第1話 日常の崩壊、虹色の光の下で
「どうぞこちらへ」
そう言って、ローブの男性が二人を案内する。
(この世界の光は少し強すぎる)
そう思ったのが最初だった。高い天井の下で、虹色の光が静かに揺れている。
どこか逃げ場のない明るさに、落ち着かない。
(……本当に、異世界なの?)
まだ実感はなかった。でも、ここが日本ではないことだけは、もうはっきりしていた。
◇◇◇◇◇
通された部屋は、大広間とは対照的に落ち着いた雰囲気だった。
毛足の長い藍色の絨毯が敷かれ、壁には重厚な書棚が並んでいる。中央のテーブルを挟んで、柔らかそうなソファーが向かい合っていた。
国務大臣に促され、賢斗と沙弥は並んで腰を下ろす。大臣も向かい側に座り、静かに一息ついた。
「まずは改めて名乗らせていただく。私はこの国の国務大臣で公爵、ベネディクト・カレスティアといい、国王の従弟にあたる。確認させてほしいのだが、言葉は通じているね?」
「え? ……あ、そういえば普通にわかります」
賢斗が答えると、ベネディクトが頷いた。
「召喚の際に、勇者には『言語理解』の加護が与えられる。こちらの言葉も、そなたの言葉も互いに理解できるはずだ。姉君はどうかね?」
「通じています」
「それはよかった。突然このような形でお呼び立てしてしまい、誠に申し訳ない」
(本当に申し訳ないと思っているんだろうか?)
二人が呆れ顔になると、ベネディクトが苦笑した。
「申し訳ないとは思っているが、我が国には選択の余地がないのだ」
その言葉に賢斗が眉をひそめる。
「選択の余地?」
「結論から申し上げよう。北にあるディアボリ山……通称魔の山に時折魔獣王が誕生する。それに伴い、魔獣が増え、瘴気が流れ込み、国に多大な被害を及ぼす」
(アニメとかによくある設定だ)
「そして現在、魔獣王誕生の兆候がある」
(国の危機というわけか)
「魔獣王は聖剣でしか倒せぬ。そして、聖剣を鞘から抜けるのは召喚された勇者だけなのだ」
「それが俺?」
ベネディクトが頷く。
「突然このような状況に巻き込まれて困惑するのも当然だが、ぜひともご協力いただきたい」
そう言って深く頭を下げた。部屋の中に、しばし沈黙が落ちた。
「それで、討伐が終われば元の世界に帰れるんですか?」
「まったく同じ場所へなら帰すことができる。ただ……」
ベネディクトはわずかに言葉を区切った。
「今の技術では一往復しかできない。ゆえに……お二人を別々に帰すことはできぬのだ」
「……どちらかが先に帰ったら、もう片方は帰れないってことですか?」
「そのとおり。したがって、討伐が終わるまで姉君にも滞在していただくことになる」
ベネディクトが申し訳なさそうな顔をする。感情よりも現実を優先する顔だった。
「また……帰還すれば二度とこちらには来られない」
賢斗ひとりを残していくのも心配なので、一緒に残ることに、そこまで抵抗はなかった。心配しているであろう両親には申し訳ないが。
帰ったら二度とこちらに来られないというのも、特に問題があるとは思えない。
(来る用事も……たぶん、ないだろうし)
「前回の召喚では呼ぶ技術しかなかったので、前代の勇者は元の世界にお帰りいただくことができなかった」
それに比べれば、だいぶマシになったということか。
賢斗は剣術の稽古など討伐の準備があるが、沙弥は王宮見学でも城下町散策でも自由にしていてよいそうだ。生活費も支給されるらしい。
「一か月あたり三十万アウレアでよいかな?」と聞かれたが、為替レートがわからないので答えようがない。
(多いのか少ないのか、さっぱりわからない)
賢斗にはさらに勇者手当も出るらしい。
二人には案内役も兼ねて護衛をつけてくれると言う。
「姉にはこの国で一番強い人を付けてくださいね!」
過保護な弟が注文を付けた。
「あいわかった。それでは、騎士レオン・カレスティアをここへ」
しばらくすると、長身の若い男がフード付きの真っ赤なマントをひるがえしながら入ってきた。
「赤ずきんちゃんかな?」
賢斗の呟きに沙弥が吹き出しそうになる。昭和世代なら「パーマンかな?」と言っていたかもしれない。
「第一騎士団所属のレオン・カレスティアだ。公爵家の者で私の息子でもある。まだ若いが腕はたつ。この者を姉君に付けよう」
ベネディクトがそう宣言すると、レオンの金色の瞳がほんの一瞬だけこちらを射抜いた。強い光を直視したような感覚だった。
だが、その視線はすぐに逸らされた。
賢斗の護衛は第二騎士団所属の騎士、オーブリー・ブライヤールという侯爵家子息だ。アッシュブラウンの髪とブルーグリーンの瞳を持つ爽やかなイケメンで、黒いマントを羽織っている。勇者の教育係も兼ねていると言う。
勇者といえば世界最強というイメージがあるが、新米勇者には護衛が付くらしい。魔獣王討伐の前に死なれてはこの国も困るのだろう。
その後、宿舎に案内されることになった。
駅を出たのは午後五時すぎだったが、こちらの時間で今は午後七時だ。体感としても、拉致……いや召喚されてから二時間ほど経った頃だろう。元の世界とこの国とでは、次元は違っても時間の流れは同じなのかもしれない。
時計には普通にアラビア数字が使われていた。
召喚には『言語理解』だけでなく、こういう細かい変換サービスまで付いているのだろうか?
大広間があったのは王宮だが、城壁で囲まれた同じ敷地内に中央庁舎があり、職員寮も併設されているという。騎士団の詰所や訓練場もあり、この国の中央機能はここにまとめられているようだ。
賢斗は騎士団の宿舎へ。沙弥には職員寮が割り当てられた。
ラッシュの山手線で通勤していた身としては、職住近接なのは少し羨ましい。
寮は男女同じ棟だが、フロアは基本的に男女別。ただし異性の出入りは自由で、恋人を部屋に連れ込むのも問題ないらしい。そのあたりは学生寮とは違う。
賢斗は二人一緒の部屋にしてくれと頼んでいたが、「二人部屋はない」と即却下された。貴族中心のこの世界では、姉弟が同室というのは非常識なのかもしれない。
……とはいえ、見知らぬ世界に一人でいるのはやっぱり少し心細かった。
「姉さん、大丈夫?」
「……大丈夫よ」
(……なわけ、ないじゃない)
賢斗の背中が見えなくなると、沙弥は小さく息をついた。
(この世界の光に、まだ目が慣れない)




