第27話 託された想いと、私の色
賢斗とオーブリーがバッテリーを取りに部屋へ来たとき、ふと思い立って沙弥は口にした。
「……レオンさんに、内緒で贈り物をしたいんです」
「いいね、それ!」
オーブリーが食い気味に身を乗り出した。
「全力で協力するよ!」
妙に楽しそうだ。
「明日には出発だから時間がないかもしれませんけど……」
言い終わる前に、オーブリーはもう動いていた。
「問題ない。実家と懇意の宝飾商に連絡を入れる。今日中に手配するよ」
その手際の良さに沙弥は驚いた。さらに寮の管理人にも話を通すと言い、てきぱきと段取りを組んでいく。オーブリーが管理人に心付けを弾み、沙弥への協力を頼んでくれていたことを後で知った。
予算を伝え、自分の瞳の色の石を使いたいと告げたとき……オーブリーはなぜか満面の笑みを浮かべた。
一方で、賢斗は少しだけ複雑そうな顔をする。
「……なんかちょっと妬けるな」
「え?」
「いや、なんでもない。でもさ、それなら予算もう少し上げたら?」
軽い口調だが、どこか本気だった。
「そうしたいけど、これで精一杯かな」
現実的な問題だ。季節が変われば服も買わなければならないし、必要なものはいくらでも出てくる。軽く決められる額ではない。
だが……
「俺が置いていくよ」
「え?」
「俺が留守中の手当は、姉さんに渡すよう頼んであるんだ。それと、今持ってる分も置いていくから……使ってよ」
「ちょっと待って。何言ってるの?」
思わず声が強くなる。
「そんなの、受け取れるわけないでしょ」
だが、賢斗はまっすぐにこちらを見た。
「……姉さんを巻き込んだの、俺だから」
「賢斗のせいじゃないわよ」
すぐに否定したが、賢斗は首を振った。
「あのとき……魔法陣が出た瞬間、姉さんを外に突き飛ばすべきだった。抱き寄せたのは、完全に判断ミスだ」
淡々と言う。ただ事実を述べるように。だからこそ、重かった。
「そんなの……」
言葉が出ない。
「そんなの、できるわけないじゃない」
やっと絞り出す。
「一瞬のことだったのよ? あんな状況で、そんな判断……」
「でも、本来はそれをするべきだった」
きっぱりとした言い方だった。その声音に迷いはない。
「俺は勇者なんだ」
その一言に、胸が締めつけられる。
「守らなきゃいけなかったのに……結果的に、姉さんを巻き込んだ」
「違う!」
それだけは、はっきりと言える。
「もし、あのとき私を外に出してたら……私は、賢斗が消えるのを、ただ見てるだけだったのよ」
想像するだけで、息が苦しくなる。
「そんなの……無理。絶対に耐えられない」
声が震えた。
「昼間も言ったよね? 一緒に来られてよかったって。本気でそう思ってるのよ」
賢斗の表情が、わずかに緩んだ。
「……そっか」
小さく息を吐く。
「俺も……姉さんが一緒に来てくれてよかった、っていうのが本音だよ」
少しだけ笑った。
「でもさ、それでも思うんだよ。少しでも、姉さんに『普通』の時間を持っててほしいって」
「……」
「戦ってるの、俺だから」
その一言で、すべてが腑に落ちた。
「だから使ってよ。俺の分」
「でも……弟に援助してもらって贈り物をするなんて……」
まだ迷いは残る。そのとき、
「姉さん、今いくら持ってる?」
唐突に聞かれる。おおよその額を答えると……
「じゃあ、予算はさっきの三倍で」
振り向いて、オーブリーに言う。
「は?」
「俺の分は生活費に回せばいいだろ?」
「え?」
「そうすれば、名義上は『全額、姉さんの持ち出し』だ」
いたずらっぽく笑う弟の意図は、すぐにわかった。
(……ずるい)
断れない。こんな言い方……。胸の奥がじんわりと温かくなる。
(いつの間に、こんなこと言えるようになったの)
姉さん、姉さんって、いつも後を付いてきていた小さな弟が……。
「ありがとう……本当に、いい弟を持ったわ」
「だろ?」
賢斗は得意げに胸を反らせた。いつもと変わらぬその様子に、沙弥は思わず笑ってしまう。
……でも。
(次にこうして笑えるのは、いつなんだろう)
ふと、そんな考えがよぎり、胸の奥が少しだけ締めつけられた。
そんな仲の良い姉弟のやり取りを、オーブリーは何も言わずに微笑んで見守っていた。
◇◇◇◇◇
後日……。
沙弥はレオンをうまく部屋から遠ざけ、準備を整えた。
午後、管理人に案内されてやってきたのは、一人の紳士だった。
「フルゴール商会のエドモンド・バルベリーニと申します」
丁寧な一礼。
「お嬢様の瞳と同じ色の石をご希望と伺っております。こちらなどいかがでしょう」
差し出されたのは、煙水晶。
(スモーキークォーツ……)
深く、落ち着いた色。確かに、自分の瞳に近い。
災いも払う。
「これにします」
迷いはなかった。
「どのようなお品がよいでしょう?」
「騎士様に贈られるのでしたら……」
示されたのは、剣を模したペンダント。
見た瞬間、思う。
(似合う)
それ以外、考えられなかった。さらに提案されたバングルも選ぶ。どちらにも同じ石を使うことにした。
ふと、思いついて、沙弥は髪飾りを取り出した。
「この素材は何でしょう? 石は太陽石だと聞きましたが」
エドモンドは一瞬で理解したように頷く。
「白金ですね。見事な細工です」
そして、少しだけ目を細めた。
「太陽石も、極めて上質なものです。……これを贈れる方は、そう多くはありません」
その言葉に、血の気が引いていく。
(やっぱり……)
わかっていたことだけど。
「……これに見合うものは、私には」
「価値は金額ではありません」
エドモンドは穏やかに首を振った。
「ご自身の色を贈られること。それこそが、何よりの意味を持ちます」
その言葉に、迷いが消える。
……いや。正確には、消した。
「……はい」
小さく頷く。加工には七日。完成後は管理人に預けるという段取りになった。できるだけ沙弥の瞳の色に近い個体を選んでくれると言う。
すべてが終わり、部屋に静けさが戻る。沙弥は、そっと自分の目元に触れた。
(私の色)
それを彼に渡す。それが何を意味するのかを……知った上で。




