第15話 社交界の洗礼、揺るがぬエスコート
迎えに来たレオンは、扉を開けた途端……息を呑んだ。
「……綺麗だ」
それ以上の言葉が出てこない。視線が外せないまま、ほんのわずかに眉が寄る。
見とれているのか、それとも……誰にも見せたくないと思っているのか。
「アンナさんのお陰です。それと、素敵な髪飾りにも……」
その表情は、普段よりもずっと艶やかで……危うい。
「元からお綺麗ですもの」
アンナが楽しそうに言った。
「坊ちゃまが固まってしまうのも無理はありませんわ」
「……余計なことを言うな」
だが否定はしない。
レオンにエスコートされて会場へと向かった。沙弥と賢斗が最初に到着したあの大広間だ。よく見ると、床の魔法陣もそのままになっている。
レオンはいつものマントの下に、装飾入りの豪華な騎士服を着ている。騎士の正装だ。ますます男ぶりが上がっている。
二人が大広間へ入った瞬間……空気が変わった。視線とざわめき。値踏みするような気配。
(……これが社交界)
思っていたよりも、ずっと露骨だ。
「あれが勇者の姉か」
「噂の……」
「レオン様と……」
囁きが耳に届く。そのときだった。
「まあ」
甲高く、よく通る声。
「こちらが勇者様のお姉様ですの?」
振り向くと、ひときわ華やかな少女が立っていた。水色のドレスに身を包み、金髪を高く結い上げ、宝石を惜しげもなく散らしている。年の頃は十八歳前後か。
自信に満ちた立ち姿。そして……明らかな敵意。
「レオン様、ご紹介いただけません?」
レオンの眉がわずかに動く。
「……サーヤ。こちらはアデリーナ・ヴィスカルディ侯爵令嬢だ」
「はじめまして」
優雅に一礼しながら、少女は微笑んだ。
「レオン様の婚約者、アデリーナと申します」
(婚約者がいたのか……)
胸の奥がかすかに揺れたが、公爵家ともなれば恋愛と結婚は別なのだろう。それに、自分はいずれいなくなる身だ。そう納得した。
だが、レオンは即座に否定する。
「そのような約束はしていない。……今後も、するつもりはない」
「まあ」
アデリーナはくすりと笑う。
「お父様は賛成してくださっていますのに?」
「俺は同意していない」
冷たく言い返す。
だがアデリーナは意に介さず、視線を沙弥へ移す。上から下まで、ゆっくりと、測るように。
「素敵なドレスですこと」
褒めているはずなのに、そう聞こえない。
「少し前の流行をお選びになったのですね。控えめで……お似合いですわ」
軽く首を傾げる。
「髪飾りも……あら」
その目が細くなった。
「それは……太陽石?」
空気がぴたりと止まる。
「悪いか」
レオンが遮った。
「それは俺が贈った」
「……レオン様が?」
笑みが崩れ、ほんの一瞬だけ素顔が覗いた。動揺、焦り、そして……苛立ち。だがすぐに取り繕う。
「まあ……そうでしたの」
再び笑う。だが、先ほどよりわずかに硬い。
「ですが、そのような……流行遅れの品を」
「サーヤは」
レオンが言葉を切った。わずかに前へ出る。
「流行に振り回されるような女ではない」
静かな声。だが、明確な線引きだった。
「……失礼する」
肩を抱き寄せられ、そのまま場を離れる。周囲の視線を遮るように。
明らかな「拒絶」だった。そこへ……
「一日も早く元の世界へ戻れるよう、お祈りしておりますわ!」
背後から声が投げられた。
「ありがとうございます」
振り返って、微笑んで返す。だがその瞬間、レオンの手にわずかに力がこもった。
騎士たちが集まっている一角へ移動すると、レオンが低い声で言った。
「すまない。あんな娘だとは思わなかった」
「いいえ」
沙弥は軽く首を振る。
「可愛らしい方です」
「……本気で言っているのか?」
「ええ。ああいう方、嫌いではありません」
真正面からぶつかってくる人間は、むしろわかりやすい。
「レオン様のことが、お好きなんですね」
「迷惑だ」
眉をひそめる。
「それより……」
レオンが視線を向けてくる。
「今日は妙に丁寧だな」
「あら」
少しだけ口調を整える。
「レオン様に恥をかかせるわけにはまいりませんもの」
だが、レオンは……
「サーヤは……いつもどおりがいい」
そう言った。そのとき、背後から声がかかる。
「やあ」
振り向くと、レオンの父……国務大臣が立っていた。
「レオンはきちんと務めているかな?」
「はい、とても」
自然に応じる。
「最近は仕事も始めたそうだね。優秀だと聞いているよ」
(情報が早い……)
軽く驚くが、表には出さない。
「できることを、させていただいているだけです」
「弟君のことは心配だろうが、彼は立派に『役目』を果たすだろう」
……役目。その言葉に、かすかな苛立ちを覚えた。
(まるで義務みたいに……賢斗は、そういうものじゃないのに)
だが、ここで感情を出すわけにはいかない。
「無事に戻ってくると信じています」
きれいに整えた言葉を返す。会話が途切れても、レオンは一言も口を挟まない。
ただ……わずかに距離を詰めた。守るように。囲うように。
社交界。それは、笑顔のまま刃を交わす場所。そして今、沙弥は……その戦場の真ん中に立っていた。




