第49話 魔法陣の現実と、騎士が選んだ色
新年は二日が仕事始めだ。日本に比べると年末年始休暇が短い。
魔導具課は年末までの約束だったが、次の職場をまだ決めていなかった。
「次は魔法陣研究課でしょうか」
「そうだな。仕事はいつまで続けるつもりだ?」
「賢斗たちは、いつ頃戻って来ると思います?」
「今はベースキャンプで待機してるんだよな? 遅くとも、今月中には討伐が終わるだろう。戻って来るのはもう少し先になりそうだが」
いよいよ魔獣王の討伐か。賢斗はうまくやれるだろうか……。
「それなら、今月一杯にしておきます」
「海には行くか?」
「行くなら早めに行かないと。帰ってきたときには出迎えたいので」
「そうだな。今月半ばに、仕事を休んで行くか?」
「そうしましょう」
人事へ行くと、やはり次は魔法陣課に行ってほしいと言われた。
今月一杯ということと、休みを取りたいことを打診すると快諾された。
今日は挨拶にだけ行くことにする。
魔法陣研究課の課長は、アロイス・ディールという男性で、訥々とした話し方をする。技術者に多いタイプだ。課員は課長を入れて八人で、全員男性だ。
「お話しする機会があったらお伺いしたいと思っていたのですが、召喚されたときは、どんな感覚でしたか?」
「急に空気が揺らいだ後、周囲に光の柱が立って、地面に魔法陣が現れました。次の瞬間には、ルーキスの大広間にいました」
「そうなんですね……巻き込まれたのは、魔法陣の中にいたからでしょうか」
「そうだと思います。賢斗の腕を掴んでいましたし」
「さぞ驚かれたでしょうね」
「それは、もう……」
(召喚前に知らせる方法はないのだろうか? ないだろうな……)
「しかし、『言語理解』などの加護がサーヤさんにも適用されたのは意外でした。あれは勇者だけが対象のはずなのですが」
「そうなんですね。加護がなかったらとても不便でした」
「そうですね。理由はわかりませんが、幸いでした」
「賢斗なら、帰った後もまた召喚できるのですか?」
「それが、わからないのですよ。魔獣王を倒して帰った後も、まだ勇者の属性が残るのかどうか……」
「試してみないとわからないのですね。それでは、召喚されたときにいた場所にこちらから行って、帰ってくることはできないのですか?」
「座標が残っていますので、こちらから行くことは研究次第で可能かと想います。ただ、向こうから戻るとなると、魔法陣の起動には魔力が必要ですから、サーヤさんがこちらに来るのは難しいでしょうね。魔力の代わりになるものがあればよいのですが……」
「そうですか……」
(電力では無理かな? そもそもこちらには電気の概念がないから研究できないか……。私の世界の知識は、ここでは何の役にも立たない)
「俺なら戻れるのか?」
「レオンさんは魔力が多めですけど、それでも現段階では一人分の魔力だと難しいかと……」
「そうか……」
レオンは短く答えたが、その横顔はわずかに固かった。
「魔力の省力化や魔石での代用なども研究対象ですが、今日明日というわけにはいかないですね……」
「そうですよね……」
(やはり、帰ってしまうと、もうルーキスに来ることはできそうもないな。わかっていたはずなのに、言葉にされると現実になる)
アロイスは、二人が恋人同士であることを知っていた。討伐が終わり、沙弥が帰ってしまえば二度と会えなくなることも。
できることなら、自由に行き来できるようにしてやりたい。だが、いかんせん時間が足りない。あと一ヶ月もすれば勇者は討伐を終えて戻り、その後一ヶ月も経たずに故郷へ帰るだろう。勇者が姉を残して帰るとは思えない。
それに、アロイスは慎重な性格だ。軽々しく「もうすぐ、できるようになります」などと言って、糠喜びをさせることはしたくなかった。
沙弥は、気を取り直して仕事の話に戻った。
作業内容を尋ねると、魔導具課と同様の仕事に加えて、魔法陣の清書があるそうだ。
明日から出勤すると言って退出した。
その後、ドレスを買うために貴族街に行った。
店に向かう馬車の中、レオンが沙弥の手を握る力が、なぜかいつもより少し強い。
「今日は採寸だけだ」
「え、オーダーメイドなんですか?」
「そうだ」
(またしてもか……。まったく、お貴族様ときたら……)
「デザインはどうやって決めるんですか?」
「色は、もう決めてある」
「え? もう?」
数秒の沈黙。
「君に、一番似合う色だ」
「……あまり豪華なものにしないでくださいね」
「わかった。仮縫いがあるから、そのときにわかるだろう。どうしても嫌ならそのときに変えてもいい」
(いやいや、仮縫いまで行ったものをキャンセルできませんよ、普通は……)
ドレスショップは、「クレアトリクス」という名前だった。オーダーメイド専門店のようだ。
前回のドレスショップはお母様の紹介だった。きっと今回もそうだろう。
「ここもお母様のなじみのお店なのですか?」
「そうらしい」
「お母様がオーダーメイドにするようにと?」
「いや、俺がオーダーメイドの店を紹介してくれと言ったんだ」
「私には、オーダーメイドは贅沢すぎます……」
「そんなことないぞ。ちゃんとサーヤに似合うデザインを選ぶから、あまり心配するな」
「はい……」
(似合わないという心配をしているのではないのだけれど……)
鏡の前で採寸を終えた沙弥は、店主に何やら細かな指示を出しているレオンの背中を見つめた。
アロイスに告げられた「帰還の難しさ」が、冷たい澱のように胸の底に沈んでいる。
私はいつか、この世界からいなくなる。それなのに、彼は今、私のために贅沢なドレスを仕立てようとしている。
その色は、私をこの国に、彼の傍に繋ぎ止めるための鎖になるのだろうか。
不安なのに不快ではない。揺れる心に戸惑いながら、沙弥は静かに目を閉じた。




