第4話 最強の騎士、メンタルを削られる
レオンに目立ちすぎると言われたが、レオンだってかなり注目されている。若い女性などは露骨だ。
「レオンさんも……見られてますね」
「いつものことだ」
興味なさそうにレオンは言った。
そのとき、通りの向こうから二人組の女性が近づいてきた。
「レオン様!」
嬉しそうに声をかける。レオンの表情がわずかに硬くなった。
「お久しぶりですね」
「……ああ」
明らかに会話を打ち切る声音だ。女性の一人が沙弥を見た。
「こちらの方は?」
「護衛対象だ」
それだけ言うと、レオンは足を止めることすらなく通り過ぎた。女性たちはぽかんとした顔で取り残される。少し歩いたところで沙弥が言った。
「お知り合いですか?」
「顔見知りだ」
「……ちょっと冷たいですね」
「必要のない会話はしない。護衛の任務中だしな」
「モテそうなのに……」
レオンが沙弥の方を見る。
「それが困るんだ」
「え?」
「いちいち相手をするのがな」
それだけ言って前を向いた。
(なるほど……)
これだけの美形で公爵家子息、しかも凄腕の騎士ともなれば、女性に人気があるのは当然だろう。頭は固そうだが……。
あまりモテすぎると鬱陶しくなるのかもしれない。
+++++
正午になったので何か食べることにした。露店の串焼きもおいしそうだが、衛生状態がわからないのでレストランに入ることにした。
レオンは椅子を引いて沙弥を座らせてくれたが、自分は座らず後ろに立っている。
「何してるんですか?」
「何って、護衛だが?」
「レオンさんは食べないんですか?」
「ああ」
(一人で食べろと?)
「それ、絶対お腹空きますよね?」
「問題ない」
「私と一緒の間は、飲まず食わずってことですか?」
「まあ、そうなるな」
「ダメですよ、そんなの。お腹が空いた状態で守ってもらっても、頼りないですから」
「……そうか」
「とにかく、一緒に食べましょう。ね?」
しぶしぶだが席についてくれた。
メニューを見てもどんな料理だかまったくわからないので、野菜中心に食べたいと言ってレオンに選んでもらう。
「お前の国ではあまり肉を食わないのか?」
「普通に食べますよ。こちらと同じ動物かはわかりませんけど。それと、『お前』って言うのやめていただけますか? 私の国では、よっぽど親しい間柄でない限り見下されているように感じます」
「すまない、見下しているつもりはなかったのだが。それでは何と呼べばいい?」
「『君』とかですかね。名前で呼ぶなら『サヤ』と言います。」
「サーヤ?」
「ちょっと違うけど、それでいいです」
「家名はないのか?」
「家名は『マツバヤシ』です。長くて呼びにくいでしょうし、弟と区別がつかないので名前で呼んでください。私は何とお呼びすれば?」
「レオンでよい。皆そう呼ぶ」
ディアボリ山について尋ねてみた。北方に見えた山がそうらしい。
「高さは七千メートルほどだ」
「そんなに高いんですか?」
信仰の対象や観光資源になりそうな山が魔の山として恐れられているとは、もったいない話だ。
魔獣王が生まれるのは山頂付近だと言う。登山経験のない賢斗にたどり着けるだろうか?
「身体を慣らしながら時間をかけて登るので大丈夫だろう。途中で魔獣を狩ったりもするので、討伐にはかなりの期間を要する」
「もっと近くで見てみたいのですが、麓まで行けますか?」
「行けるが遠いぞ。朝早く出ないと帰って来られない」
「早起きするので大丈夫です」
「遠出は申請をしないといけないから、すぐには無理だ」
「帰ったら申請をお願いします」
「……なぜ行きたいんだ?」
少し間を置いて答える。
「弟が行くところですから。この目で見ておきたいんです」
「……わかった」
かなり抵抗されたが、なんとか要求は通った。
ランチを済ませたあとは、ふらりと雑貨店を覗いたり、お菓子を買い求めたりして過ごした。見知らぬ国での買い物は、目に映るものすべてが新鮮で心が躍る。
ふと気づけば影が長く伸び、夕刻が迫っていたので寮へ戻った。
※※※※※
その夜、レオンは珍しく強い疲労を感じていた。
剣を振り、馬を駆った後に感じる心地よい倦怠とは違う。頭の奥が重い。どうやらこれが精神的疲労というやつらしい。
原因ははっきりしている。異世界から来たという娘……サーヤは、とにかく調子を狂わせる。
朝、迎えに行ったら下着姿で扉を開けたときは本当に驚いた。何の冗談かと思ったが、どうやら本気であの格好のまま出かけるつもりだったらしい。この国ではあり得ない。
だが、あの娘は困惑した様子こそあれ、恥じ入る様子はまったくなかった。何が問題なのか、本気でわからないという顔をしていた。
それだけでも十分衝撃だったのに、今度は護衛の俺に「一緒に食事を」と言う。護衛が護衛対象と同席して食事を取るなど聞いたことがない。
挙げ句の果てには「魔の山まで連れて行ってほしい」ときた。
……もっとも、あれはわからないでもない。弟がこれから送られる場所がどんなところなのか、自分の目で確かめたいと言っていた。それなら、あの無茶な頼みも理解できなくはない。
問題は……あれだけ妙な言動をしておいて、本人にまったく悪びれる様子がないことだ。
「お腹が空いた状態で守ってもらっても、頼りないですから」
屈託のない笑顔。そこに裏表はない。だが、だからこそ、何十年もかけて築き上げてきた騎士としての規律が、砂の城のように崩されていく恐怖を感じる。
それは、今まで当然だと思っていた自分自身が、音もなく変わっていく感覚だった。
レオンはベッドに仰向けになり、腕で目元を覆った。
……これがあと何ヶ月も続くのか。俺の精神はもつのか。
……いや。
もたない気がする。




