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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第一部 終わると知りつつ、恋をした
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第23話 視線の行方、耳元の警告

 数日後……。


 レルナへの出発が十一月三日に決まった。馬車と宿の手配も、遠出と休暇の申請も、すべてレオンがやってくれた。もう護衛騎士というよりは秘書やマネージャーに近い。普通の護衛騎士はここまでやってくれないだろう。すべてレオンの厚意によるものだ。


(頼り切ってばかりで申し訳ないな。私がレオンさんにしてあげられることはないかな)


 そう考えてみるが、何も思いつかない。


(オーブリーさんが帰ってきたら相談してみよう)


 第一騎士団での作業は順調に進んだ。ヘンリクは物覚えも頭の回転もよくて、とても優秀だ。

 そうでなくとも美少年は正義だ。存在が尊すぎる……。


 気づけば、視線が吸い寄せられている。

 柔らかな髪。光を含んだ瞳。笑ったときの無防備な表情。


(やっぱり完成度高いな……)


 つい、口元が緩んでしまう。そのたびに……隣から無言で小突かれた。最初は軽く。だが、回数が増えるにつれて、少しずつ強くなる。


「……サーヤ」


 耳元に声が低く響く。近い。


「ヘンリクの顔に何かついているか?」


 囁きなのに逃げ場がない。


「いえ、ただ……瞳が綺麗だなって思って」


 正直に答えた瞬間。

 ……ぐっ。

 脇腹を少し強めに突かれた。


「ひゃっ!」


 思わず変な声が漏れる。


「……あまり他の男を熱心に見るな」


 さっきより、さらに低い声。感情が混じっている。


「仕事はちゃんとしてます!」

「そういう話じゃない」


 即座に返される。そして……


「俺の前で、他の男に見とれるな」


 はっきりと言われた。命令に近い響きに、思わず言葉が止まる。


(……ここまで言うんだ)


 驚きと同時に、少しだけ胸がざわつく。怖い、というより……独占されている実感。

 だが……美少年は見たい。レオンは常に隣にいるから、レオンのいないところで見るのは難しい。


「見るぐらい、いいじゃないですか?」

「ダメだ」


 けんもほろろだ。それでも美少年は…………見ていたい……。



 寮に戻り、旅行のために用意しておくものはないかと尋ねたが、特にないと言う。

 ただ、宿泊がコテージでレストランが併設されていないらしい。朝食は付いているが、それ以外は少し離れた所にあるレストランに行くか自炊になるという。

 どうする? と聞かれ、協議の結果、初日の夜は自炊し、他はレストランに行くことにした。


                ◇◇◇◇◇


 ある日、第一騎士団で仕事をしていると、ダニエラが賢斗からの手紙を持ってきてくれた。

                ✉️✉️✉️✉️✉️

   姉さん元気?

   俺は今、魔の山の三合目くらいにいるよ。

   高さにすると二千メートルくらいかな。

   ときどき魔獣に遭遇して、それを討伐しながらだから

   時間がかかるんだ。

   でも魔獣はすべて騎士たちが狩ってくれて、

   俺の出番はないから安心してくれ。


   ここからは高山病にならないように

   もっと時間をかけて登るらしい。

   野営もキャンプみたいで楽しいし、

   騎士たちはみんな、とてもよくしてくれる。

   何もすることがなくて退屈なくらいだ。


   結界っていうのがすごくて、あまり寒さも感じないよ。

   瘴気にもやられてない。やっぱ魔法はすごいな!


   レオンさんがついているから大丈夫だと思うけど、

   姉さんも身体に気をつけてね。

   それじゃ、また手紙書くから。元気で!

                       賢斗

                ✉️✉️✉️✉️✉️


 手紙を読み終え、沙弥はそっと息を吐いた。

 まだ出発して一週間くらいなのに、ずいぶん会っていない気がする。

 無事でよかった。……それだけのはずなのに、紙を持つ指先に妙な重さが残る。


 同じ時間に、あの山で、瘴気の中で、賢斗は戦いながら登っている。それなのに……


(私は、紅葉を見に行く)


 その事実が静かに胸を刺す。楽しいはずの予定が急に遠く感じる。


「ケントは元気か?」


 レオンの声で現実に引き戻された。


「はい……元気そうです」


 手紙を差し出す。


「騎士の皆さんが守ってくださっていて……安心しているみたいです」


 少しだけ言葉が揺れる。


「……でも」


 続きが出てこない。代わりに目を伏せる。


「やっぱり、心配で」


 正直な言葉だ。それに対して、レオンは短く答えた。


「オーブリーがいる」


 それだけ。だが、すぐに言葉を継ぐ。


「……それより、君のほうが問題だ」

「え?」

「無理をしている顔をしている」

「してませんよ」

「している」


 被せるように否定された。


「ケントは強い。だが、君はそうじゃない」

「……そんなことは」

「だから」


 言葉を切って、ほんの一瞬だけ迷うようにしてから……言った。


「君のことを優先する」


 それはもう、「騎士の言葉」ではなかった。


 返事を書き終えたあとも、胸の奥の違和感は消えなかった。

 ペンを置いたまま、ぽつりと漏らす。


「なんだか……賢斗は命懸けで戦っているのに、私は遊びに行くなんて……」


 小さく笑おうとしたが、うまくいかない。


「少し、申し訳なくて」

「それは違う」


 はっきりと否定された。


「ケントは……君がそんな顔をすることを望んでいない」


 視線がやわらぐ。


「むしろ、笑っていろ」


 命令のようでいて、どこか願いに近い。


「それが、あいつのためだ」


 そして……少しだけ間を置いて、小さく付け足す。


「……俺のためでもある」


 ほとんど聞こえないくらいの声で。

 その言葉に、胸の奥がわずかにほどけた。


(……そうか)


 なら、ちゃんと笑っていよう。

 帰ってきたときに、安心してもらえるように。


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