第2話 冷たい金の瞳、わずかな温もりの名残
レオンが職員寮まで案内してくれた。歩きながら、ふと思い出す。
(……この人、公爵家の子息って言ってた?)
確か爵位の中で一番上だ。つまり、将来この国の中枢に座る可能性が高い人物だ。そんな人に……自分の旅行バッグを持たせている。
(いいのかな? これ)
ちらりと横を見ると、レオンは何事もない顔でバッグを持って歩いている。重そうでもないし、気にしている様子もない。
(まあ、いいのか……)
……いや、よくない気がするけど。
でも、取り返すのも逆に気まずいので、そのままにした。
とはいえ、帰省途中だったのは幸いだった。着替えや化粧道具など必要な物は一通り入っている。
賢斗は完全に着の身着のままだが、勇者の召喚は予定どおりなので問題ないだろう。
寮へ向かう途中、レオンが騎士団の説明をしてくれた。
「この国には近衛騎士団のほか、第一騎士団と第二騎士団がある」
第一騎士団は王都周辺の警護を、遠征任務は主に第二騎士団が担当するらしい。
「今回の討伐には、第二騎士団に加え、第一騎士団の一部が参加する」
「レオンさんは?」
「残る」
こちらに冷たい目を向ける。
「お前の護衛を命じられたからな」
なるほど。一拍置いて言うあたりが露骨だった。
……歓迎されていないのは、さすがにわかる。
それにしても、近くで見るとレオンはとんでもない美形だった。
背は高く、百八十五センチは超えていそうだ。
無駄のない体躯に彫刻のような顔立ち。引き結んだ形の良い唇と濃い眉が意志の強さを感じさせる。しかも、額にかかる幾筋かの前髪が妙に色っぽい。
だが、何よりも目を引くのはその眼差しだった。
金色の瞳。冷たく光るそれは、首筋まで伸びた漆黒の髪と相まって、まるで闇に潜む黒豹のよう……。
見られているだけで、逃げ場がないような錯覚に陥る。視線を合わせるだけで息が詰まりそうになる。
(日本にいたら確実にランキング入りするタイプだ)
間違いなく、抱かれたい男ランキング上位常連。客観的に見れば、とてつもなく格好いい。現実の人間とは思えない。
だが……
(私のタイプではないな)
沙弥の好みは中性的な癒やし系。動物で言うならポメラニアンやトイプードル。
レオンは完全にワイルド系。どう見ても大型肉食獣だ。沙弥のストライクゾーンからは外れている。
それに……無愛想だった。目が合うのはせいぜい一瞬で、すぐに逸らされる。まるで「必要以上に関わる気はない」とでも言うように。
(異世界人の護衛とか、やりたくないんだろうな……)
そんなオーラが全く隠れていない。隠す気もないのだろう。
やがて職員寮に着き、部屋へ案内された。レオンが設備をひとつずつ説明してくれる。その様子がなんだかホテルのベルスタッフのようで少し可笑しい。
十二畳くらいの部屋に、ベッドとソファー、小さなテーブルにライティングデスクがある。テレビはないが、バス・トイレとクローゼット、小型の冷蔵庫まで付いていた。湯沸かしポットとカップも置いてある。
(普通に快適そう)
そこでふと気づいた。
「コンセントはどこですか?」
「……知らん」
(知らんって……)
ドライヤーに似た道具があったので、「これ、充電式ですか? それとも電池?」と聞いたら怪訝な顔をされた。
「魔導具だ。風魔法を使えない者もいるからな」
……魔導具? 風魔法? 一瞬、意味が理解できなかったが、すぐに腑に落ちた。
(ここ、魔法の世界なんだ)
考えてみれば、魔法がなければ異世界召喚なんてできないだろう。
「私、何魔法も使えません」
「そうなのか? それは不便だな……」
日本では当たり前だったけど、魔法前提の世界では不便なことも多いかもしれない。
(慣れるまでは大変そうだな)
慣れる日が来るかどうかも怪しい。
洗濯はどうすればよいかと尋ねると、洗浄魔法が使える者は自分で処理し、使えない者は管理人に預けると言う。
(下着は手洗いするしかないか……)
明日の予定を聞かれたので、とりあえず街に買い物に行きたいと答えた。朝食は要らないと言い、十時に迎えに来てもらうことにした。
寮には食堂も併設されていて、職員は朝晩無料で利用できるらしい。
(福利厚生すごい)
沙弥は職員ではないが、自由に使ってよいそうだ。この国の料理は口に合うだろうか。
最後に、小さな円形の物体を渡された。
「連絡用の魔導具だ。テルソラと言う」
ボタンを押して話しかければ、レオンにつながるらしい。
「用があるときはそれで呼べ。決して一人で出歩くな」
そう言ってレオンは一歩踏み出しかけ……ふと足を止めた。
「……一応、確認する。体調は問題ないか?」
「え? はい、大丈夫ですけど」
その瞬間、レオンの視線が鋭くなる。
「『大丈夫』の根拠は?」
「え……?」
「異世界転移直後だ。自覚症状がなくとも、後から異常が出る可能性はある。頭痛、吐き気、倦怠感は?」
「ないです」
「脈拍は?」
「測ってません」
「測る」
言うが早いか手首を取られた。無駄のない動きで指先が触れる。思ったよりも、ずっと温かい。
体温が伝わる距離なのに、表情は相変わらず無機質だ。
「……正常範囲だな」
「だから、大丈夫って言ったじゃないですか」
「根拠のない判断はするな」
「いや、普通これくらいで……」
「普通の基準が違う」
ぴしゃりと言い切られる。
「ここはお前のいた世界ではない。安全性は保証されていない。だから俺が確認する」
(過保護というか……過剰というか……)
手を離されたが、わずかに名残が残る。
「少しでも異変を感じたらすぐに呼べ。いいな」
「はーい」
「……軽く考えるな」
低い声で釘を刺される。その言い方があまりにも真剣で、思わず背筋が伸びた。
「……わかりました」
沙弥がそう答えると、レオンは一瞬だけ目を細めた。
ほんのわずかに……安堵したように見えた……気がした。




