第17話 戦場のテラス、完全なる決着
王宮を出て宿舎に戻りかけた賢斗の頭上から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「サーヤは関係ありません! 巻き込むな!」
レオンの、今まで聞いたこともないような怒気に満ちた声。
見上げると、テラスの手すりに背中を預けた沙弥と、それを守るように立つレオンがいた。
賢斗は王宮に戻る道を駆け出し、オーブリーがそれを追った。
◇◇◇◇◇
「娘とのことは、そのお嬢さんが祖国に戻られてから考えてくれればいいから」
「何度も言いますが、アデリーナ嬢と結婚する気はありません」
「レオン様は異国の方に誘惑されて、正しい判断ができなくなっているのですわ!」
アデリーナがそう叫ぶと、背後から怒気を含んだ声が聞こえた。
「それは聞き捨てならないな」
賢斗が戻ってきていた。
「姉さんが誘惑なんかしなくたってさ、一緒にいれば惚れるのは当たり前だろ。……姉さん、いい女なんだから」
アデリーナは賢斗の地雷を踏んでしまった。姉を侮辱されて賢斗が黙っていられるはずがない。
「これは勇者殿。今のは娘の言葉の綾ですよ。レオン君をとても慕っているので」
「綾でなどありませんわ。レオン様はその方に惑わされているのです。魅了の魔術でも使っているのではないですか!?」
追い打ちをかけるようなアデリーナの言葉に、完全に賢斗のスイッチが入ってしまった。もう言葉遣いなど気にしていられない。
「おいおい、姉さんも俺も魔術なんか使えないよ。お嬢さん、嫌がってる相手につきまとうの、俺たちの国じゃ犯罪なんだよ」
犯罪者だ犯罪者という賢斗に、「それは言い過ぎでは?」と侯爵が不快感を表す。
侯爵とその娘、レオンに勇者が入り混じった言い争いに、残っていた人々が何事かと集まってくる。
「大体さぁ、俺たちこの国に何の義理もないのに、突然呼ばれて討伐しろとか言われても困るんだよ」
当然の言い分だ。
「乗りかかった船だからと思って、言われるままに剣の稽古して、討伐にも行こうって腹くくったけどさ。でも……」
最後は見物人に向かって言い放つ。
「姉さんのこと虐めるなら俺、討伐行くのやめるよ!?」
賢斗が切り札を切った。
(賢斗……そこまで言うなんて……)
見物人の間にざわめきが広がる。
この期に及んで勇者に討伐行きを拒否されたら、この国はどうなる?
「侯爵はなぜ勇者を怒らせているんだ?」
「勇者の姉を虐めるとは?」
「あの令嬢はレオン様に熱を上げているから……」
非難めいた囁きが聞こえてくる。
「虐めてなどいませんよ」
侯爵が慌てて言う。
「だったら、なんでレオンさんは、姉さんを守る体勢をとってるんです? それに暴力は物理的なものに限らないからな。言葉の暴力だってあるんだよ!」
そんなことは……と言い淀む侯爵に賢斗が追い打ちをかける。
「侯爵様だっけ? そのお嬢さんを今後一切姉さんに近づけないって約束してくれるかな?」
「ああ、約束する」
「約束破ったら、討伐やめて帰ってくるからな」
討伐中も転送陣で手紙のやり取りくらいはできる。姉の手紙一通で、勇者は山を下りるだろう。
「それと、お嬢様。これは言わないでおこうかと思ったけど、教えてやるよ」
賢斗が静かな口調でアデリーナに言う。
「レオンさん、あんたのこと『自分のことを俺の婚約者だと思い込んでる頭のおかしい女』って言ってたよ。嫌われてるの、いい加減自覚しなよ。自分を嫌ってる相手と無理やり結婚したって、幸せになんかなれないよ」
「……聞こえただろう」
レオンも静かに言う。
「それが俺の答えだ」
アデリーナがわっと泣き出した。
「姉さん、行こう」と賢斗が沙弥の手をとると、レオンがその後に続き、二人で両脇から沙弥を守るように歩き出した。
モーセが降臨したかのように、見物人たちが道を開けた。
王宮を出ると賢斗がレオンに謝った。
「ごめん、最後余計なこと言っちゃったかも。あんまり腹立ったからさ」
「いや、構わない。実は俺もスッキリした」
顔を見合わせて苦笑した後、賢斗が真剣な顔に戻ってレオンに言った。
「レオンさん、俺のいない間、姉さんのこと本当に頼みますね。危険な国ではないってわかってはいるけど、さっきの令嬢みたいのが刃傷沙汰を起こさないとも限らないからさ」
レオンは賢斗に「わかった」と言い、沙弥の前に出ると、剣を渡し、右膝をついた。
「サーヤ、剣を俺の肩に当てて、正式に護衛騎士に任命してくれ」
オーブリーにやり方を教えてもらい、レオンを護衛騎士に任命する。
「レオン・カレスティア。あなたを私の護衛騎士に任じます。あなたは私の剣、私の盾。力を尽くして私を守る騎士となりなさい」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥がかすかに熱を帯びた。
レオンが胸に手を当てて誓う。
「サーヤ殿、私、レオン・カレスティアは、あなたの剣となり盾となり、命と名誉をかけてあなたをお守りすることを誓います」
沙弥の胸の熱が、さらに熱くなった。
◇◇◇◇◇
テラスでは、泣き止まないアデリーナを侯爵がなだめていた。
「アデリーナ、レオン君のことはもう諦めなさい」
「嫌です。あの人さえ異世界に帰ってしまえば、レオン様は私のことを見てくれるはず」
「それは無理だ。レオン君はもうあの娘に捕らわれてしまったんだ。一度捕らわれてしまったら、たとえもう会えなくなっても忘れることはない。レオン君がおまえを愛することはこの先もないよ」
「そんな……」
「お前には何でも与えすぎて、望めば何でも手に入ると思わせてしまったのかもしれないな。でも人の心は違うんだ。たとえレオン君と結婚できたとしても、お前は幸せになれない。私はお前に幸せな結婚をしてほしい。それに……」
侯爵は、去っていった背中の方を見た。
「あの男が、本当にあの娘を手放せると思うか?」
アデリーナは泣き続けていて、その言葉は届かない。
だが侯爵だけは理解していた。
(あれは、もう手遅れだ)
一度手に入れたものを、あの男が自ら手放すはずがない。たとえ、どんな理由があろうとも。




