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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第二部 目を背けつつ、恋に溺れた
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第46話 舞台の恋と現実の恋、重なる物語の行方

 翌朝……。


 沙弥のほうが早く目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む光がベッドの縁を淡く照らしている。

 隣を見ると、レオンが静かに眠っていた。


(……ほんとに昨日、酔ってたのかな)


 レオンの首筋に顔を寄せる。いつもの香り。もう酒は完全に抜けているらしい。

 少しだけ見ているつもりが、長くなった。

 そのとき、レオンの瞼が動く。


「……サーヤ?」


 声が掠れている。


「おはようございます。気分はどうですか?」

「少し頭痛がするな」


(覚えてるのかな……それとも曖昧?)


 レオンは短く治癒魔法をかけると、しばらく黙った。

 その沈黙が、少しだけ重い。


「ここは……俺の部屋か」

「はい」

「なぜサーヤがここにいる?」


 沙弥は少しだけ迷ってから言う。


「護衛がいないと落ち着かないので、一緒に来ました」

「……そうか」


 それ以上は聞かれなかった。


 その後の空気は、妙に穏やかだった。

 だが、どこか「触れてはいけない間」が残っている。


 レオンが紅茶を飲みながら言う。


「今日は観劇だな」

「はい」


 昨日のことは、なかったかのように流れていく。


「昼食のあと、サーヤの部屋に行く」

「朝食はどうします?」

「朝食より、サーヤといるほうがいい」


 レオンはそう言って沙弥を抱き寄せた。


                 +++++


 昼食後……。


 部屋に戻り、ドレスに着替えて待っていると、レオンがアンナを連れてやってきた。


「お久しぶりです、アンナさん。今日もよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 今日は低めの位置にシニヨンを作ってくれた。そこに髪飾りを挿す。

 メイクが終わる頃、レオンが戻ってきた。


「おお、今日も綺麗だな!」

「ありがとうございます」

「本当に、お似合いのお二人ですね」

「そうだろう!?」


 素直に喜ぶところが可愛い。


 アンナを馬車まで送り、自分たちも観劇に行く馬車に乗った。


                 +++++++++


 劇場を併設した宿泊施設は、城下町から少し離れた、森の入口近くの閑静な場所にあった。

 馬車を下りて見上げたそれは、紛うことなき宮殿だった。

 細い塔や尖った屋根がいくつも立ち上がり、窓や出入り口はすべてアーチ型だ。


「これは、お城ですか?」

「昔の離宮だな。使わなくなったので宿に改造したらしい」


 ヨーロッパの古城ホテルみたいな感じか。


「他国から貴族が来ることって多いんですか?」

「そうでもない」

「それじゃ、観劇などに使うことのほうが多いんですね」

「そのようだな」


 正面には、美しく整えられた庭園が広がっている。空はすでに薄暗くなっており、ライトアップされた宮殿が大きな池に映り込んでいる。

 正面玄関から入ると高い吹き抜けのロビーがあり、着飾った人々が歓談している。

 ロビーの床は大理石で、壁一面が色鮮やかな細密画で覆われている。


「平民が観劇に来ることはないんですか?」

「平民向けの劇は別のところでやっているらしい」


(やはり、貴族と平民が同席することはないんだな。……私は平民だけど)


「先にチェックインをしてこよう」


 ロビーの一角にレセプションがあった。

 チェックインの手続きを終えると、ベルスタッフに案内されて部屋へと向かう。

 ロビーの奥にある緩やかな大階段を昇る。


 二人の部屋は三階にあるようだ。

 廊下には絵画が飾られ、アンティーク家具が置かれている。厚い絨毯に足音が吸われる。

 宿というよりは、王族の私的空間に迷い込んだような錯覚を覚えた。


 客室の扉を開けると、大きな天蓋付きベッドが目に入った。

 高い窓に厚いカーテンがかかっている。家具はどれもアンティーク調だ。


 ベルスタッフが部屋を出ていくと、レオンが沙弥を抱き寄せて、唇にキスしようとする。


「ダメですよ。せっかくアンナさんに綺麗に口紅を塗ってもらったのに」

「塗り直せばいいだろう?」

「アンナさんみたいに綺麗にはできません」

「どうしてもダメか?」

「今はダメです」

「ひどいな……」


 レオンはそう言って沙弥の首筋にキスをした。


「今日はどのような演目ですか?」

「騎士と平民の娘の恋物語と言っていたな」

「私たちみたいですね」

「そのうち、『騎士と異世界の娘の恋物語』をやるかもしれないな」

「田舎にもあれだけ噂が広まっていましたしね」


(だが、結末は悲恋になるはずだ。そのような劇が受けるだろうか……)


「そろそろ下へ行くか?」

「そうですね」


 ロビーに行くと、さらに人が増えていた。


「皆、ここで待つのですか?」

「他にラウンジもあったと思うが」

「レオンさん、令嬢たちから注目されているような気がしますけど……」

「知り合いではないな」


 レオンが覚えていないだけの可能性もある。


「ラウンジを覗いてみるか?」

「はい」


 ラウンジに行ってみると、こちらは比較的年配の貴族が多いようだった。


「トラントゥール侯爵夫人が来ているな」

「本当ですね。ご挨拶しますか?」

「ああ、サーヤも一緒に行こう」


 レオンが侯爵夫人に挨拶をする。


「お久しぶりです。ヴルカリス以来ですね」

「あら、レオン様がいらっしゃるならレティシア様もお誘いするのでしたわ」

「いや、それは勘弁していただきたい」

「サーヤさんもお久しぶり、今日は一段とお綺麗ね」

「ありがとうございます。晩餐会では弟に『馬子にも衣装』と言われましたが……」

「なんだ、それは?」

「どんなものでも着飾れば綺麗に見えるという、日本の慣用句です」

「ケントがそんなことを言うのか?」

「褒め言葉だと勘違いしていたのかもしれません」

「勇者様とは、とても仲がよろしいのですね。討伐に行かれていて、ご心配でしょう?」

「はい、本来なら観劇などしている場合ではないのでしょうけれど……」

「ケントは、サーヤに普段どおり楽しく過ごしていてほしいと思っているんじゃないかな」

「そうですね……」


 トラントゥール侯爵夫人と一緒にいたご婦人にも紹介していただいた。伯爵夫人だそうだ。


(ここにいる人たちは、みんな「ちゃんとした世界」の人なんだ……私は、たぶん少しだけ場違いだ)


 ……この世界に「残る側」ではない。


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