第53話 水平線の残り火、境界線なき夜の始まり
レオンと手をつないで岬を歩く。沙弥ひとりだと風に飛ばされてしまいそうだが、レオンと一緒だと安心できる。
この岬は、船着き場とはちょうど反対側のあたり。世界の端のような場所。
先端から遠くを眺める。
「この先は、もう他国なんですよね?」
「そうだ」
「さすがに見えないですね」
「そうか? うっすらと何か見える気もするが……」
「レオンさん、目がいいんですね」
テレビもスマホもゲームもないルーキスだ。視力が落ちる要素がないのかもしれない。
「風が強いから、ここで食事は無理ですね」
「とりあえず戻ろう」
地図を確認すると、少し先にビーチに降りる階段があるらしい。そこには洞窟もあるようだ。
「このビーチで昼食にしますか? 少し遅くなっちゃいましたね」
「ああ、朝にたくさん食べておいてよかった」
階段を降りると、そこにも美しいビーチが広がっていた。
シートの上に座り、ランチを広げた。
「ここは風が弱くてよかったですね。風が強いと砂まみれになっちゃいます」
「そうだな。蓋はしておいたままのほうがいいかもしれない」
ランチを食べ終え、洞窟を探す。
「このへんだと思うんですけど……」
「歩いて入れるところなのか?」
「わかりません。船じゃないとダメなのかな? あ、きっとそこです」
洞窟の入口は、うっすらと濡れていた。潮が満ちると水没してしまうのかもしれない。
「どうします? 少し覗いてみますか?」
「そうしよう」
入口から洞窟内部を覗いてみる。思ったよりも明るい。
「天井に穴が空いているのかもしれませんね」
「そうかもな」
「これから潮が満ちるのか引くのかわからないから、中に入るのはやめておきます?」
「それがいいな。戻れなくなったら大変だ」
内部の探検は諦めて、先に進むことにする。
「この先は、あまり見どころがないみたいです。ビーチはあるようですけど」
「だいぶ時間が余ってしまうな」
「そうですね」
「それじゃ、やっぱり結界を張って……」
まだ諦めてなかったのか……。そう思うと、可笑しくなってきた。
(本当に、この人は……)
可愛い人だ。なのに、不意に視界が滲んだ。
「サーヤ、泣いているのか?」
声が一瞬だけ、低くなる。
「もう言わないから泣かないでくれ」
「違うんです。ちょっと可笑しくなって、そしたら、なぜか涙が出てきて……」
「そうなのか? 怒っているのではないのか?」
「怒っていません」
レオンが自分の胸に抱き寄せてくれた。
レオンの胸の音が、いつもより少し速かった。
彼の鼓動を感じていたら、少し落ち着いてきた。
「もう大丈夫です。ごめんなさい」
「それじゃ、行こうか」
途中のビーチに降りてカニやヤドカリと遊んでいたら、結局迎えの時間ギリギリになってしまった。
「とても、いいところでしたね」
「ああ、楽しかった」
「レオンさんは、心残りがあるようでしたけれど……」
「そうだぞ、宿に戻ったら覚悟しておけ」
「でも、夕日は見ないとダメですよ。きっと綺麗ですから」
「わかった」
海に沈む夕日は見てほしい。レオンもきっと気に入るはずだ。
でも、地球で見る夕日とルーキスで見る夕日は同じだろうか……?
宿のレセプションで、今日の日の入り時刻を聞いた。
「あと一時間ちょっとで日没だそうです。そのしばらく前が一番綺麗なので、バルコニーに出ていますか?」
「そうしよう」
「レオンさん、バルコニーの浴槽に浸かったらどうですか?」
「サーヤも入るか?」
「私は遠慮しておきます」
「それじゃ、つまらんな」
「でも、背中を流してあげますよ」
「そうか? それなら入ろうかな」
浴槽に湯を張り、結界を張って、レオンが湯に浸かる。
その背中を流しながら、日没を待った。
やがて、太陽が空から降りてきて、空全体が濃いオレンジ色に染まった。
太陽が海面に反射し、光の道ができている。
「太陽が大きいな」
「そうでしょう? 空にあるときは眩しくて見えませんけど、今なら見えますからね」
こうして見ると、ルーキスの太陽は地球の太陽より一回り大きいかもしれない。
この世界の光が強いと感じるのは、そのせいだろうか。
「そういえば、レオンさんは『ルーキスの太陽』でしたね」
「俺はあんなに大きな存在ではないな」
「そうですか? ダニエラさんは『存在がもう太陽なんです』って言ってましたけど」
「俺は、サーヤひとりに振り回されている、ちっぽけな存在だよ」
「私、振り回していますか?」
「いや、俺が勝手に振り回されているんだ。サーヤの言葉に一喜一憂して……」
「ごめんなさい。私が悪いんですね。言葉が足りないから……」
「……それはあるけどな」
「でも、本当に大好きですよ。レオンさんのこと」
「それは疑っていない」
「よかった……」
太陽が水平線にかかると、その縁だけが燃えるように赤く染まった。
海はそれを飲み込むように、静かに光を反射している。
「こうして見ると、すごい速さで沈んでいくな」
「そうですね。たぶん、あと数分で見えなくなります」
太陽が沈み切ると、海と空の境界線が曖昧になってきた。空の赤みが消え、深い群青色に包まれてゆく。そして、一番星が輝き始めた。
「綺麗だったな……」
「本当に……」
「サーヤが『夕日は見ないとダメ』って言った意味がよくわかった」
「でしょう? 明日、もう一度見られますよ」
「そうだな」
「そろそろお湯から上がりますか?」
「ああ」
レオンをバスタオルで包み、湯を抜いた。
「夕食を食べに行きますか?」
「そうしよう」
魚介の夕食を堪能した後、二人は早めに床についた。今夜も波の音が子守唄だ。




