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ルーキスの太陽 ~異世界の境界線、その手を離さない~  作者: 如月菫
第一部 終わると知りつつ、恋をした
11/14

第10話 最強の騎士、事務作業に駆り出される

 三日後……。


 沙弥はレオンに連れられて人事課を訪れた。


「はじめまして、人事課長のランベルト・カレンベルクです」

「サヤ・マツバヤシです。よろしくお願いします」


 柔和な笑みを浮かべた中年の男は、穏やかな口調で言った。


「第二騎士団長から話は聞いています。秘書をされていたとか」

「はい」

「書類仕事ができる人材は貴重です。ぜひ力を貸してください」


 細かな条件を詰めたあと、沙弥は第二騎士団で働くことになった。

 制服も支給されるらしい。あまりたくさん服を持っていないのでありがたい。


 翌日……。


 詰所は、思っていたよりも雑然としていた。書類棚の前には紙束が積まれ、机の上も整頓されているとは言い難い。


「おはようございます。サヤ・マツバヤシです。本日からお世話になります」

「団長のマティアスだ。ケントの姉君だな。弟はよくやっている」


 がっしりとした体格の団長は短くそう言い、沙弥を書類係に引き合わせた。ぽっちゃりとした若い女の子だった。まだ二十歳だという。


「ダニエラ・ディーチェです! よろしくお願いします!」


 元気よく頭を下げたかと思うと、ぱっと顔を上げる。


「わぁ……! レオン様、本物……!」


 目が輝く。


「ちょ、ちょっといいですか!? 手、触っても……」

「やめろ」


 即拒否だった。


「ええ~!」


 それでもめげずに食い下がる。


「こんな近くで見られるなんて夢みたいです! やっぱりかっこいいですね~! 『ルーキスの太陽』って呼ばれてるの、ご存じですか?」

「いえ」

「瞳もそうですけど、存在がもう太陽なんです!」


 言い切った。レオンは露骨に眉をひそめる。


(……なるほど)


 沙弥は納得した。これが、この国の「普通」なのだ。


「それで、お仕事の説明をお願いしてもいいですか?」

「あっ、はい!」


 切り替えは早い。


「この伝票をカテゴリごとに分けて、さらに月別にまとめて、合計出して……それを元に予算案も……」


 机の横に置かれた箱を指さす。大きなのが三つ。中身はぎっしりだ。どれだけ溜め込んでいるのか。


「……これ全部ですか?」

「はい! 私一人じゃ絶対無理だったので来てくださって嬉しいです! しかもレオン様まで付いてくるなんて!」


 笑顔で言い切った。「俺はオマケじゃないぞ」とレオンが不愉快そうに言う。

 沙弥は一瞬だけ黙り、すぐに頷いた。


「では、まず分類から始めましょう」


 箱をひとつ引き寄せる。


「三人でやれば、今日中に終わります」

「三人?」


 レオンが眉を上げる。


「俺も数に入っていないか?」

「入ってますけど」

「俺は護衛だ」

「この部屋で?」

「そういう問題ではない」

「大丈夫です。レオンさんなら、作業しながらでも護衛できます」


(ただ立っているだけなんて、リソースの無駄遣いだもの)


「優秀な人材は活用すべきです。はい、ここに座って」


 隣の椅子をポンポンと叩くと、レオンは一瞬だけ言い返しかけて……やめた。小さく舌打ちして、腰を下ろす。

 周囲の騎士たちがざわついた。


「……珍しいものを見たな」

「あのレオンが……」


 ひそひそ声が飛ぶ。


「君は急に生き生きとしてきたな」

「働くの久しぶりですから」

「レオン様、尻に敷かれてますね~」

「お前は黙れ」

「なんでサーヤさんは『君』で、私は『お前』なんですか? 私も『君』がいいです!」

「お前は『お前』で十分だ」


 間を置いて、ぼそりと付け足す。


「……そのほうが合っている」

「ひどいです~!」


 抗議の声を背に、作業が始まった。伝票を手に取り、分類し、積む。単純だが、量が多い。

 沙弥は迷いなく手を動かし続ける。横目で見ると、レオンも無言で処理していた。手が早い。


 一方……


「えっと……これ、どっちでしたっけ……?」


 ダニエラは一枚ごとに止まっている。仕分けたはずの紙を、また別の山に戻し……首を傾げる。進んでいない……明らかに。

 それでも沙弥は何も言わず、淡々と続けた。


 昼近くになると、沙弥の箱は半分以上が消えていた。レオンもほぼ同じ。ダニエラの箱だけが、ほとんどそのまま残っている。


「……あれ?」


 本人もようやく気づいたらしい。


「なんで……?」


 沙弥はさらりと言った。


「慣れれば早くなりますよ」

「は、はい……!」


 ダニエラは慌てて頷く。その横で、レオンが小さく息をついた。

 ……やりやすい。ふと、そう思った。無駄に騒がず、勝手に進め、必要なところだけ指示を出す。余計な気遣いも、媚びもない。

 視線を向けると、沙弥はすでに次の束に手を伸ばしていた。迷いがない。ただ、それだけのことが……妙に心地よかった。


(……なぜ、俺は従っている?)


 命令されたわけでもない。任務でもない。それでも、席を立つ気が起きない。


 騎士たちの視線は、いつの間にか書類ではなく三人に向けられていた。特に……レオンが文句を言いながらも席を立たないことに。誰も口には出さなかったが、それが一番の異変だった。


 周囲の騎士たちの視線に気づき、レオンはわずかに眉をひそめた。


(……何を見ている?)


 だが、その視線の意味に、すぐに思い至る。


(……俺が、席を立たないからか)


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