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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第三部 それでも恋は、終わらない
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第59話 白銀の光、もうひとつの運命

 食堂で料理を皿に載せ、四人は席に着いた。

 沙弥は自然と賢斗の隣に腰を下ろす。


 皿の上の料理を見て、思わず目を丸くした。


「……ずいぶん食べるようになったのね」

「ああ。食べないと筋肉つかないし」


 賢斗は平然と答える。


「さっきも思ったけど、体つき変わったわよね」

「まあね。毎日死ぬほど鍛えられたし」


 軽く笑うその横顔に、以前の少年っぽさはほとんど残っていなかった。


「温泉に一緒に入ったら見せてあげるよ」

「ほんと? それじゃ、楽しみにしてるわね」

「え、まじで? 冗談で言ったんだけど」


 賢斗が一瞬固まる。


「だって、今度行く宿には、パレオみたいな布があるのよ。それを巻いて入れば大丈夫」

「それなら四人で入れるね」


 その一言で、空気が止まった。


「俺もいいの!?」

「オーブリーもか!?」


 オーブリーとレオンの声が重なった。


「いいですよ。オーブリーさんだけ仲間外れは可哀想ですし」

「おい、ちょっと待て」


 即座にレオンが制止した。


「サーヤはよくても、俺がよくない!」

「どうしてですか?」


 真顔で問い返され、レオンはわずかに言葉に詰まる。


「だって、あれは……布を一枚巻いただけじゃないか」

「それすら巻きたくないと言う人が何を言ってるんです?」


 腰に巻くのすら拒否した人が……。


「私は二重に巻きますし、水着より露出度は低いですよ」

「……そうか、『日本』とはそういうところだったな……」


 納得したのかしていないのか、わからない顔だ。


「レオンさんがそういう反応なら、オーブリーさんも驚くんじゃない?」

「そうね、オーブリーさんが嫌なら無理にとは言わないけど……」

「いや、俺は問題ない」

「おい、オーブリー……」


 レオンの低い声に、オーブリーが肩をすくめる。


「まあ、今から決めなくてもいいわよね」

「そうだね」


 ひとまずその話題は流れた。


「姉さんは、危ない目には遭ったりしてないんだよね?」


 賢斗が真剣な目で聞く。


「うん。魔獣が出たときも、レオンさんがすぐ倒してくれたから」

「さすがですね」


 素直な尊敬の視線。


「あ、でも、レオンさんが入って来られない化粧室でちょっと怖い目にあったの」


 観劇の日の出来事を話すと、賢斗は露骨に眉をひそめた。


「……そんなことがあったのか」

「でも侯爵夫人が助けてくれてね」


そこからヴルカリスでの話へと続き、二人は揃って驚いた。


「すごいね! 公爵夫人て、スパイでも雇ってるんスか?」

「いや、そこまでではないと思うが……」

「情報網がすごいんでしょうね」

「悪いことできないな」

「ほんとに」


 笑いながらも、どこか本気だ。


「でさ、姉さんたち、いろんなとこ行ったんだよね?」

「ええ。レルナの紅葉も、アズラークの夕日も……全部綺麗だったわ」


 思い出すだけで胸が温かくなる。


「それに、どこも混雑してなくて快適なの」

「いいなあ」

「本当に」


 ふと、沙弥は思い出した。


「そうだ、一番大事な話があったの」


 前勇者の話を切り出す。

 曽祖父の名前を見つけたこと。召喚されていた事実。


 話し終えたとき、賢斗はぽかんとしていた。


「……え、じゃあ、ひいじいちゃん……戦死じゃなかったのか?」

「そうみたい」


「それ、結構な大ニュースじゃないか。上には伝えたのか?」

「まだ言わないほうがいいと思う」


 オーブリーの言葉にレオンが静かに返す。


「勇者を帰さない理由にされる可能性がある」


 その言葉に、場がわずかに引き締まった。


(レオンさんは、私たちがちゃんと帰れるようにと考えてくれているんだ……)


「……そっか」

「だから、この話は四人だけに収めておこう」


 全員が頷いた。


「ひいじいちゃんがルーキスで結婚して子どもがいたら、俺は呼ばれてなかったのかな?」

「そうかもしれないな」

「俺が生まれていなかったら、姉さんが勇者だったとか?」

「……そうかもしれないな」

「賢斗、生まれてきてくれてありがとう」

「お、おぉ」


 沙弥に魔獣王の討伐なんて無理に決まっている。訓練の時点で死んだかもしれない。


「じゃあさ」


 オーブリーが軽く言う。


「それなら、サーヤにも聖剣抜けるんじゃない?」


 その言葉に、場の空気がわずかに変わる。


「……それ、本気で言ってるのか?」


 レオンが低く問い返す。


「可能性はあるだろ。血筋の話が本当なら」


 賢斗も真顔になる。


「……試してみる?」


 差し出された聖剣。

 沙弥は、無意識に息を呑んでいた。


「……重い!」


 両手で支えるようにして、沙弥は剣の柄に触れる。


(……これが、賢斗が持っていた剣……)


 指先に、ひやりとした感触が伝わる。

 その瞬間……空気が、わずかに歪んだ。

 音が消える。周囲の気配が、遠のく。


(……なに?)


 心臓の鼓動だけが、やけに大きく響く。


 カチリ。

 小さな金属音が、世界の中心で鳴ったように感じた。


「……え?」


 白銀の光が、刃の奥から溢れ出す。


 抵抗はなかった。

 だが……軽いわけでもない。


 まるで、最初から「そこにあるべきだったもの」を、正しい場所へ戻すような感覚。


 するり、と。

 聖剣は抜けた。


 光が一瞬、周囲を満たす。

 そして……何事もなかったかのように、静寂が戻った。


 誰も、すぐには声を出せなかった。

 ただ、抜かれた剣を見ている。


「……抜けたな」

「ああ」


 騎士二人が、静かに頷く。

 冗談ではなかった。沙弥にも、資格があった。

 勇者にしか与えられないはずの加護が、沙弥にも適用された理由もわかった。


 ここに来た日から、誰もが勇者は賢斗で、沙弥は巻き込まれていただけと思っていた。

 国王も大臣も、本人たちさえも……。

 だが……。


「私が……行ってもよかったのね……」


 声が、ひどく遠く聞こえる。


「……もし、私が行っていたら」


 訓練についていけただろうか。剣を振れただろうか。戦えただろうか。

 それとも……


(途中で死んでいたかもしれない)


「それなのに……全部、賢斗に背負わせて」

「そんなこと、させるわけないだろ!」


 即座に、賢斗が言い切った。


「姉さんが行くくらいなら……、俺が何度でも行く」


 迷いのない目だった。


「絶対に、行かせない」


 その言葉に、胸の奥が強く締め付けられる。


 沙弥には言っていない苦労も、辛いこともあったのだろう。

 そんな経験を姉にはさせられないと言っている。


 六つも年下の弟が……。


(……この子も)


 ずっと、自分を守っていた。


 不意に弟への愛情が溢れ出す。

 気づいたときには、手を取っていた。


「賢斗。大好きよ!」

「……何だよ、急に。照れるじゃんか」

「ちゃんと、言葉にして言わないと」

「俺は言われなくてもわかるからさ」


 そう言って笑う。


 そのやり取りを見て、レオンはわずかに目を細めた。


(……俺は、言われないとわからないんだがな)


 同じ言葉を、何度ももらっている。

 それでも……

 別の相手に向けられるそれを見ると、胸の奥にかすかな熱が残る。


「俺も、その博物館に行ってみたいな」

「近いし、いつでも行けるわよ」

「じゃあ、明日行くか?」

「いいッスね!」


 賑やかな声が戻る。

 だが、ほんの少しだけ……世界の見え方が変わっていた。


 食堂を出るとき、沙弥はふと思う。


(ずっと、守られていたのは……私だったのね)


 レオンにも。賢斗にも。

 そしてきっと……この世界そのものにも。


 その事実が、胸の奥に静かに残り続けていた。


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