第42話 異世界の事務革命と、騎士の爆弾発言
翌日……。
表作成の残りを片付けた後、グラフ作りにとりかかった。
データの種類に合わせて、グラフやチャートを作成する。手作業でグラフを書くなんて、中学校以来かもしれない。
「これは何だ?」
「円グラフですよ。全体における各項目の割合が視覚的にわかるようになっています」
「確かにわかりやすいな。こっちは何だ?」
「散布図ですね。データの分布と傾向がわかります。ルーキスでは、こういうグラフやチャートを使わないんですか?」
「俺は知らないな」
「レオンさんが知らないなら、使わない可能性が高いですね。一応パヴェルさんに確認します」
できている分をパヴェルに見てもらった。
「確かに、初めて見るグラフですけれど、わかりやすくていいですね。このまま進めていただけますか?」
「承知しました」
「それにしても、サーヤさんは計算が早いですね。集計だけで数日かかるんじゃないかと思ってました」
「電卓を使いましたので」
「デンタク?」
「サーヤが持っている道具だ。魔導具で同じようなものが作れないかと思っていたんだが……」
電卓を持ってきてパヴェルに見せた。
「これは便利ですね。どういう仕組みですか? 動力は何なのです?」
「このパネルで光を受けて発電しています」
「ハツデン?」
「この国には『電気』という概念はないですか?」
「聞いたことがないですね」
(やっぱりか~)
「簡単に言うと、光をエネルギーに変換しています。魔導具だと、そこが魔力とかになるのではないでしょうか?」
「そうですね。それで計算する仕組みは?」
「私も詳しくは知らないのですが、中に小さなスイッチがいくつもあって……」
二進法の概念と計算の仕組みをわかる範囲で説明した。
「大体わかりました。ここまで小型化できるかわかりませんけど、今度考えてみます」
「あとは、あれだな。スマホ。今日は持ってきているか?」
「あります。もうバッテリーがあまりないんですけど」
スマホで写真を撮ってみせる。パヴェルもかなり驚いていた。
「写真を撮る以外にもいろんなことができます」
「便利だな」
「そうですね。私の国では、だいたい一人一台持っています」
「『写真』を撮る魔導具もちょっと考えてみます。他に、サーヤさんがこの国に来て、あったらいいなと思った魔導具はありますか?」
「私は洗浄魔法が使えないので、洗濯機がほしいです」
「最近は俺が洗浄魔法をかけてやってるから要らんだろう?」
「でも、下着とか、人に頼めないものもあるので……」
「なんで頼めないんだ?」
「私の国では、下着の洗濯はあまり人に頼まないんです」
「下着で出かけることはするのに、変な国だな!」
「だから、下着では出かけませんてば!」
レオンは、いつまでたってもちゃんと理解してくれない。最初の印象がよっぽど強烈だったのだろう。
洗濯機は、この国では需要が少なすぎて開発対象にならないようだった。
+++++
そして、恐怖のお昼休みがやってきた。
ダニエラがいる。エミリアもいる。ルースもいる。ローザもいる。
(……全員いる)
沙弥は確信した。
(これ、ランチじゃなくて裁判だ)
「サーヤさ~ん。ヴルカリスの詳細、全部聞かせてください~」
「いいですよ。川に温泉が湧いていて……」
「裸で入るんですか?」
「違います。布を巻きます」
「布で隠れるんですか?」
「隠れます」
「壁があるんだから裸でいいじゃないか」
開始三十秒で精神を削られる。
「その発想やめてください」
「俺は合理性を言っているだけだ」
「羞恥心は捨てないでください」
「そういえば、オーブリーがケントに服を脱げと言ったら、ものすごく驚かれたと言っていたな」
「えっ! 賢斗も脱がされたんですか?」
「上半身だけだと思うが」
「そうですか。びっくりした」
「言っておくが、俺だって、どこででも裸になるわけじゃないぞ」
それくらいの良識はあるようでよかった。
「川の深さはどれくらいなんですか?」
「私の胸くらいまでですね。椅子が設えてあって、座って入れるようになっています」
「サーヤは、俺が抱いていてやらないと溺れそうだったけどな」
「椅子が低かったので、仕方なかったんです」
レオンの口を縫い付けてしまいたい。
「俺にも溺れていたしな」
沙弥は手に持っていたフォークを落としそうになった。
人前で言っていいことと悪いことの区別がつかないのだろうか、この人は……。
ちょっと涙が出てきた。裁判を通り越して「処刑」だった……。
「サーヤ、泣いているのか?」
そう言って、目尻の涙をぬぐう。
「あ、レオン様がサーヤさんを泣かせた!」
ダニエラが囃し立てる。
「お前たちが悪いんだろう? サーヤを困らせて」
悪いのは明らかにレオンだ。
「いえ、皆さんが悪いのではありません!」
「はっ!?」
「私が困っているのは、横にいる、無駄に見た目のよい馬鹿者のせいです」
「見た目がよいとはよく言われるが、『馬鹿者』は初だな!」
(なぜ誇らしげ)
口が悪いなサーヤは、とレオンが言うが、レオンは口が軽すぎる。普段は無口なくせに……。
「レオンさんは、明日から別のテーブルで食べてください」
「それはダメだ。俺は君の護衛だからな」
「それでは、一言も喋らないでください」
「ひどいな、サーヤは。なんでそんな意地悪を言う?」
「レオンさんが何を言い出すかわからないので、私の精神がもたないんです」
「サーヤが何を気にしているのかわからん。……俺は、隠す必要があるとは思っていない」
向かいの席の娘たちに「お前たちはわかるのか?」と尋ねると、みんな「ええ、まあ」と曖昧に返事をし、沙弥を気の毒そうな目で見る。
昨日と今日で、レオンのイメージはだいぶ変わっただろうが、本人は気にもとめていないようだった。
いたたまれずに「お先に」と言って沙弥とレオンが立ち去った後、娘たちがひそひそ話を始める。
「サーヤさん、レオン様に『馬鹿者』って言ってたわね。びっくりしちゃった」
「まあ、言いたくなるのもわかるけど」
「でも、相手は公爵家の子息よ」
「あぁ、サーヤさんはこの世界の人じゃないから、身分とか全然気にしてないみたいよ~。レオン様、よくサーヤさんに怒られていたし」
付き合いの長いダニエラは、二人の関係をよくわかっていた。
「そうなのね。レオン様も気にしていないようだしね」
「逆に、怒られるのが嬉しいのかもね。今まで誰かに怒られることなんてほとんどなかっただろうし」
「それにしても、レオン様のイメージはだいぶ変わったわ」
「意外に人間味があるし面白いし、私はわりと好きだわ。恋人にするとちょっと大変かもしれないけど」
「ああいう人ほど、離れるときが一番つらそうよね」
「でも、レオン様に抱かれて温泉に入るなんて羨ましすぎるわ」
エミリアは、まだレオンに幻滅していないようだった。
同じ頃、沙弥はまだレオンに怒っていた。
「レオンさんは、余計なことを言い過ぎです」
「そうか?」
「あまり、二人の秘密を人に話さないでください」
「サーヤが俺に溺れていたことは秘密なのか?」
「そうです」
「わかった、もう言わない」
「……本当ですか?」
「ああ。だが……」
「だが?」
「二人でいるときくらいは、遠慮しない」
そう言うレオンを見上げて沙弥が微笑む。
……こんなふうに笑っていられる時間が、どれだけ貴重なのかを、まだ知らないまま。
+++++
昨日渡されたデータの整理は夕方までに終わった。パヴェルに見せてOKをもらった。
「本当に二日で終わっちゃいましたね。仕事が早いとは聞いていましたが、ここまでとは……」
「電卓のおかげですね。他にも仕事はありますか?」
「はい、いくらでも。論文用のデータが他にもいくつかありますし、伝票整理などの事務作業もあります。それも終わってしまったら、実験の記録係などもやっていただけると助かります」
「魔力が必要でない作業なら何でもやります」
しばらくは失業しないで済みそうだ。




