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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第一部 終わると知りつつ、恋をした
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第15話 社交界の洗礼、揺るがぬエスコート

 迎えに来たレオンは、扉を開けた途端……息を呑んだ。


「……綺麗だ」


 それ以上の言葉が出てこない。視線が外せないまま、ほんのわずかに眉が寄る。

 見とれているのか、それとも……誰にも見せたくないと思っているのか。


「アンナさんのお陰です。それと、素敵な髪飾りにも……」


 その表情は、普段よりもずっと艶やかで……危うい。


「元からお綺麗ですもの」


 アンナが楽しそうに言った。


「坊ちゃまが固まってしまうのも無理はありませんわ」

「……余計なことを言うな」


 だが否定はしない。


 レオンにエスコートされて会場へと向かった。沙弥と賢斗が最初に到着したあの大広間だ。よく見ると、床の魔法陣もそのままになっている。

 レオンはいつものマントの下に、装飾入りの豪華な騎士服を着ている。騎士の正装だ。ますます男ぶりが上がっている。


 二人が大広間へ入った瞬間……空気が変わった。視線とざわめき。値踏みするような気配。


(……これが社交界)


 思っていたよりも、ずっと露骨だ。


「あれが勇者の姉か」

「噂の……」

「レオン様と……」


 囁きが耳に届く。そのときだった。


「まあ」


 甲高く、よく通る声。


「こちらが勇者様のお姉様ですの?」


 振り向くと、ひときわ華やかな少女が立っていた。水色のドレスに身を包み、金髪を高く結い上げ、宝石を惜しげもなく散らしている。年の頃は十八歳前後か。

 自信に満ちた立ち姿。そして……明らかな敵意。


「レオン様、ご紹介いただけません?」


 レオンの眉がわずかに動く。


「……サーヤ。こちらはアデリーナ・ヴィスカルディ侯爵令嬢だ」

「はじめまして」


 優雅に一礼しながら、少女は微笑んだ。


「レオン様の婚約者、アデリーナと申します」


(婚約者がいたのか……)


 胸の奥がかすかに揺れたが、公爵家ともなれば恋愛と結婚は別なのだろう。それに、自分はいずれいなくなる身だ。そう納得した。


 だが、レオンは即座に否定する。


「そのような約束はしていない。……今後も、するつもりはない」

「まあ」


 アデリーナはくすりと笑う。


「お父様は賛成してくださっていますのに?」

「俺は同意していない」


 冷たく言い返す。

 だがアデリーナは意に介さず、視線を沙弥へ移す。上から下まで、ゆっくりと、測るように。


「素敵なドレスですこと」


 褒めているはずなのに、そう聞こえない。


「少し前の流行をお選びになったのですね。控えめで……お似合いですわ」


 軽く首を傾げる。


「髪飾りも……あら」


 その目が細くなった。


「それは……太陽石?」


 空気がぴたりと止まる。


「悪いか」


 レオンが遮った。


「それは俺が贈った」

「……レオン様が?」


 笑みが崩れ、ほんの一瞬だけ素顔が覗いた。動揺、焦り、そして……苛立ち。だがすぐに取り繕う。


「まあ……そうでしたの」


 再び笑う。だが、先ほどよりわずかに硬い。


「ですが、そのような……流行遅れの品を」

「サーヤは」


 レオンが言葉を切った。わずかに前へ出る。


「流行に振り回されるような女ではない」


 静かな声。だが、明確な線引きだった。


「……失礼する」


 肩を抱き寄せられ、そのまま場を離れる。周囲の視線を遮るように。

 明らかな「拒絶」だった。そこへ……


「一日も早く元の世界へ戻れるよう、お祈りしておりますわ!」


 背後から声が投げられた。


「ありがとうございます」


 振り返って、微笑んで返す。だがその瞬間、レオンの手にわずかに力がこもった。

 騎士たちが集まっている一角へ移動すると、レオンが低い声で言った。


「すまない。あんな娘だとは思わなかった」

「いいえ」


 沙弥は軽く首を振る。


「可愛らしい方です」

「……本気で言っているのか?」

「ええ。ああいう方、嫌いではありません」


 真正面からぶつかってくる人間は、むしろわかりやすい。


「レオン様のことが、お好きなんですね」

「迷惑だ」


 眉をひそめる。


「それより……」


 レオンが視線を向けてくる。


「今日は妙に丁寧だな」

「あら」


 少しだけ口調を整える。


「レオン様に恥をかかせるわけにはまいりませんもの」


 だが、レオンは……


「サーヤは……いつもどおりがいい」


 そう言った。そのとき、背後から声がかかる。


「やあ」


 振り向くと、レオンの父……国務大臣が立っていた。


「レオンはきちんと務めているかな?」

「はい、とても」


 自然に応じる。


「最近は仕事も始めたそうだね。優秀だと聞いているよ」


(情報が早い……)


 軽く驚くが、表には出さない。


「できることを、させていただいているだけです」

「弟君のことは心配だろうが、彼は立派に『役目』を果たすだろう」


 ……役目。その言葉に、かすかな苛立ちを覚えた。


(まるで義務みたいに……賢斗は、そういうものじゃないのに)


 だが、ここで感情を出すわけにはいかない。


「無事に戻ってくると信じています」


 きれいに整えた言葉を返す。会話が途切れても、レオンは一言も口を挟まない。

 ただ……わずかに距離を詰めた。守るように。囲うように。


 社交界。それは、笑顔のまま刃を交わす場所。そして今、沙弥は……その戦場の真ん中に立っていた。


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