第18話 帰れなかった夜、溢れた想い
騎士宿舎の前で別れた沙弥とレオンを見送りながら、オーブリーがぽつりと言った。
「ケントは知っていたんだな、レオンの気持ち」
「そりゃぁねー。あれで気づかないほど鈍くないッスよ」
軽い口調のまま、賢斗は肩をすくめる。
「みんな隠そうとしてたから、気づかないふりしてただけで」
「……そうか」
「姉さんのこと好きになっちゃうの、仕方ないんですよ。ああいう人だから」
どこか誇らしげに笑ってから、少しだけ声を落とした。
「むしろ、そのほうが安心なんです。……命がけで守るでしょ、あの人」
オーブリーは答えず、ただ静かに頷いた。
(ああ、確かに……今のレオンなら)
誰よりも、何よりも優先するだろう。たった一人の女を。
「それにしても、騎士の誓いはかっこよかったな~」と明るい声で言う賢斗を見ながら、この勇者は思っていたよりずっと大人なんだな、とオーブリーは思った。
◇◇◇◇◇
「今日はすまなかった。不快な思いをさせたな」
部屋の前で、レオンが言う。
「いいえ、本当に大丈夫です」
沙弥がそう返すと、レオンは少しだけ目を細めた。
「サーヤは……強いな」
そのまま……距離が詰まる。触れるだけのキス。だが、確かに熱を帯びていた。離れたあとも、数秒、視線が外れない。
廊下には人の気配があったが、レオンはもう隠す気もないようだ。隠したとて、今日の騒動はあっという間に広まるだろう。
「疲れただろう。ゆっくり休め」
それだけ言って、背を向ける……あっさりと。
その背中を見送りながら、沙弥はほんの少しだけ胸の奥がざわつくのを感じた。
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「……さすがに、疲れたな」
沙弥はそう呟いてベッドに倒れ込んだ。
(でも、着替えないと……)
髪飾りを外し、小箱にしまうとき、黄金の石がわずかに光を返した。
……レオンの瞳と同じ色に、なぜか指先がわずかに震える。
そしてドレスを脱いだ。いや、脱ごうとした。
「……え?」
ファスナーが動かない。もう一度、ゆっくり引く。
……だめだ。噛んでいる。
(うそ……)
焦りがじわりと広がる。このままでは脱げない。かといって、この姿で外には出られない。
頼れる相手は……一人しか、いない。
初日にレオンから渡されたテルソラのボタンを押す。レオンはいつもきっちり約束の時間に現れるので、これまで一度も使ったことがなかった。
すぐにレオンの声が聞こえた。
「なんだ? どうした?」
……焦りを含んだ声。
「すみません、部屋に来てもらえますか?」
「何があった」
「ちょっと……困ってて」
「……わかった。すぐ行く」
それだけ言って、通信は切れた。
(……慌てさせちゃったかも)
そう思った直後だった。
……ドンッ。
扉が乱暴に叩かれた。開けると、息を切らしたレオンがいた。
肩が上下している。本気で走ってきたのだと、すぐにわかる。
「大丈夫か? 何があった」
視線が鋭い。
「えっと……」
一瞬、言いづらくて言葉に詰まる。
「ドレスが……脱げなくて」
「はっ?」
ほんの数秒の沈黙……だけど、やけに長く感じる。
「ファスナーが、噛んじゃって……」
レオンは目を閉じ、深く息を吐いた。
「……何事かと思ったぞ」
「すみません……」
「謝るな」
声の奥に、かすかな熱が滲む。
「その姿を他の奴に見せなくて正解だ」
背後に回られる。視線は見えないが……気配が近い。
「無理やり引いたな。かなり深く噛んでいるぞ」
背中の、むき出しの肌に指先が触れる。ひやりとした感触がすぐに熱に変わる。
「君が疲れていると思って、理性を振り絞って帰ったのに」
「……申し訳ありません」
「着飾った君を前に、よく我慢したと自分を褒めていたのに……」
低く押し殺した声。その響きに胸が小さく震えた。
「…………」
言葉が出ない。
「呼び戻されたら……もう帰れない」
その一言で、空気が変わる。
「…………どうか、ご随意に」
レオンの手がぴたりと止まる。ほんの一瞬。だが、その沈黙は深い。
「……覚悟しろ」
かすれた声。鼓動が強くなり、音が耳に残る。
「……よし、直った」
「あとは自分で……」
「ダメだ」
遮られた。
「また噛んだらどうする」
それを言われたら、従うしかない。
ファスナーがゆっくりと下りていき、背中に空気が触れる。振り向いた瞬間……視界が浮いた。
「え……」
軽々と、抗う間もなくベッドに落とされる。視界が揺れ、その上に影が落ちる。見下ろす金色の瞳が強い光を放っていた。
「火をつけたのは、君だ」
静かに告げるその声に、もう迷いはなかった。
それでもレオンは一度だけ離れた。ドレスを整え、ハンガーに掛ける。魔法できれいにする。いつもどおりの几帳面な動きで。
(こんなときでも……)
少しだけ可笑しくなる。そして……胸が熱くなる。
振り返ったとき、その瞳はもう戻っていなかった。理性の色には。
「……逃がさない」
低く、確かな、その言葉に……沙弥はわずかに微笑んだ。




