第22話 美少年は罪、騎士は不機嫌
翌日……。
沙弥は第一騎士団に出勤した。ここでもまず団長のアルトゥール・クラウゼヴィッツに挨拶に行く。屈強なことは変わらないが、第二騎士団長よりも優しげで紳士タイプの人だ。
「はじめまして、サーヤ。お噂は伺っていますよ。うちのレオンがお世話になっています。レオンはちゃんとやれていますか?」
「はじめまして。お世話になっているのはこちらのほうです。昨日も勝手に一人で歩き回るなと叱られてしまいました」
「あれはサーヤが悪い」
レオンはまだ少し怒っているようだ。
「レオンはあなたのことが心配なのです。許してやってくださいね」
「許すなんて……。本当に感謝しています。お休みもなく働かせてしまって……」
「代わりを立てて休んでいいとは言ったのですが」
「俺が指名されたんだから、代わりなど要りません」
「本人がそう言うのだからよいでしょう。何かあれば気軽に相談してください。ではレオン、案内をお願いします」
執務室を出た後、沙弥がレオンに言った。
「とても優しそうな方ですね」
「ああ、だが剣を持たせると別人になるぞ」
それもちょっと見てみたい気がする。
次に、書類係の子を紹介してもらう。ヘンリク・ラウティオラという男の子だ。十八歳だと言う。
「僕、騎士になりたかったんですけど……体格で落とされてしまって」
少しだけ照れたように笑う。その笑顔がやたらと整っていた。
柔らかなハニーブラウンの髪に、光を弾くようなアクアマリンの瞳。声も穏やかで耳に心地よい。
(なにこの子、完成度高すぎない……?)
「でも、騎士団のお役に立ちたくて、この仕事に」
「素敵だと思います。優秀な書類係だとレオンさんからも聞いていますよ」
「ほんとですか!?」
ぱっと顔が明るくなり、水色の瞳がキラキラと輝く。
「僕、レオンさんに憧れているので……そう言ってもらえると嬉しいです!」
……破壊力が高い。思わず見つめたまま固まっていると、
「……サーヤ」
低い声が降ってきた。
「何をぼーっとしている?」
気を取り直して仕事の話に入る。第二騎士団ほどではないが伝票がたまっていた。
だが、この量なら今日中に集計まで終わるだろう。レオンはもう何も言わずとも手伝う態勢に入っている。
「レオンさんも手伝ってくださるんですか?」
「ああ、俺の護衛対象は人使いが荒いんだ」
「人聞きの悪い……。優秀な人材を有効活用しているだけです」
「君はおだてれば済むと思っているな?」
「そんなことないです」
「お二人は仲がよろしいんですね。羨ましいです」
ヘンリクには、レオンが第二騎士団でも伝票整理を手伝わされていたことや、レオンと沙弥が親密な間柄であるというような噂は耳に入ってきていないようだ。
いつまでもピュアなままでいてほしい。
作業はやはりその日のうちに終わった。この調子なら第一騎士団勤務は予定どおり十一月末までになるだろう。
ヘンリクに会えなくなるのは淋しいけれど。
帰り道……。
「君はヘンリクに見とれていたな?」
指摘されてしまった。
「ええ、美少年ですから。見ていると癒されます」
迷いもなく答えたその瞬間……レオンの足が、ぴたりと止まった。
「……そうか」
短く言って歩き出す。だが……先ほどより、わずかに歩幅が広い。距離が開く。
(あ、まずい)
「君はああいうのが好きなのか?」
背中越しに問われる。振り返らないまま。
「まあ、そうですね」
今度は……数歩分の、長い沈黙。
「……俺とは違うな」
感情を削ぎ落としたような低い声。こちらを見ようとしない。
(あ、これ完全に拗ねてる)
「レオンさんも素敵ですよ」
「……そういう問題じゃない」
間髪入れずに返される。
「え?」
「……いや、なんでもない」
それきり、会話は途切れた。並んで歩いているはずなのに妙に遠い。空気が重い。
(どうしよう、これ)
原因はわかっている。でも……
(だって本当に美少年だったし……)
価値観の問題である。美少年鑑賞はやめられない。
+++++
部屋に戻り、いつもどおりレオンを招き入れて……
「こんなことをするのは、レオンさんとだけですよ」
そう言って、軽く唇を重ねた。
だが……
「……遅い」
ぼそりと言う。
「機嫌直ってませんね?」
「元々、悪くなっていない」
「嘘です」
「……」
否定しない。代わりに……ぐい、と腕を引かれた。
「……んっ」
次の瞬間、深く、強く、口づけられる。さっきまでとは違う。確かめるような……奪うような、呼吸が苦しくなるほどの長さだった。
ようやく離れたとき、レオンは低く言った。
「……それは」
一瞬、言葉を切る。
「俺にだけ、だろうな」
確認ではない。要求だ。沙弥は一瞬だけ目を瞬かせてから、
「そうですよ?」
と、あっさりと答えた。その一言でレオンの表情がわずかに緩む。
……だが完全には戻らない。
(まだ引きずってる)
+++++
「最近バタバタしていて言いそびれていたんですけど、お給料をいただきました」
空気を変えるように話題を出し、封筒を差し出す。
「半分はレオンさんの分です」
「なんで俺が君から給料をもらう?」
即拒否。
「仕事を手伝ってくれたじゃないですか」
「だからって、そんなの受け取れるわけないじゃないか。言っては悪いが、俺は君より高給取りだぞ」
そんなことは、言われなくてもわかっている。
「それとこれとは別です。正当な報酬ですよ。これを払わないと労働力の搾取になります」
「ダメだ。受け取れない」
「強情っぱり!」
「それは君だろ!」
これでは埒が明かない。レオンは断固として拒否するようだ。
これでレオンに何か贈り物をしたとしても、何倍返しかで戻ってきてしまうに違いない。だが、このまま引っ込めるのも嫌だ。
「それでは、これは二人で一緒に使いませんか?」
「一緒に?」
「はい。何か思い出になることに」
レオンが視線を逸らし、考えている。
だが……表情は先ほどより明るい。
「……遠出をするか?」
「いいですね」
「レルナはどうだ」
「レルナ?」
「湖と森が綺麗な場所だ。今の時期は紅葉が見頃だな」
その言い方が、どこか柔らかい。
そういえば、イギリスの湖水地方のようなところがあるのを図書室の本で読んだ。風光明媚な場所のようで印象に残っていた。
「行ってみたいです」
そう言うと、
「……そうか」
わずかに、口元が緩んだ。
「仕事は休んで大丈夫でしょうか?」
「ヘンリクがいるから大丈夫だろう」
さらりと言いながら、ほんの一瞬だけ声が硬い。
(やっぱり引きずってる)
「それではこれで」と言って、ようやく封筒を受け取ってもらった。




