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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第二部 目を背けつつ、恋に溺れた
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第47話 嫉妬の視線と、ハッピーエンドの続き

 開演時間が近づいたので、劇場に移動する。この劇場は元々の離宮の一部ではなく、増築されたものらしい。

 席は、ほぼすべてがボックス席のようだ。半個室のような空間で、他の席とは赤いカーテンで隔てられている


 やがて照明が落ち、ざわめきが静まる。

 幕がゆっくりと上がり、物語が始まった。

 騎士と平民の村娘が知り合う。騎士は貴族だ。身分違いと知りながら、やがて恋に落ちてゆく。


「やっぱり、騎士って女性たちの憧れの的なんですね」

「女には守られたい願望があるんだろう」

「そうですね。私もレオンさんに守られていると安心します」

「サーヤのことは、何があっても守るからな」

「嬉しいです……」

「俺もたまにはサーヤに甘えたいが……」


 それは薄々わかっていた。レオンは、沙弥に頭を抱えられ、髪を撫でられるのが好きだった。


「いいですよ。たくさん甘やかしてあげます」

「そうか?」


 やっぱり嬉しそうだ。甘えん坊め。


                 +++++


 やがて幕が下り、休憩時間に入る。


「化粧室に行くか?」

「はい」

「じゃあ、一緒に行こう」


 さすがの護衛騎士も、化粧室までは入ってこられない。

 鏡の前で化粧を直していると、背後でひそやかなざわめきが広がった。


(見られている)


 気づいた瞬間、すぐに声がかかる。


「失礼ですけれど……勇者様のお姉様でいらっしゃいますわよね?」


 振り向くと、華やかな令嬢が二人、すでに間合いを詰めて立っていた。

 その背後では、数人の令嬢たちが遠巻きにこちらを窺っている。


「はい、そうですが……」

「やはり。色々とお噂は伺っておりますのよ」

「レオン様と……恋人でいらっしゃるのですよね?」


 柔らかな声だった。だが、その奥には刃のような緊張がある。


「ええ、まあ……」


 答えた瞬間、空気が変わった。


「やはり、そうでしたのね」

「どうやって、あの方のお心を?」

「一緒にいるうちに、自然と……」

「……自然と、ですって?」

「それだけで……あのレオン様が?」


(やっぱり信じないか……)


 視線が一斉に刺さる。背後からも、かすかな囁きが漏れ聞こえる。


「本当に?」

「異世界の方ですものね」

「何をなさったのかしら」


(……囲まれてる)


 視線を巡らせるが、逃げ道はなさそうだ。


「差し支えなければ」


 扇を口元に当てたまま、一人がにこやかに言う。


「レオン様にご紹介いただけません?」


 穏やかな言葉だが、それは願いではなく、半ば当然の要求だった。

 周囲の令嬢たちの視線が、一斉に沙弥に集まる。


(これは……逃げられないか……)


 そのとき、入口のほうから声をかけられた。


「サーヤさん?」


 トラントゥール侯爵夫人だ。夫人は令嬢たちに一瞬視線を投げかけた後、ほんのわずかに首を傾げる。


「あらあら、どうなさったの? 皆さんに囲まれて……。何か糾弾でもされているのかしら?」

「糾弾なんて、そんな……」

「そうよね。ここはそのような場ではありませんものね?」


 令嬢たちが一歩下がる。


「そろそろレオン様のところに戻られたほうがよろしくてよ。令嬢たちに囲まれて、うんざりした顔をされていたので……」

「はい」


 沙弥は短く答えて歩き出す。

 去り際、「ありがとうございます」と小さな声で告げると、侯爵夫人は白百合のように、静かで清らかな微笑みを浮かべた。


 化粧室を出ると、レオンは少し離れた場所に立っていた。

 侯爵夫人の言葉どおり、数人の令嬢に囲まれている。


 沙弥に気づくと、レオンはすぐにその輪を抜け、こちらへ向かってくる。

 その瞬間、周囲の視線が自分に突き刺さるのがわかった。


「行くぞ」


 差し出された腕に触れた瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張が、ほどけるように消えた。背後からの視線を振り切るように歩き出した。


 レオンは緊張の残る沙弥の表情に気づき、尋ねる。


「何かあったか?」

「化粧室で令嬢たちに囲まれて……レオンさんに紹介してほしいと言われてしまって」

「図々しい連中だな」


 容赦ない一言に、思わず苦笑が漏れる。


「でも、トラントゥール侯爵夫人に助けていただきました」

「それなら、よかった」

「どうやってレオン様を射止めたのか、とも聞かれました」

「何て答えた?」

「一緒にいるうちに自然と、って……」

「そうだな。俺たちにとっては、それが自然だった。『好きだ』と言ったのは俺が先だが」


(どうしても、そこにはこだわるんだな……)


「令嬢たちは信じていないようでしたけど」

「信じてもらう必要もないだろう?」


 その言葉は、思った以上にあっさりしていた。

 けれど……それで十分だと思えた。


「さっき一緒にいた方々は?」

「何か話していたが、聞いていなかった。化粧室の出入りを見ていたから」

「ちゃんと護衛をしてくれていたんですね」


 ほんの五分ほどのことだったのに、妙に気疲れした。

 とはいえ、あの令嬢たちの反応も、無理はないのだろう。


 レオンは女嫌いで難攻不落と噂されていた。誰にもなびかないからこそ、誰もがどこかで安心していられたのだろう。

 その均衡が、不意に崩れた。

 しかも相手は異世界から来た娘。勇者の姉ではあるが、本人には何の力もない。

 戸惑いも、反発も、あって当然だと思う。


 先ほどの令嬢たちは伯爵家と子爵家だと言っていた。本来なら、公爵家のレオンと釣り合う立場ではない。

 それでも……異世界の娘でいいのなら自分だって……と手を伸ばそうとするのは自然なことだ。


 やり方に思うところがないわけではないが、それもまた、あの場では珍しい振る舞いではないのかもしれない。貴族のことはよく知らないけれど……。


(深く考えることでもない)


 おそらく、もう顔を合わせることもない人たちだ。

 気に留めるほどのことではない。

 それでも、あのときの侯爵夫人の助け舟は、本当にありがたかった。


(魔導具課の女性たちの追及なんて、可愛いものだったな)


 今日の令嬢たちと違って、好奇心は感じたけれど悪意はなかった。

 貴族でも、働きに出るような人たちは、今日の令嬢のような人たちとは意識が違うのかもしれない。


                 +++++


 再び幕が開き、騎士と村娘は結ばれ、物語はハッピーエンドで終わった。先ほどの令嬢たちは、この物語をどんな気持ちで見ていたのだろう。


「食事はどうする? ダイニングに行くか、ルームサービスにするか」

「お部屋が素敵だったので、ルームサービスにしませんか?」

「では、そうしよう。そのほうが落ち着けるだろうしな」


 二人は再び部屋に戻った。

 先ほどまでの喧騒とは正反対の静かな空間だ。二人の足音さえ絨毯に吸われ、音がほとんど反響しない。


 窓の外は静かだった。庭園の灯りだけが、ゆっくりと揺れている。


「……もう、いいな?」


 低く静かな声に、心臓が一拍だけ大きく打つ。


「はい」

「……ずいぶん、我慢させてくれた」


 レオンが唇を重ねてくる。食事が運ばれてくるまで、二人はそうして抱き合っていた。


 食事が済んだ後、バルコニーに出てみた。外はもう真っ暗だが、ライトアップされた庭園の向こうに森が見える。


「あの森には入れるのですか?」

「ああ、散歩道があるんじゃないかな。明日の朝に行ってみるか?」

「はい」


 その夜、二人は昔の王族が使ったかもしれない寝台で眠りについた。


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