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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第一部 終わると知りつつ、恋をした
12/14

第11話 噂の影と、「計算機」の衝撃

 やがて昼の鐘が鳴る。


「昼食は騎士棟の食堂でいいか?」

「いいですよ。賢斗はまだ戻ってこないみたいですし……ダニエラさんもご一緒にどうですか?」


 言い終える前に、ぐい、と制服の裾を引かれた。振り向くと、レオンが無言で首を横に振っている。……誘うな、という顔だが、もう遅い。


「えっ、いいんですか~!? ぜひぜひ、ご一緒させてください! レオン様とお食事なんて夢みたいです~!」


 満面の笑みだった。レオンは小さく息を漏らした。


 騎士棟の食堂は広く、昼時ということもあって騎士たちで賑わっていた。三人でトレーを取り、料理を選ぶ。

 席につくなり、ダニエラが口火を切った。


「それにしても、すごいですよね~。レオン様と毎日一緒にいられるなんて!」

「護衛をしていただいているので」


 沙弥は淡々と返す。


「でもでも! 普通の女の子だったら舞い上がっちゃいますよ! 私だったら絶対……」

「黙って食え」

「はーい!」


 元気な返事だった。数秒後、また喋り出す。止まらない。

 半分ほど聞き流していたが……


「そういえば」


 意味ありげに笑う。


「最近、レオン様がサーヤさんの部屋に入って、しばらく出てこないって噂になってますよ~。何してるんですか~?」


 ぴたり、と空気が止まった。

 レオンは何も言わない。否定もせず、水を一口飲む。視線も合わせない。


「……報告書とかを作ってるんですよ」


 沙弥が先に口を開いた。


「へぇ~」


 ダニエラが首を傾げる。


「防音魔法までかけてですか~?」


 一瞬、言葉に詰まる。


(なにそれ、聞いてない)


「……機密事項もありますから」


 苦しい言い訳だという自覚はあるが、白を切り通すしかない。


「ふ~ん」


 納得したような、していないような顔だ。

 レオンは依然として無言のまま、皿の肉を切っている。

 それ以上は突っ込まれなかった。


「ダニエラさんは寮じゃないんですよね?」


 沙弥が話題を変える。


「あっ、はい! 実家から通ってます。子爵家なんですけど……」


 再び勢いよく喋り出した。今度は安全な話題だ。レオンが小さく息を吐いた。


 午後……。

 伝票の分類は無事に終わり、最後の箱が空になる。


「終わった……!」


 ダニエラがぐったりと机に突っ伏した。


「お疲れさまでした。明日は集計に入りましょう」

「は~い……」


 返事は弱い。沙弥は箱を見ながら言った。


「今後は、このまま溜めるんじゃなくて、最初から分類してもらったほうがいいですね」

「え?」

「カテゴリごとに箱を分けて、提出時に入れてもらうんです。月末に回収すれば、そのまま月ごとに集計できます」


「……あっ!」


 顔が上がる。


「それなら楽です!」

「間違いもあると思うので、最後のチェックだけしてください」

「はいっ!」


 声が明るくなった。


 帰り道……。


「君は本当に仕事ができるな」


 レオンがぽつりと言った。


「慣れているだけですよ」

「そうは見えない」

「レオンさんだって、早かったじゃないですか。ダニエラさんよりずっと」

「あれはあいつが遅すぎるだけだ」


 評価が厳しい。

 少し歩いて、沙弥が言う。


「噂、出てるみたいですね」

「……くだらない」


 深く息をつく。


「この国の女は、そういう話が好きだ」

「日本でも似たようなものですよ」


 秘書室の情報網を思い出して苦笑する。あれはCIA並みだった。


「だが、浄化は必要だ」


 レオンが続ける。


「診療所でやるのは嫌だろう?」

「……そうですね」


 あの医師の顔が浮かんだ。「余計なこと」をされるかもしれない。


「俺の部屋は論外だな」

「賢斗に見つかります」

「騒ぐだろうな」

「絶対に!」


 断言すると、レオンがわずかに口元を緩めたが、すぐに戻った。


「……街中も避けたい」

「目立ちますからね」


 少し考えてから、口を開く。


「私は構いませんけど」

「ん?」

「噂になっても……」


 歩調を変えずに続ける。


「でも……レオンさんの評判が下がりますよね」


 レオンは一瞬だけ視線を向けた。


「構わない」


 迷いはなかった。噂よりも、立場よりも……優先すべきことのように思えた。


「サーヤが気にしないなら、このままでいい」


 それだけ言って前を向く。沙弥は小さく頷いた。


(やっぱり優しい人だ)


                ◇◇◇◇◇


 翌日……。


「この量……気が遠くなります~」


 ダニエラが伝票の山を見て呟く。


「そこで、これです」


 沙弥が取り出したのは、愛用しているソーラー式電卓だった。


「テッテレー! でんたく~!」


 ドラえもん風に言ってみたが、もちろん通じない。


「それは何ですか?」

「計算機です。数字を入れると、すぐに答えが出ます」

「えっ!?」


 ダニエラの目が丸くなる。使い方を見せると……


「なにこれ!? ずるいですそれ!!」

「どういう仕組みだ」


 レオンも覗き込む。


「そこまでは私もわかりません」


 説明すると長くなるので、さらりと流す。


「では分担しましょう。ダニエラさんが読み上げて、私が入力します。レオンさん、記録をお願いします」

「今日も俺は使われるのか」

「昨日より楽ですよ」

「……はあ」


 ため息をつきつつ、レオンも席に着く。


 作業は驚くほど速く進んだ。


「終わった……?」


 ダニエラが呆然とする。


「終わりましたね」

「一日で……?」


 信じられない、という顔だ。


「私一人だったら一ヶ月以上かかってました!」


(それはかかりすぎでしょ)


「私たち、いいチームですね!」


 ぱっと笑う。


「チームレオン誕生です!」

「……俺はそんなもの作った覚えはない」


 低い声が返る。だが、その場を離れようとはしなかった。

 騎士たちの視線が、また三人に集まっていた。


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