその言葉は夜に溶けた。

 ふと、昼間の光景が脳裏に浮かぶ。


 ケーキ、歌、そして、あの太いろうそく。


(願い、か……)


 吹き消す瞬間、確かに思った。


(姉さんが、幸せでいてくれますように)


 優しくて、でも芯があって、いつも支えてくれた。

 昔から、ずっとそうだった。

 六つ違いの姉……。


 後を追って、転んで泣く自分に駆け寄り、頭を撫でてくれた。

 そのまま家まで、温かい背中に背負って帰ってくれた。

 その構図は、きっと今も変わっていない。


「……だけど」


 グラスを持つ手に、少しだけ力が入る。


「……いい加減、逆にしたいんだけどな」


 姉さんの幸せを守るためなら、なんでもする。

 それぐらいの覚悟は常にできている。そう思った、そのとき、


「ここにいたのか」


 背後から、低い声がする。

 振り向くと、レオンが立っていた。


「レオンさん」

「冷えるぞ」


 そう言いながら、隣に立つ。視線は正面のまま。


 姉の想い人。嫌味なほど完璧な男。

 容姿も、強さも、知性も、身分も、すべて備えている。ただ……


(姉さんの好みじゃない)


 それだけが、わずかな救い。


 それに、不器用なところもある。特に、恋愛に関しては。

 姉の気持ちを測りかねて、本気で悩んでいた。年若い美少年に嫉妬もしていた。

 でも、姉を思う気持ちは本物だと思う。


 恋をしたのが始めてだと言う。この顔で……。

 だが、わかる気がする。


(多分、この人は……「言い返してくる相手」が好きなんだろうな)


 身分の高いこの人に、そんなことのできる者は少なかっただろうから。

 それにきっと……依存されるだけの関係は嫌なんだろう。


(強い騎士だって、ときには誰かに甘えたいだろうし)


 それができる相手……。


(そんなの、一人しかいないじゃないか……)


 この国の身分制度に属さない、強くて優しい、勇者の姉。


 姉さんに惚れたことはすぐにわかった。会うたびに表情が変わっていったから。

 当然だ……と思う。理屈はわからないけど、姉さんに惚れる理由はわかる。


 姉さんも受け入れた。正直、気に入らなかった。

 今でも……完全に認めたわけではない。

 でも、俺が望むのは姉さんの独占じゃない。安全と幸せ。それが一番だ。


 この男になら託せると思った。きっと命がけで姉さんを守るから。


(泣かせるようなことがあれば、許さないけどな)


「……ちょっと、考え事をしてて」

「そうか」


 それ以上は聞いてこない。だが、しばらくして……


「願いは、決まったか?」


 ぽつりと、そんなことを言った。思わず苦笑する。


(知っていたんだ。向こうの世界の風習……)


 誰が話したかは聞くまでもない。


「やっぱり聞きます?」

「気になるからな」

「……秘密です」

「そうか」


 あっさりと引く。だが、その声はどこか穏やかだった。


「ただな」


 レオンが続ける。


「願いというのは、叶うものじゃない」

「え?」

「叶えるものだ」


 短いが、迷いのない声。


「……騎士っぽいこと言いますね」

「騎士だからな」


 ほんのわずか、笑った気配がした。


「レオンさん、願いごとは?」

「ある」


 それが何かは、聞かなくてもわかる気がする。


「それが叶ったとき、姉は不幸になりませんか?」

「そうはさせない。絶対に」


 迷いがない。


「じゃあ、俺は?」

「……賢斗も不幸にならないようにしたい。だが……」


 一瞬、言い淀む。


「お前のほうが、後だ」


 正直な答えに思わず笑ってしまう。


「俺も負けませんから」

「そうだな。お前も大切に思われている。正直……」

「なんです?」

「少し気に入らない……」


 思わず吹き出した。お互いに同じことを考えていたとは。

 だが……。


(姉さんは、残らない)


 理由付けなどできない。ただの勘。弟の、直感。

 そのとき、この人は正気を保てるのだろうか?

「冷静沈着」なんていう評価は過去のものだ。恋を知る前の……。


 もしも、姉さんが残ると言ったら……俺はどうする?

 それが本当に姉さんの望みで幸せなら……尊重するべきだろう。

 ものすごく、嫌だけど……。


(この人が無理強いするなら阻止するけどな)


「戻るか」

「はい」


 二人で並んで部屋へ戻ると、姉とオーブリーが楽しそうに話していた。

 あの笑顔を守りたい。


 守るのが、俺でも、この人でも。

 ……そう思うしかないだけだ。


 姉さんが笑顔でいてくれること。

 それが、ろうそくの火に託した、俺の一番の願いだ。


(……あんまり姉さんを困らせるなよ、義兄さん)


「義兄さん」と、まだ呼ぶつもりはないけどな。


(……やっぱり、少し気に入らない)


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