第64話 二十歳の祝歌、四人の絆
四人で朝食を囲んだあと、賢斗とオーブリーは渓谷へ向かった。
沙弥たちは少し休んでから、いつものように川の温泉へ向かう。
今日も……レオンの膝の上だった。
「……やっぱり、ここが一番落ち着きます」
湯気に包まれながら呟くと、背後から低くくぐもった声が返る。
「そうだろう? なら、どうして皆がいるときは乗らない?」
「だって……恥ずかしいですよ。レオンさんに抱っこされて入るなんて」
「そうか? サーヤは本当に恥ずかしがり屋だな」
レオンは、もう少し恥じらいというものを覚えてもいいのではないだろうか。
「そろそろ出るか?」
「そうですね。……例の準備もありますし」
今日は賢斗の誕生日だ。
王都で用意してきた飾りを使って、部屋を飾りつける予定になっている。
作業は思ったよりも早く終わった。
あとは宿に頼んである料理とケーキを受け取るだけだ。
「明日、オーブリーさんのご実家に伺うなら……手土産を用意したほうがいいですよね?」
「手土産がいるのか?」
「日本では、よそのお宅にお邪魔するときは持っていくものなんです。ルーキスには、そういう習慣はありませんか?」
「あまり聞かないな」
「このあたりで買っても珍しくはないでしょうけど……こんなことなら、王都で用意してくればよかったです」
「来る前は行く予定じゃなかったんだから、仕方ないだろう」
「そうですけど……せめて、お花でも」
「そうだな」
街に出て、手土産用の花を選ぶ。
傷まないよう、店で保存魔法を施してもらった。
宿へ戻っても、まだ時間はある。
「……もう一度、入ります?」
「ああ」
再び川湯に浸かり、自然と同じ位置に落ち着く。
背に感じる体温と、ゆるやかに流れる水音。
「……もう、何度入ったかわかりませんね」
「ああ。そろそろサーヤが溶けてなくなる頃だな」
「私だけじゃないでしょ?」
「俺もか」
「そうです」
くすりと笑い、目を閉じる。
そして、レオンの首筋にそっと頬を寄せた。
湯の熱と、彼の体温とが混ざり合い、境界が曖昧になる。
このまま溶けてしまってもいいと、ほんの一瞬だけ思うほどに。
「……そろそろ、戻ってきますかね」
「そうだな。俺たちのときよりは早いだろう」
湯から上がり、身支度を整える。
ちょうどいい頃合いで、頼んでおいた料理とケーキが運ばれてきた。
並べられた料理の中央には、大きなケーキ。
その上には……予想の五倍はありそうな、やけに太いろうそくが二本。
「そのろうそくはどうするんだ?」
「誕生日の人が、これを一息で吹き消すと願いが叶うんです。本当は年の数だけ立てるんですけど……さすがに多いので」
「ケントの願いは、何だろうな」
「さあ……私にも」
(……その願いが、戦いのない未来ならいいのだけれど)
言いかけたところで、レオンのテルソラが鳴る。
オーブリーからだった。どうやら、もう戻ってきたらしい。
準備はできていると伝え、二人を部屋へ迎える。
「わー、何これ!?」
「サプライズ! 賢斗、お誕生日おめでとう!」
「あ、俺……誕生日か!」
「忘れてたの?」
「すっかり」
笑いが広がる。
席につき、グラスに飲み物が注がれた。
「ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪」
沙弥の歌声が、静かな部屋に柔らかく広がっていく。
レオンとオーブリーは、初めて耳にする旋律に戸惑いながらも、どこか心を引き寄せられるように聴き入っていた。
最後の音が消えるのと同時に、賢斗が勢いよく息を吹きかける。
太いろうそくの炎が揺れ、次の瞬間、同時に消えた。
小さな拍手が、あたたかく響く。
「今日から二十歳。もう大人なんだから、少しはお酒も飲めるようになりなさいね。……はい、これ」
差し出した小箱。
中には、深い紫を湛えたアメジストの腕輪が収められていた。
「うわ、すげえ……これ、姉さんが選んだの?」
「ええ。……災いから守ってくれる石なんですって。お誕生日おめでとう、賢斗」
「その石は何というんだ?」
レオンが興味深げに問う。
「紫水晶です。賢斗の誕生石ですよ」
「そうか……綺麗な色だな」
「ありがとう。そういえば前から思ってたけど、レオンさんのクラスプって姉さんから?」
「ああ」
「やっぱり! レオンさん、『ルーキスの太陽』だもんな!」
嬉しそうに笑う賢斗に、思わず口元が緩む。
「あと、これとこれもだぞ」
レオンがペンダントと腕輪を見せる。
「これは、オーブリーさんの知り合いのお店の?」
「そう。オーブリーさん、あのときは本当にお世話になりました」
「いや、間に合ってよかったよ。レオンは喜んでいたか?」
「ものすごくな」
あのときのことを思い出し、胸の奥が柔らかくなる。
レオンが差し出したのは、ワインとペアグラスだった。
「今日から飲めると聞いたからな」
「ありがとうございます! ……綺麗だなあ」
光を受けて、グラスの縁がかすかに虹色を帯びる。
「ワインはみんなで飲もう。でもグラスは……もったいないから、まだ取っておきます」
「それもいいだろう」
「これは、俺からだ」
最後にオーブリーが渡した包みの中には、アッシュブラウンのマフラーが入っていた。
「北方のカプレムという動物の毛でできている。とても暖かいらしい」
「ありがとうございます。これ、オーブリーさんの髪の色ですよね?」
「そうだ。シンボルカラーは、必ずしも異性にだけ贈るものではない」
(そうだったの……)
小さな発見に、内心で驚く。
「皆さん、本当にありがとうございます。……すごく嬉しいです」
「二十歳の式典に出られなかったからな。せめてこれくらいは」
「ルーキスのために戦ってくれたんだ。これでも足りないくらいだぞ」
「そんなことないです。本当に……ありがとう」
その後は、料理を囲み、ワインを分け合い、また温泉に浸かった。
四人で遅くまで騒いだ。
賢斗は、初めてとは思えないほど自然にグラスを傾けている。
……もしかしたら、初めてではなかったのかもしれない。




