第34話 別れの笑顔、交差する視線
第一騎士団勤務の最終日……。
ここ一週間は書類整理もほとんど片付き、ヘンリクと沙弥の二人で十分に回せる仕事量になっていた。
それでもレオンは当然のように隣に座っている。しかも視線が鋭い。護衛というより監視体制だ。伏し目がちに書類を読むヘンリクを、ほんの一瞬……
(まつ毛長いな)
そう思って見てただけで……。
ぐいっ。
無言で肘が入った。
「痛っ」
思わず小さく声が漏れる。
「何か言ったか?」
「何も言ってません」
言えない。言えないが。
(いくらなんでもヤキモチが過ぎないか?)
そう思う一方で、胸の奥に小さな引っかかりもある。
(最初にちゃんと「レオンさんが好き」って言っていれば)
あんな言い方をしなければ、ここまで警戒されなかったかもしれない。
……ヘンリクのことが好き、と。
(いや、間違ってはないんだけど)
「意味」が違う。だが、その違いはちゃんと伝えてこなかった。
(……ちゃんと、言葉にしないと)
とはいえ……
(好きでもない人と何度も夜を共に過ごすわけないでしょ……)
そこは察してほしいとも思う。だが、レオンの場合……
(基準がバグっている)
モテ過ぎるのが原因かもしれない。そんなことを考えているうちに、仕事はすべて終わった。
最後の書類をまとめ、顔を上げる。
「ヘンリクさん、私がこちらに来るのは今日で終わりです。お世話になりました」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「そうなんですね」
ヘンリクが微笑む。いつもどおりの、穏やかな笑顔。だが……
「淋しくなります。ときどき顔を出してくださいね」
ほんのわずかに、その表情が揺らいだ気がした。
(……あ)
胸の奥がきゅっとする。
「そうさせていただきます」
自然にそう答えながら。
(本当に来ていいのかな)
そんなことを、少しだけ考える。
「……頻繁には来なくていい」
ぼそり、と横から声がした。
「どうしてですか?」
「……面倒だ」
「レオンさん?」
「なんでもない」
なんでもなくはない。視線が完全に警戒態勢だ。
(最後までこれか……)
思わず小さく息をつく。それでも……
「ありがとうございました、ヘンリクさん」
改めて言うと、
「こちらこそ」
柔らかく笑ってくれた。……その視線が、ほんの一瞬だけ離れなかった。それが少しだけ……名残惜しかった。
◇◇◇◇◇
帰り際、団長に挨拶をして詰所を出る。その足で、ダニエラのところへ顔を出した。今日も彼女は一人で机に向かっている。
「ダニエラさん、今日は遅いですね」
「サーヤさん! 騎士たちがいないので伝票は増えないんですけど、他部署からの書類が多くて……」
「それは大変ですね」
苦笑するダニエラに、こちらもつられて笑う。
「サーヤさんは、もう騎士団は終わりですか?」
「はい、今日まででした」
「次はどちらへ?」
「魔導具開発課です」
「それでは、勇者様からのお手紙はそちらにお届けしますね」
「ありがとうございます」
賢斗からの手紙は、定期的に届いていた。まだ高地で身体を慣らしているらしく、討伐はもう少し先になりそうだ。
「明日から少しお休みをいただいて、そのあとから勤務になります」
「お休みはどちらかへ?」
「温泉に……」
「ええ~っ! もしかしてヴルカリスですか!?」
「はい」
ダニエラの目が輝く。
「いいな~。レオン様と一緒に?」
「当たり前だ。護衛が同行しないわけがない」
(最近それ、強調しすぎでは?)
「……護衛、ですもんね」
ダニエラが一瞬だけにやりと笑う。
「今度は私も誘ってくださいね~」
「はい、そのときはぜひ」
手を振って別れ、詰所を出る。
◇◇◇◇◇
「レオンさん、ヴルカリスではトレッキングをするんですよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「服がないので買いに行ってもいいですか?」
「行こう」
即決だった。貴族街に移動し、店をいくつか回る。動きやすい服と靴を選びながら、ふと思う。
「レオンさんは、トレッキングも騎士服でするんですか?」
「そのつもりだ」
「動きにくくないですか?」
「慣れている」
「騎士はどこでも騎士ですね」
「当たり前だ」
ぶれない。騎士服は身体の一部になっているのかもしれない。
次にドレスショップでワンピースとショールを選ぶ。
「宿のレストランって、ドレスコードありますかね?」
「夜はあるかもしれないな」
「一着あれば大丈夫そうですね」
「ああ」
買い物を終え、そのまま貴族街で夕食をとることにした。
「ここって、知り合いに会ったりしませんか?」
「城下町よりは確率が高いな」
「またアデリーナさんとか」
「やめろ」
「噂をすると影がさすって言いますし」
「本当にやめろ」
妙に真剣だ。周囲を警戒するレオンに、思わず笑いそうになる。
だけど……その視線の鋭さは、どこかさっきと同じだった。
(まだ気にしてるんだ)
ふと、騎士団での光景がよみがえる。ヘンリクを見ていたときの、自分の視線。それを、レオンは全部見ていたのだろう。
(……気をつけよう)
ほんの少しだけ反省する。そして、結局その日は誰にも会わなかった。
「……平和だな」
「そうですね」
「逆に不安になる」
「何と戦ってるんですか」
思わず笑ってしまう。その笑いに、レオンも少しだけ表情を緩めた。
騎士団での日々は終わった。だが……何かが終わるたびに、少しずつ……。
……もう、同じ場所には戻らない。




