第62話 癒し系を名乗る騎士、理不尽の応酬
賢斗たちが帰還して一週間ほど経った頃……。
四人でランチを終えたあと、沙弥は用意しておいた小箱を取り出した。
「みなさんに、これを」
「なんだ? それは」
「今日はバレンタインデーなんです」
賢斗だけが「ああ」と頷き、レオンとオーブリーは怪訝そうな顔をする。
「日本では、二月十四日に女性から男性へチョコを贈るんです。元々は愛の告白で……」
「……ちょっと待て」
低い声でレオンが割り込んだ。
「それは、『愛の告白』なんだな?」
「元々は、ですけど……」
「なら、なぜオーブリーに渡す?」
空気が、ぴりっと張る。
(言うと思った)
「今は『義理チョコ』とか『友チョコ』とか『サンキューチョコ』とか、いろいろあってですね」
「……分類が多すぎる」
「文化ってそういうものなんです」
「奇妙だな」
「日本には、外から来たものをアレンジする文化があるんです」
「おかしなことを……」
「まぁ、海外からは『ちょっと変な国』だと思われているみたいですけど」
「やはりそうか!」
レオンが力強く頷く。
「ずっと思っていたんだ。サーヤは変だと」
(また始まった……)
「だが違った。『日本』という国自体が変なんだな!」
「国ごと変人扱いですか!?」
「当然だろう。サーヤみたいなのが量産されたら世界が混乱する」
「姉さんは日本でもレア枠ッスね」
「やはりな! 日本人全員がサーヤほど変だったら、国が成り立たない」
(国を滅ぼすほど変だと思われていたとは……)
「レオンさんは、私のこと好きって言ってましたよね?」
「好きだぞ」
「変なのに?」
「変なのに好きなのか、変だから好きなのか、もうよくわからん!」
「完全にディスってますよね?」
「『でぃす』の意味は知らんが、たぶんそうだ!」
(なぜ堂々と同意するのか)
「いつから私のこと変だと思っていたんですか?」
「初日だ」
「初日!?」
「下着姿で街に出ようとしたときだ」
「だから下着じゃないですって!」
「あれはどう見ても下着だった」
「違います!」
「あんなに驚かされたのは生まれて初めてだった」
(それは何度も聞いたな……)
「だが、『写真』を見せてもらって、『日本』では本当に下着で外を歩くんだと納得した」
「あれは水着です!」
(根本的に理解できていないようだ……)
「俺は最初、護衛任務が終わる前に精神が崩壊すると思っていた」
「そこまで!?」
「だが安心しろ。すぐに慣れた」
「……慣れた?」
「俺は適応力が高いからな!」
ものすごいドヤ顔だ。
(褒めていいのか微妙だ……)
「変なところも含めて好ましく思えるようになった」
(評価が改善されてない……)
賢斗が俯いて震えている。
オーブリーは顔を伏せているが、肩が揺れている。
周囲の騎士たちも、完全に耳をそばだてていた。
「賢斗も日本人ですけど、変じゃないんですか?」
「ケントは普通だな。……姉の性癖を熟知しすぎている点を除けば」
「流れ弾来た!」
(性癖って……美少年好きのこと?)
「大体、ヘンリクのことだって……」
即座に沙弥がレオンの口を塞ぐ。
「個人名はダメです!」
「むぐっ」
「『H君』でお願いします!」
こくこくと頷いたので手を離す。
「『H君』をあんなに見つめるのは理解できない!」
「だから言いましたよね!? 綺麗なものを見てるだけです!」
「俺を見ていればいいだろう? 他の男を見るのは、面白くない!」
「レオンさんは……」
一瞬だけ言葉を選ぶ。
「客観的には美形ですけど……私の好みとは違うんです」
「はっ!?」
レオンが固まる。
「生まれて初めて容姿をでぃすられたぞ!」
「ディスってません! 好みの問題です!」
「サーヤは癒し系が好きなんだろう?」
「そうですね」
「なら問題ないな」
(何が問題ないんだろう……?)
……そして
「俺だって癒し系だろう?」
空気が止まった。次の瞬間……
「ぶっ……!」
オーブリーが吹き出し、賢斗が机を叩いて笑い始める。
だが沙弥だけは真剣だった。
(前にも同じことを言ってたな。どうしてこの人は自分を癒し系だと思い込んでいるんだろう……?)
「……レオンさん」
静かに言う。
「そういうところですよ」
「どういうところだ?」
「自覚がないのが、一番の問題なんです」
「なぜだ? 俺は浄化魔法も治癒魔法も回復魔法も使えるぞ!」
レオンが勘違いしている理由がわかった。癒し系については前に説明した気がするが、ちゃんと聞いてなかったのだろうか?
賢斗が涙を拭きながら説明する。
「癒し系って、身体じゃなくて心を癒すんですよ。癒し系の代表は、穏やかで朗らかで、天使みたいに愛らしい美少年スね」
「俺は違うのか?」
「完全にワイルド系ッスね」
「……そうか」
「俺は何系だ?」
「オーブリーさんは、癒し系とワイルド系の中間くらいで、バランスいいッス」
「正統派のイケメンよね。爽やかだし、日本なら広くモテるタイプ」
「そうなのか?」
オーブリーが嬉しそうだ。
「ずいぶん褒めるな」
逆にレオンの機嫌が悪くなった。
「でも、この国ではレオンさんが一番モテるんスよね?」
「サーヤ以外にモテても意味はない。むしろ鬱陶しい!」
「姉さんは、ほら、ちょっと変だから……」
「そうか、サーヤは変だから仕方ないか……」
「変なところも姉さんの魅力ですけどね」
「そうだな! 俺もそう思う!」
レオンと賢斗は妙に気が合うようだ。
「それでもH君を見るのはおかしい!」
(戻った!!)
「俺を見ればいい!」
「だから好みが違うんです!」
ループから抜けられない。
「なら好みを変えろ!」
「無茶言わないでください!」
「努力は必要だろう!」
「どこの精神論ですか!?」
完全に暴走している。
「レオンさんが悪いんです」
「なぜ!?」
「美少年じゃないから……」
「はっ!?」
「レオンさんが美少年なら、一日中でも見ていたのに……」
「…………」
レオンが驚愕の表情を浮かべている。それを見てハッとする。
(今のは失言だ)
「すみません。レオンさんが美少年になるより、私の好みを変えるほうが、まだ簡単ですね……」
フォローになっていない。
「努力します……」
少し歩み寄る。
「私も、容姿について人を批判できる立場ではないので……」
「何を言っている? サーヤより綺麗な女などいないぞ」
(紛うことなき『あばたもえくぼ』だ……)
賢斗が小声でオーブリーに言う。
「俺、レオンさんにお株を奪われていませんか?」
「そうかもな」
オーブリーは「どっちもどっち」と思っていた。
「あまり弟の前でそういうことは言わないでください。恥ずかしいです」
「なぜだ? ケントだって同意するだろう?」
「同意します!」
賢斗は完全にレオン側に行った。
「オーブリーさん、レオンさんを止めてください」
「こんなレオンを見たことないから、どうやったら止まるのかわからん」
(オーブリーさんでもダメか……)
「レオンは、『H君』のことでずいぶん悩んでいた時期があったからな」
「そうだぞ、おかげで遠征中のオーブリーに愚痴の手紙を送ってしまった」
(オーブリーさんにまで迷惑をかけていたのか……)
「それは私が悪かったので……続きはあとで全部聞きます」
「今聞け」
「ここでは無理です!」
「サーヤと二人だと俺は丸め込まれてしまう」
「丸め込みません!」
「今までそうだったじゃないか」
「は?」
「俺が『H君』の名前を出すと、さりげなく話題を変えたろう?」
(バレてたか……)
「だがいい」
レオンが腕を組む。
「今日はだいぶスッキリした」
「…………それはよかったです」
「誤解のないよう言っておくが、俺はサーヤが変でも好きだからな」
「…………ありがとうございます」
結局「変」という評価は変わらないらしい。
レオンは口数が少ないが、言いたいことがないわけじゃなくて溜め込んでいるのかもしれない。ときどき妙に饒舌になるのは、それが溢れてくるのだろう。
(一度に出さないで、できるだけ小出しにしてほしい。それと、食堂ではやめてほしい……)
なんとか暴走は収まったが、被害は広がっていた。
その後……ヘンリクは複数の騎士に呼び止められた。
「なあ、お前……サーヤと何かあったのか?」
「え?」
「いや、最近やたら名前が……」
「え?」
……心当たりは、ない。
(僕……何かした?)
本人だけが事情を知らず、首を傾げることになった。




