第3話 街の視線に揺れる朝、支配と保護の境界
翌朝は八時ごろに目が覚めた。
季節は夏だが、部屋は空調が利いていて快適だ。これも魔法で調節しているのだろうか。
外は日中かなり気温が上がるらしい。持ってきた服は夏物ばかりなので、季節が同じで助かった。
シャワーを浴びて、ノースリーブのトップスとショートパンツに着替える。
そういえば昨夜は夕食を食べていない。少しお腹が空いたので、実家へのおみやげに買ってきたお菓子をつまんだ。
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十時ぴったりに扉がノックされた。開けるとレオンが立っていた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
そう挨拶をすると、レオンは沙弥の姿を見た瞬間……固まった。
「……買い物に行くのではないのか?」
「はい」
「なぜ服を着ていない?」
「着てますけど?」
レオンの眉が険しく寄る。
「それは下着だろう」
「は!? 違いますけど!」
「お前の国では下着で外を歩くのか?」
いや違うが?
「わかりました! 着替えますので少しお待ちください!」
扉を閉めながら考える。
(脚がダメなのかも)
ショートパンツとは言っても、そこまで丈が短いものじゃないのに……と思いながら、六分丈のカプリパンツに穿き替えた。
(膝下くらいなら出ていてもいいだろう。これで文句はないはず)
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「お待たせしました。これでいいですか?」
再び扉を開けると、レオンはじっと沙弥を見て……深いため息をついた。
「まだ上が下着のままじゃないか」
「違います!」
「違わない!」
レオンは不機嫌そうに眉を寄せた。
「若い娘が嘆かわしい」
(田舎のおばあちゃんか!?)
自分だって若いくせに、人を若い娘扱いだ。どうやらこの国はかなり保守的らしい。仕方なく、上に半袖カーディガンを羽織った。
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三度目の服装チェックで、ようやく合格した。国境を越えた気分だ。
そのあと、レオンが懐から取り出した小袋を渡された。今月分の生活費らしい。紙幣ではなく硬貨なのでずっしり重い。
いくらぐらい持っていけばよいかと尋ねたら、三万アウレアもあれば十分だろうと言われたが、念のため五万アウレアを持って行く。銀貨五枚分だ。財布に入り切らないのでポーチで代用する。
レオンに先導されて廊下を歩いていると、行き交う人が端によって会釈をする。レオンは会釈を返さない。身分制度のある国では当たり前なのかもしれないが、なんだか嫌な感じだ。
城壁の外は活気に満ちた城下町だった。石畳の通りには屋台や露店が並び、焼きたてのパンの香りや肉を焼く匂いが漂ってくる。人の波が途切れない。
露店の品の値段を見て、一万アウレアが一万円程度と推測する。
建物はどれも石造りで、日本では見たことのない装飾が施されている。道を行き交う人々の服装もさまざまだ。ゆったりとしたワンピースや長いスカート、長袖のブラウスなど、どれも露出は少ない。
(なるほど……ノースリーブにショートパンツだと、確かにちょっと浮くな)
そのとき、通りの向こうから歩いてきた男が、ちらりとこちらを見た。次の瞬間、もう一度振り返る。さらに別の男も視線を向けてきた。露店の店主まで、何となくこちらを見ている。
明らかに視線が集まっていた。
(……何だろう? 異世界人てバレてる?)
沙弥は小さく首をかしげた。横を歩くレオンは無言だった。
昨夜、手首を取られたときの感触が、ふと蘇る。
人混みから離すように、レオンの歩く速度が少しだけ速くなる。
「レオンさん?」
「……」
「歩くの速いです」
「そうか」
そっけない返事に不機嫌な声。何が気に入らないんだろう?
さらに数歩進んだところで、若い男がすれ違いざまに沙弥をじっと見た。そして足を止めかける。
その瞬間……レオンが一歩前に出た。空気が変わる。
男ははっとしたように視線を逸らし、慌てて歩き去った。
「何ですか? 今の人……」
「見ていただけだ」
「何を?」
「……お前をだ」
(はっ!?)
「もしかして、異世界人てバレてます?」
「かもな……」
「何でバレたんでしょう?」
「服だ」
断言された!
「この国ではあり得ない服装だ」
「ええっ」
「この国で若い女が脚を出すことはほとんどない」
「膝から下だけでも?」
周りを見ると、確かに脚が出ている人はいない……一人も。せいぜい足首から五~六センチ程度だ。
するとレオンが、ちらりと沙弥を見た。
「上もだ」
「カーディガン着てますよ?」
「薄いし、袖が短すぎる」
「えぇ……」
確かに薄手で肌が透けているが……半袖もダメなのか? 夏なのに? でも、周りに二の腕を出してる人はいないな、確かに……。
レオンが小さくため息をついた。
「服屋へ行こう」
「え?」
「まともな服を買いに」
沙弥は思わず笑ってしまった。
「服装チェックに合格したと思ってました」
「もう、あの場で言ってもわからないと思ったんだ」
「そんなにダメですか?」
レオンは一瞬だけ黙った。そして前を向いたまま言う。
「……目立つ」
わずかに声が低くなる。
「余計な視線を集める」
それだけ言って歩き出す。さっきより明らかに不機嫌だった。
そこまで言われたら買います。ええ買いますとも。元々買うつもりではあったし。
荷物になるから最後でいいやと思っていただけで!
服屋に入って見ると、やはり保守的な服が多かった。ノースリーブは売っていないし、スカート丈も長い。
レオンが一点を指して言う。
「それにしろ」
なぜその服がいいのかはわからないが、素直に買うことにした。
他にも何着か買い、レオンに示された服に着替えた。
(手持ちの服は、部屋着にするしかないな……)
これは、なかなか面倒な世界に来てしまったかもしれない。
そして……面倒な護衛もついている。




