第44話 キャンドルの聖夜、手袋に宿る想い
仕事の休みに合わせたので少し早いが、クリスマスディナーの日が来た。
貴族街にある「レテル・ブラン」というレストランに個室を予約してもらった。メニューなどは、みなレオンにお任せだ。
扉を開けると、薄暗い店内にキャンドルの炎が温かく揺らぎ、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
スマートな身のこなしのスタッフに迎えられ、個室に案内された。
テーブルには繊細なリネンのクロスが敷かれ、磨き上げられたカトラリーとクリスタルグラスが美しく並んでいる。
まずはスパークリングワインで乾杯をした。
「ちょっと早いけれど、一年間お疲れ様でした」
「サーヤこそ、大変な年だったな」
「そうですね。去年の今頃は、ここにいることを想像もしていませんでした。というか、ルーキスの存在さえ知りませんでした」
「俺も、異世界人の護衛をすることになるとは思ってもいなかったな」
「不思議なめぐり合わせですね」
「そうだな……」
今でもときどき、夢を見ているのではないかと思うことがある。
なんとなく馴染んでしまったけれど、常識では考えられない状況だ……。
「今日はコース料理なんですよね?」
「そうだ」
「私、食べ切れるでしょうか?」
「サーヤの分は、少なめにしてくれるように言っておいた」
「本当に気が利きますね、レオンさん……」
「まあな!」
(また嬉しそうな顔してる。可愛いな)
「それでも食べ切れなかったら俺が食べてやるぞ。個室だから誰も見ていない」
「そうですね。そのときはお願いします」
最初に運ばれてきたのは、アート作品のような前菜だった。
洋菓子のような愛らしい見た目からは想像もつかない、ハーブが爽やかに香る魚介のテリーヌだ。
「おいしいです! それに可愛い!」
「ハーブが魚介の生臭さを消しているな」
「これはどこで捕れる魚でしょう? 海は遠いですよね?」
「保存魔法をかけて運んでくるんだろう」
(そうか、ここでは冷凍車なんて要らないんだ……)
「凍らせたりせずに、新鮮なまま運べるんですね?」
「そうだと思うぞ」
(やっぱり、いいな……。魔法って)
「海に行くには、かなりかかります?」
「ヴルカリスよりさらに遠いからな。早朝に出ても、着くのは夜だろう」
「それじゃ、行くのは難しいですね」
「行けないこともないと思うが。行ってみたいか?」
「ルーキスの海、見てみたいです……。ルーキスの人は、海で泳いだりしないんですか?」
「少なくとも、あの下着みたいのは着ないな」
「水着ですか? でも、着衣で泳ぐのは危険ですよ」
「そうか。じゃあ、泳がないんじゃないかな。よくわからん」
「どちらにしても、今の季節は泳げないですよね?」
「そうだな。今度調べておく」
次は、きのこを使った温かい前菜。その後は野菜のポタージュだ。おそらく、あのブロッコリーに似た野菜だろう。
「これも、美味しいですね」
「ああ、ここの料理はサーヤの口にも合うか?」
「はい。王都で食べた中では一番おいしいです。さすが高級レストランですね」
「そうだな。味付けが繊細な気がする」
さらに魚料理が運ばれてくる。
おそらく川魚だろう。バターとワインの香りが、柔らかく鼻をくすぐった。
「これは川魚ですよね?」
「ああ」
「釣りとか、されたことあります?」
「ないな」
(やっぱり。レオンさんに釣りは似合わない)
肉料理の頃には、すでにかなり満腹になっていた。
「これは何の肉ですか?」
「マーブリスだ」
「すごい霜降りですね……もう少しで限界です」
「無理しなくていい」
当然のように言うその声が、少しだけ柔らかい。
デザートを終え、温かいハーブティーを飲んでいると、ようやく呼吸が整った。
「はぁ……本当においしかったです」
「そうか。サーヤが満足ならいい」
その言い方が、少しだけ優しすぎて……。
(こういうところ、ずるい……)
馬車に戻る直前、沙弥は小さな包みを取り出した。
「レオンさん」
「何だ?」
「クリスマスプレゼントです」
一瞬、空気が止まる。
「……そんなものがあるのか」
「言ってませんでしたけど、普通は交換したりします」
「俺は何も用意していないぞ」
「いいんです。感謝の気持ちなので」
「開けていいか」
「もちろんです」
レオンが包みをほどく。
中から出てきたのは、深いブラウンの革手袋だった。
束の間の沈黙。
「……サーヤ」
「はい」
「これ、俺のことをちゃんと見て選んだだろ」
低い声だった。なぜか少し熱を含んでいる。
「時間がなくて既製品ですけど……」
「十分だ」
手袋を軽く握る。
「これは、かなり嬉しい」
次の瞬間、視界が揺れた。
レオンが沙弥を軽く抱き寄せ、頬に口づける。
「ありがとう、サーヤ」
この手袋は、化粧室でローザにこっそり相談した。
伯爵家令嬢のローザが、よく利用する店のカタログを持ってきてくれたので、その中から選んで注文した。
伯爵家の令嬢が庁舎に勤めることは少ないそうだが、ローザは魔導具に興味があり、就職したそうだ。レオンにもあまり興味がなさそうだし、キャリア志向なのかもしれない。
(……帰ります)
そう言ったときのレティシアの顔が、なぜかふと浮かんだ。
レオンにはローザみたいな人が合うかもしれないと思って、「ローザさんて、どう思います?」と聞こうと思ったけれど、言葉にする前にやめた。
なぜか今は、それを口にしたらいけない気がした。
「そういえば」
レオンがふと思い出したように言う。
「三十日に騎士団の飲み会がある」
「そうなんですね。では、私は部屋で……」
「サーヤも呼べと言われている」
「え?」
「しばらく働いていただろう」
「……それじゃ、行きます。ところで、この国では、女性は騎士になれないんですか?」
「なれないというより、なりたいやつがいないだろうな」
魔導具課では男女平等な雰囲気だったが、この国の女性は、守りたいより守られたいという意識が強いのかもしれない。




