第16話 戦場のテラス、侯爵の査定
定刻になって式典が始まった。王様をはじめ、偉い人たちが激励の言葉を述べたあと、今代の勇者として賢斗が紹介された。
「がんばって討伐してきます!」
元気よく宣言すると、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
式典が終わると立食形式の晩餐会が始まった。
賢斗がやってきて「姉さん、綺麗だ。馬子にも衣装だね!」と言う。「それって褒め言葉じゃないから他の人には言わないように」と釘を刺しておく。
賢斗も正装がなかなか似合っている。
「賢斗も素敵よ」
「ありがとう!」
いつの間にか賢斗の周りを令嬢たちが取り囲んでいる。日本でも人気者の賢斗だが、ここまでモテたのは人生初だろう。勇者になった甲斐があったというものだ。
ときどきレオンのそばにも令嬢が寄ってくるが、冷たくあしらわれて戻っていく。
そんな様子を眺めていると、「退屈か?」とレオンが聞いた。
「いいえ、大丈夫です」
「少し外の空気を吸おうか。王宮には結界が張ってあるから瘴気の心配はない」
レオンがオーブリーに何か話しかけ、その後テラスに連れて行かれた。手すりにもたれて空を眺めると星が綺麗だった。
「結界があるから寒くはないと思うが」と言いながら、剥き出しの肩をレオンがマントで包んでくれた。
星空を見つめていると、「何をなさっているの?」と聞き覚えのある声がした。
「護衛対象と親密になりすぎると、騎士としての評判に傷がつきますわよ」
アデリーナ嬢だった。
「余計なお世話だ。……下がってくれ」
「いいえ、下がりません。婚約者として……」
その言葉を最後まで言わせず、レオンは一歩踏み出した。
わずかに視線をアデリーナへ向け……見せつけるように、一切の躊躇もなく、沙弥の肩を引き寄せた。
「レオンさん……?」
抵抗する間もなく、強く抱き寄せられる。首筋に唇が触れた。
「っ……!」
息が詰まる。わざとだ。完全に、わざと。
部屋の中からこちらの様子を伺う人が出始めた。
異世界人を抱擁する騎士、それを見守る貴族令嬢。シュールな光景。いったい何が起きているのかと気になるのも当然だろう。
いまだ立ち尽くしているアデリーナに、レオンが冷たい声で言い放つ。
「まだいたのか、無粋なやつめ」
アデリーナの金縛りが解けた。
「その方は、いずれいなくなるのですよ」
アデリーナは微笑んだまま言った。
「一時の気まぐれに、未来を賭けるおつもりですか?」
「だから何だ? 未来を理由に今を捨てるつもりはない」
低い声だった。
「その方がお帰りになったら、レオン様は私と結婚するのですから」
「どうしてそうなる? 俺は誰も娶るつもりはない。……お前だけは、なおさらだ」
「レオン様は次男ですから、私と結婚して侯爵家を継ぐのが一番よいのです」
なぜこの国の女は、こうも話が通じないんだ……とレオンがため息をつく。
「頼むから向こうへ行ってくれ。俺たちの邪魔をしないでくれ」
レオンがそう言うと、アデリーナはようやく踵を返した。
「本当に、本当に面倒くさい」レオンが嘆く。
「『日本』にも、ああいう話の通じない女はいるのか?」
「話を聞かないタイプの人はいますけど、あそこまでというのはなかなか……。貴族のお嬢様ですから、望むものは何でも手に入ってきたのでしょう。レオンさんのことも、望めば必ず手に入ると思っているのでは?」
「そこまで愚かだとはな」
「ですが、アデリーナさんの言い分にも一理あるのでは? 跡継ぎでない子息は、他家と縁組して爵位を継ぐことが多いのでしょう?」
「そうだが、俺は爵位のために結婚などしない。騎士として自立できる」
そこに賢斗とオーブリーがやってきた。
「なんか貴族のお嬢様が『二人が不埒なことをしている』って言いに来たんだけど」
(賢斗に言いつけに行ったのか)
「あれは、自分のことを俺の婚約者と思い込んでいる頭のおかしい女だから、気にしないでくれ」
「あー、ストーカーか! 了解ッス!」
この国にストーカー規制法はないのだろうか。
「姉さん、明日は騎士団全員休みなんだけど、一緒に街でも行かない?」
そういえば、こちらに来てから一度も賢斗と出かけたことはなかった。討伐に出てしまえばしばらく会えない。
「瘴気が流れ込んで来ているから、あまり長くはいられないぞ」
「ちょっとぶらぶらして、ご飯食べるくらいだけど……」
「その程度なら大丈夫だ」
レオンさんがいるからオーブリーさんは来なくていいッスよ~と賢斗がオーブリーに気を遣い、明日は三人で出かけることになった。
沙弥は、こちらに来てからレオンが一日も休みを取ってないことに気付いた。
レオンに聞くと、誰かに代わってもらって休みをとることは可能だが、そうするつもりはないと言う。このままだと数か月連続勤務になりそうだ。
最初の頃ならともかく、もう毎日護衛は要らないのではないかと言うと「俺をクビにする気か?」と怒られた。
「そのうち、部屋の中でも護衛するって言うんじゃね~?」と賢斗があまり笑えない冗談を言う。レオンはまた黙り込んでしまったが、そこはちゃんと否定してほしい。
俺たち、もう宿舎に戻るね、と言って賢斗が出ていく。入れ替わるようにアデリーナと貴族の男性が護衛を従えてやってきた。レオンが沙弥を後ろに下がらせ、守るように立つ。
「そんなに警戒しないでくれよ」
「サーヤ、アデリーナ嬢の父君のヴィスカルディ侯爵だ」
侯爵は沙弥を一瞥した。人を見るというより……品を査定するような視線だった。
「なるほど。これが原因か」
「サーヤは関係ありません! 巻き込むな!」
レオンが叫んだ。




