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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第一部 終わると知りつつ、恋をした
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第28話 伝わらない想い、こぼれた本音

「オーブリーは何も言ってなかったが」

「すぐに討伐に行ってしまいましたから、時間がなかったのでは?」

「……まったく予想もしていなかった。本当に君は俺を驚かせるな」


 レオンは、手の中の腕輪をもう一度見下ろした。光を受けて、スモーキークォーツが静かに揺れる。

 ……自分の色ではない。彼女の色だ。その意味を知っているからこそ、胸の奥がじんと熱を帯びる。


「私も予想していませんでしたよ。髪飾りをいただいたばかりなのに」

「君がペンダントと腕輪、俺が髪飾りとペンダントで同じ数じゃないか」

「価値が全然違います」

「そんなことはどうでもいい」


 即座に、遮るように言い切る。


「君の気持ちが……よくわからなかったから」


 その言葉に、沙弥はわずかに目を瞬かせた。


「意味を知った上で、君が君の色をくれた。それが……嬉しかった」


(私の気持ちが、わからなかった……?)


 胸の奥に小さく引っかかる。恋人同士だと思っていた。少なくとも、自分はそう思っていたのに。


「レオンさん、大好きですよ」


 自然に言葉が出た。だが……


「……ヘンリクよりも?」


 低く、押し殺した声が返ってきた。


「当たり前です! なんでそんなにヘンリクさんを気にするんですか?」

「君が言ったんじゃないか」


 レオンの視線が鋭くなる。


「ヘンリクを好きだって」


(……言った)


 確かに、言った。でも、それは……

 言い訳が浮かぶより先に、レオンが続ける。


「俺には……」


 そこで一度、飲み込むように息を止める。


「……好きだなんて、言ってくれたこと、なかったくせに」


 静かに落ちたその言葉は、思った以上に重かった。


「……」


(言ってない……?)


 頭の中で記憶を探る。何度も一緒に過ごして、触れて、笑って……それなのに。


(……本当に、言ってない? 一度も?)


 気づいた瞬間、血の気が引いた。


「ヘンリクさんは、綺麗な花を愛でるようなものです。彼は若すぎて恋愛の対象ではないんです。レオンさんには……好きって言い忘れてました」

「言い忘れていた?」


 レオンの眉が寄る。


「そんな大事なことを? そんなことがあるのか?」

「…………一度も言ってないって、気づいてなくて……」

「気づいてなかった?!」


 レオンが額を押さえた。


「……俺が最近どれだけ考えていたと」


 深く、長い息が漏れる。


「でも……」


 言葉を探す。


「好きって……言わなくても、わかると思っていました」

「…………わからない」


 間を置かず返ってくる。そして、ゆっくりと視線が重なる。


「たとえわかったとしても……言ってほしい。君の口から!」


 その一言が、まっすぐに胸を貫いた。


(私は……どれだけ、この人を不安にさせていたのだろう)


 そっと手を伸ばす。首に腕を回し、距離を詰める。


「ちゃんと、言いますね」


 視線を逸らさない。逃げないように。誤魔化さないように。

 息をひとつ、整えて……


「大好きです」


 レオンの肩が、わずかに揺れる。


「誰よりも……レオンさんが好きです」


 一瞬、言葉に詰まる。それでも、続ける。


「……レオンさんだけが、好きです」


 言い終えるより早く、レオンの腕が強く背中を抱き寄せた。息を呑む間もなく唇が重なる。逃がさないと告げるような腕。一気に近づく体温。

 背後の壁に、二人の影が揺れる。炎のゆらめきに合わせて、絡み合うように。


 静まり返った夜の中、遠くでフクロウの鳴き声がひとつ。それ以外は、何もない。


                ◇◇◇◇◇


 数日前……。

 遠征中のオーブリーは、魔導具の灯りの中で一通の手紙を読んでいた。


       ✉️✉️✉️✉️✉️

   オーブリー、元気か?

   討伐は順調に進んでいるだろうか?


   遠征中のお前に、こんな話をしてすまないが

   ……少しだけ聞いてほしい。

   サーヤがヘンリクのことを好きらしい。

   ふと気づくとヘンリクをじっと見つめている。

   「ああいうのが好きなのか?」と聞いたら、

   あっさり「そうです」と返された。

   俺は、好きだと言われたことがないのに。


   ……いや、ただの愚痴だ。

   忘れてくれていい。


   くれぐれも体には気をつけてくれ。

   ケントにもよろしく伝えてほしい。

           レオン

       ✉️✉️✉️✉️✉️


「……は?」


 思わず声が漏れた。


(これをあのレオンが書いたのか?)


 もう一度よく見てみるが、間違いなく本人の筆跡だ。


(恋する少年か……?)


 口元が緩むのをこらえながら、隣にいる賢斗に手紙を差し出す。


「あはは! 大丈夫ですよ。いつものことです」


 一目読んで、賢斗は笑った。


「美少年は別枠なんです。観賞用っていうか。姉さん、美少年を見るたびに『癒やされる~』って言ってますから」

「なるほどな……」

「レオンさんて、見かけによらずウブなんスね」

「初恋だからな。サーヤに出会ってから少年時代をやり直している」

「恋愛初心者に姉さんは難易度高いかな。ああ見えて結構ポンコツなんで」

「ポンコツ……?」

「好きって言い忘れてるだけですよ、たぶん」


 あまりにもあっさりした結論だった。

 オーブリーは腕を組み、頷く。


「じゃあ、そう返してやるか」


 レオンがその返事を受け取るのは、もう少し後のことになる。


                ◇◇◇◇◇


 レオンは、自分の腕の中で眠る沙弥を見つめていた。


(……寝るのが早いな)


 ついさっきまで話していたはずなのに、もう規則正しい寝息を立てている。思わず苦笑が漏れる。


(魔の山の麓でも、そうだったな)


 あのときも……あっという間に眠っていた。


(あの頃にはもう……惹かれていたのかもしれない)


 普段の自分なら、受け入れなかったはずの距離。それを拒まなかった。


(サーヤだったから、か)


 胸の奥が、静かに温かくなる。


(……離したくない)


 ふと浮かんだその感情に、わずかに息が詰まる。


(いずれ、別れる)


 避けていた現実が静かに顔を出す。髪を撫でると、沙弥の瞼が揺れた。


「起こしてしまったか」

「いえ……また先に寝ちゃいましたね」


 ぼんやりした声で、沙弥が言う。


「サーヤは寝つきがいいな。騎士に向いているかもしれないぞ」

「特技欄に書けますね」

「トクギ?」

「ええ、仕事を探すときに……」


 その言葉に、レオンの表情がわずかに曇る。


「……帰るつもりなのか」

「え?」


 きょとんとした顔。


「帰りますよ?」


 迷いのない声。それが胸に刺さる。


「向こうでの生活がありますし」

「……そうか」


 短く答えるしかなかった。沙弥は気づかないまま、少しだけ身を寄せてくる。


「でも、ここに来られてよかったです」


 レオンの肩に額を預け、柔らかな声で言う。


「レオンさんに会えたので」


 その一言に、レオンはわずかに息を吐く。


「……そう思ってくれるのか」

「はい」


 迷いのない返事だった。

 沙弥は毛布を引き寄せ、レオンの肩にかける。


「冷えてきてますよ」

「……なら」


 レオンはわざとらしく毛布を払いのけた。


「また温まろう」

「え、ちょっと……」


 言葉は最後まで続かなかった。


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