表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第二部 目を背けつつ、恋に溺れた
46/49

第45話 無意識の指先、酔いに溶けた本音

 仕事納めの日……。


 魔導具課に来るのも今日で最後。三人娘ともかなり打ち解けたので、ちょっと寂しい。

 魔導具課も有志で飲みに行くらしく沙弥とレオンも誘われたが、騎士団との先約があるので、また別の機会に誘ってもらうことにした。


 忘年会の会場は、城門を出てすぐのところにある酒場だった。

 沙弥たちが店に着いたときには、すでに何人もの騎士たちが飲み始めていた。

 低い梁に煤の染みついた天井の下、店は酒の匂いで満ちていた。壁に打ち付けられた燭台の炎は風もないのにゆらゆらと揺れ、粗削りの木卓の上に影を踊らせている。


 沙弥たちが入っていくと、長椅子の真ん中あたりの席を勧められた。

 眼の前には団長が陣取っている。ざっと見回したが、ヘンリクは来ていないようだ。


「今日は、ヘンリクは来ないらしいぞ」


 レオンは鋭すぎる。なんでヘンリクを探してるってわかったんだろう……。


「そうなんですね。今日は何人くらい来るんですか?」

「わからんが、ほとんど来るんじゃないか? 一部は討伐に行っているが」


 王都の警備を普段より少ない人数でやっているので、騎士たちにはかなり負担がかかっているのではないだろうか。

 しかも、そのうちの一人を、沙弥が独占してしまっている。申し訳ないことだ……。


 酒が回ってくると騎士たちは饒舌になり、沙弥たちに質問を浴びせるようになった。


「レオンはサーヤのどんなところを好きになったの?」

「全部だ」


 顔色ひとつ変えずに即答だ。この人は、照れるということも知らないようだ。


「じゃあ、サーヤは?」

「全部ですけど、特に、優しいところと可愛いところかな」

「『優しい』にも驚くけど、『可愛い』? レオンが?」

「可愛いですよ。褒めると得意げな顔になるところとか、拗ねてプイッとするところとか」

「そんなレオン、見たことないけどな」

「サーヤにしか見せてないからな」


 同僚騎士に真顔で答えた後、沙弥の方に笑顔を向ける。そんな笑顔も好きなところだ。


「レオンは、あんなに女嫌いだったのにな」

「今でもサーヤ以外は好きではないぞ」

「でも、私のことも、護衛してなかったら『異世界から来た変な女』と思ったままだったんじゃないですか?」

「そうかもしれないが……」

「それなら、もっとよく知ってみれば好きになる人がいるかもしれませんよ」


 その言葉を発した瞬間、空気が変わった。


「……それでも」


 レオンの声が低くなる。


「サーヤに、そんなこと言ってほしくない」


(あ……)


 まずかったかもしれない……。

 その後、レオンの飲むペースが明らかに速くなった。


(さっきのが、そんなに嫌だったのかな……)


「レオンさん、少し飲みすぎでは……」

「問題ない」


 短い返事。だが視線はどこか遠い。

 薄暗い灯りの下で、レオンの瞳が熱を帯びたような琥珀色になっている。

 やがて、そのまま目を閉じた。


「……寝てる?」

「珍しいな。レオンが潰れるとは」


 騎士たちの声がざわつく。


「私のせいかもしれません」


 あの発言は自分がいなくなることを前提としていた。私はいなくなるのだから、他の女性に目を向けろと……。


「私が、あんなこと言ったから……」

「サーヤは悪くないと思うが」


 団長の言葉に、沙弥は小さく首を振った。


「そろそろお開きにしようか?」


 団長が言う。


「サーヤには他の護衛を付けるから、オーベイスはレオンを連れて帰れるか?」

「私も一緒に行きます。護衛ができずに他の人に任せたと知ったら、後でレオンさんが落ち込むでしょうから」

「そうか。それじゃオーベイス、頼む」

「任せてください」


 オーベイスは、見るからにがっしりとした防御力の高そうな騎士だ。レオンと同期だと言う。

 オーベイスが「立てるか?」と言うと、レオンは目をつむったまま立ち上がった。何だろう、条件反射かな?


 宿舎へ向かう道中……レオンは意識がないはずなのに、沙弥の手を離さなかった。

 むしろ、離れそうになると強く握り返してくる。


(無意識でも……離さないんだ)


 その事実が胸を締めつける。


 城門から近い酒場だったのが幸いして、宿舎には無事着いた。


「レオンさん、しっかりしてください! 階段ですよ」


 オーベイスの肩を借りて歩くレオンを見て、沙弥は溜息をついた。


(……あのしっかり者のレオンさんが、ここまで酔うなんて)


 レオンの部屋にたどり着くと、オーベイスがレオンをベッドに寝かせ、ブーツを脱がす。沙弥は何とかレオンのマントを剥ぎ取った。

 二人がかりで騎士服を脱がす。いつものレオンの香りに青リンゴのような酸味が加わって、フルーティ・ウッディな香りになっている。


(この人はお酒を飲んでもよい香りがする……)


 だが、少し汗ばんでいるので身体を拭くことにする。お湯で湿らせたタオルでレオンの身体を拭き始めた。オーベイスが洗浄魔法を使えるかもしれないが、沙弥が自分でやりたかった。

 レオンは眉根を寄せて苦しげな表情をしている。そして目を腕で覆って、かすれた声を漏らした。


「……行くな、サーヤ」

「ここにいますよ」

「……帰るなんて、言うな」


 酔った勢いゆえの本音? それとも、沙弥が日本に帰る夢を見ている?

 タオルを当てながら、沙弥は一瞬だけ手を止めた。


(私がいなくなる前提の話、もうやめたほうがいいのかな……)


 自分がいなくなった後のことを話したときの、彼のあの寂しそうな瞳を思い出す。


(でも、それは「なくなる」ことにはならない)


 レオンの額に触れる。熱があるわけじゃないのに、妙に熱く感じた。


(私だって……本当はずっと、隣にいたい)


 身体を拭き終わり、オーベイスと二人がかりでベッドの上にあったバスローブを着せた。


「あとは私一人で大丈夫ですから」


 そう言うと、オーベイスは「それじゃ、よろしく」と言って部屋を出ていった。


 自分の部屋に戻りながら、オーベイスは軽いショックを受けていた。

 レオンのあんな姿を見るのは初めてだ。いつも冷静なレオンがあんな苦しげな表情をして……。

 それほどまでにサーヤを思っているのか。サーヤがいなくなったら、あいつは壊れてしまうのではないだろうか。サーヤがこちらに残ってくれれば……。

 そう考えて、ふと思い出す。同じくらいサーヤを慕っている弟がいることを。いや、慕ってきた年月を考えればレオン以上だろう。ケントがサーヤを置いていくはずがない……。


(俺には、やけ酒に付き合ってやることぐらいしかできないな)


 オーベイスは深いため息をついた。


                 +++++


 沙弥は、ベッドに腰掛けて、レオンの手を握ったまま、その寝顔をじっと見つめていた。さっきよりは表情が柔らかくなっている。


(悪夢は終わったのかな)


 唇が、自然に近づいた。ほんの一瞬だけ触れる。

 それでもレオンは目を開けない。


(シャワーを貸してもらおう)


 シャワーを浴びて、レオンの隣に横たわった。

 沙弥がレオンの部屋に来るのは初めてだ。几帳面な彼らしく、部屋はきちんと整っている。


(明日起きたとき、どんな顔をするだろう)


 沙弥は少し可笑しくなった。そしていつの間にか眠りに落ちていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ