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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第一部 終わると知りつつ、恋をした
1/7

プロローグ:王国の呼び声、静かに開いた異界の扉

 東京の喧騒を離れた帰省列車の中、マナーモードに設定された沙弥(さや)のスマホが小さく震えた。


『あとどれくらい? 駅まで迎えに行くよ。動かないで待ってて』


 思わず苦笑が漏れる。相変わらず過保護な弟だ。


(六つも上の姉を迷子扱いしなくてもいいのに)


 だが断ってもどうせ聞かない。そうわかっているから、沙弥は素直に返信を打ち込んだ。


『あと二十分くらいよ』


 松林沙弥、二十五歳。都内の外資系企業で秘書として働いている。今回は混雑するお盆を避け、少し遅めの夏休みを取っての一週間ほどの帰省だ。有給休暇の取りやすさは今の職場の大きな利点だった。


 一方、弟の賢斗(けんと)は十九歳の大学生。地元の国立大学で経済学を学んでいる。百八十センチを超える長身に整った容姿、明るい性格も相まって女子からの人気は高い。

 だが「一番好きなのは姉」と公言して憚らないため、周囲からは「彼氏にするにはちょっと……」と敬遠されがちだ。


 松林家は、地元ではそれなりに知られた家だ。父は地元企業の経営者で、県議会議員も務めている。その子どもである二人は「松林家の美形姉弟」として有名だった。


 駅の改札を出ると、すでに賢斗が待ち構えていた。当然のように重い旅行バッグを奪い取った弟と並んで歩き始める。


「この路地、街灯が少ないよね。薄暗いからもう少し増やしたほうがいいと思うんだ。父さんに言ってみようかな」

「ここを抜ければ、すぐに賑やかな通りに出るんだけどね」


 そんなことを話しながら歩いていると、ふと、足元の空気が揺らいだ気がした。

 突然二人の周りに光の柱が立った。地面には何か魔法陣のような模様が浮き出ている。


「何これ……」

「魔法陣?……」


 沙弥が賢斗の腕を掴み、賢斗が沙弥を抱き寄せる。次の瞬間、二人は何の痕跡も残さず消え失せていた。


                ◇◇◇◇◇


 そこは、迎賓館と見紛うほど豪奢な大広間だった。天井は十メートルほどもありそうで、その中央には巨大なシャンデリアが吊るされている。いくつものアーチ型の窓から差し込む陽光がガラスの飾りに反射し、虹色の光がきらめいていた。

 白い壁に刻まれた金色のレリーフも、光を受けて内側から淡く輝いているように見える。

 そして、二人は多くの人々に取り囲まれている。服装も容姿も、とても日本人には見えない人たちだ。


(……ここ、どこ?)


 状況が飲み込めない。ついさっきまで自分たちは駅から実家に続く道を歩いていたはずだ。

 沙弥は隣を見た。


「賢斗……?」

「姉さん、これ……」


 賢斗も完全に困惑した顔をしている。

 そのときだった。周囲の人々が突然歓声を上げた。


「勇者様だ! 勇者様が来てくださった!」

「これで安心だ!」


(勇者?)


 聞き間違いではないのか?


 呆然とする二人の前に、豪華なローブをまとった壮年の男性が進み出る。落ち着いた所作で一礼すると、二人を正面へと導いた。

 視線の先には、三段ほど高く設けられた壇がある。その中央の豪奢な椅子に、一人の男性が座っていた。


「こちらは我がルーキス王国の王、エレウテリオ三世陛下であらせられる」


 紹介され、王と呼ばれた人物が賢斗に向かってゆっくりと口を開いた。


「勇者よ。ルーキス王国へようこそ。名は何という?」


 突然そう問われ、賢斗が顔をしかめる。


「松林賢斗ですけど……『勇者』って何ですか? それに『ようこそ』って? 俺たち、気づいたらここにいたんですけど」


 賢斗らしい、遠慮のない言い方だった。周囲の空気が少しだけ張りつめる。

 だが王は怒る様子もなく、むしろ困ったように眉を下げた。


「それについては大変申し訳なく思っている」


 王はわずかに目を伏せた。


「だが、そなたには、この国に力を貸してほしいのだ」


(……まさか)


 そんなはずはないと思いながらも、頭に浮かんだのは……『勇者召喚』という言葉だった。

 小説やアニメではよく見る設定だ。でも、まさか本当にそんなことが現実に起きる? それに、賢斗が勇者? ちょっと笑ってしまう……。


「ところで、そちらの女性は?」


 王の視線がこちらに向いた。


「姉です」


 賢斗が答える。


「そうか。どうやら意図せず一緒に招いてしまったらしい。重ねて申し訳ない」


(王様って、こんなに謝るもの?)


 沙弥は少し意外に思った。王様って、もっと尊大なものかと思っていた。

 だが、その声音には、取り繕ったような軽さがなかった。少なくとも、自分たちを理不尽な目に遭わせていることは理解しているらしい。


 もちろん、詫びられたからと言って二人が納得できる話ではないのだけれど。


「詳しい話は、そこの国務大臣から聞くとよい」


 王の言葉に、先ほどのローブの男性が一歩前に出た。


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