第40話 魔導具課の朝、筒抜けの距離
ヴルカリスから戻った翌日……。
沙弥は予定どおり、魔導具開発課へと出勤した。
案内された部屋は、これまでの騎士団とは空気がまるで違う。
紙とインクの匂い。整然と並べられた資料。机の上には見慣れない器具や魔石。
戦う場所ではなく、考える場所だ。
「ようこそ、魔導具開発課へ」
穏やかな声で迎えたのは、課長のパヴェル・クリーク。柔らかい物腰の、いかにも研究者といった人物だ。
課員を集めて一人ひとり紹介してくれた。総勢十人。女性は三人。その中に見覚えのある顔を見つけ、沙弥は思わず声を上げた。
「エミリアさん!」
「まあ、サーヤさん。本当にいらしたんですね」
にこやかに手を振るエミリアに、沙弥もほっと笑う。
「知り合いか?」
隣のレオンが小声で問う。
「キッチンで紹介したじゃないですか」
「ああ……あのときの」
興味が薄かったのか、思い出すまで少し時間がかかったらしい。
一通りの紹介が終わったあと、パヴェルが尋ねた。
「魔導具はお使いになったことがありますか?」
「はい。私は魔法が使えないので、いつもお世話になっています」
その言葉に、一人の男がぴくりと反応した。
年嵩の課員……ブルーノ・シェルマンだ。
「魔法が使えない? ですが……」
じっと沙弥を見つめる。まるで何かを「見ている」ような目だった。
「……魔力を纏っているように見えるのですが」
その場の空気が一瞬だけ止まる。
そして……ブルーノの視線が、ゆっくりとレオンへ移った。
「……なるほど」
ぴたりと一致したのだ。
誰も、すぐには口を開かなかった。
理解したのに言葉にしない……そんな沈黙が、数秒だけ続く。
(な、何この空気……)
「ブルーノは人の魔力が見えるんですよ」
パヴェルが軽く補足する。
(見える!?)
パヴェルの言葉に沙弥は一瞬固まった。
「……失礼。そういうことでしたか」
ブルーノがくすりと笑う。沙弥の頬が急速に熱くなる。
「ち、違います! 瘴気に弱いので浄化していただいているだけで……!」
(違うって、何が?)
自分でもそう思いながら慌てて弁解するが、説得力はあまりない。
当のレオンはというと……腕を組んで堂々と頷いていた。
(否定して!?)
「魔力が見えるなんて、すごいですね。私は感じることしかできません」
慌てて話を逸らす。
「え、魔力を感じられるんですか?」
パヴェルが興味深そうに尋ねる。
「はい、治癒や浄化を受けたときに、なんとなく……」
「魔力のない人が魔力を感じられるという話は聞いたことがありません」
なぜか皆、戸惑った表情を浮かべている。
「魔力を持っていても、他人の魔力を感じられる者は限られます」
それは初耳だ。
「いつからだ?」
レオンがすぐに口を挟む。
「最初からですよ。初めて浄化を受けたときから」
「どんな感覚だ」
「じんわり温かくて……空気が押してくるような感じです」
「誰の魔力でもそうか?」
「わかりません。レオンさん以外に魔法をかけられたことがないので」
その瞬間、空気が変わった。
「少し試してもいいですか?」
パヴェルがそっと沙弥の手を取り、手をかざす。
「何か感じますか?」
「……何も」
続いてブルーノ。
「こちらは?」
「……やっぱり何も」
そして……レオン。何も言わず、軽く魔力を流す。その瞬間、
「……あ」
はっきりと、わかった。あの温かさ。包み込むような圧。
「……これです」
全員の視線が集まる。
「レオンさんのだけ、わかります」
誰も、すぐには口を開かない。
「……興味深い、という言葉では足りませんね」
ブルーノが、いつになく真面目な声で言った。
パヴェルも腕を組む。
「前例がありません」
その一言が、静かに重く落ちた。
(なんか……まずい?)
「……その話は、外でするな」
レオンの低い声。
「ここでも、必要以上に話すな」
その声音に、場の空気がわずかに引き締まる。
「アーロンあたりに知られたら、間違いなく研究対象だ」
(それは嫌だ)
即座に頷いた。
+++++
「では、仕事の話に戻りましょう」
パヴェルが切り替える。
「急ぎの案件があります。データは揃っているのですが、整理が追いついていなくて」
渡された資料をざっと見る。
(うん、これなら大丈夫そう)
「時系列で並べて、入力と出力を対応させればまとまりそうですね」
「おお……!」
パヴェルが目を輝かせる。
「二日ほどあれば終わると思います」
「俺も手伝う」
横から当然のようにレオンが言う。
「え、よろしいのですか?」
「問題ない。優秀な人材は活用すべきだ」
(それ、私が最初に言ったことだけど……自分で言う?)
集計しやすく並べ終え、確認をしているところで昼の鐘がなった。
「サーヤさん、お昼、ご一緒しませんか?」
エミリアと、他の女性課員二人が声をかけてくる。
ちらりと横を見ると、レオンは案の定、微妙な顔をしていた。
(絶対そうだよね)
でも。
「喜んで」
にっこりと答える。その瞬間、レオンの眉がわずかに寄った。
(……あとで絶対何か言われる)
そう思いながらも、沙弥は少しだけ楽しくなっていた。




