第9話 四人でランチ、挙動不審な騎士一人
数日後……。
庁舎の食堂で賢斗と昼食を共にした。レオンと、その友人であり賢斗の教育係でもあるオーブリーも一緒だ。勇者と騎士が揃えば目立たないはずもない。食堂のあちこちから視線とざわめきが集まってくる。
沙弥はそれを気にしないふりをして、賢斗に声をかけた。
「剣はうまく使えるようになった?」
「うん! オーブリーさん教えるの上手いし!」
「ならよかった。討伐失敗第一号は避けたいものね」
「大丈夫、大丈夫。俺、トドメ役らしいから!」
「……なるほど、若君の初陣ね」
「それそれ!」
二人だけが納得していると、レオンとオーブリーがそろって首を傾げた。
「何の話だ?」
「まあ、そんな感じッス」
賢斗が曖昧に笑ってごまかす。
「そういえば、この国の騎士さんって若いッスよね。オーブリーさんは二十三歳って聞いたけど……レオンさんは?」
「二十一だ」
さらりと告げられた数字に……沙弥は危うくお茶を吹き出しかけた。
(……二十一? そんなに若いの?)
「えっ!? 俺と二つしか違わないんだ! もっと上かと思ってた……」
賢斗が素直に驚く。
「私はこの中で一番年上なことに衝撃を受けてるわ」
「そうなのか? いくつだ?」
「二十五です」
「そんなにか! 俺より年下だと思っていたぞ」
(……今、『そんなに』って言った?)
地味にショックだ。
しかも年下だと思われていたのか。どおりで態度も横柄なわけだ。いや。たぶん本当の年齢を知っていても、あの態度は変わらなかった気がするけど。
「姉さん、老けて見えたってこと?」
「逆でしょ、逆!」
即座に否定しつつ、内心は穏やかではない。
「ていうか、いつも一緒にいるのに年齢も知らなかったの?」
「個人的な話はあまりしないからな」
「どんな話をしてるの?」
「主にお互いの国のことですよね」
「俺も『日本』についてだいぶ詳しくなったぞ。空飛ぶ乗り物があるらしいな」
「それ騙されてないか?」
「飛行機のことですよね。嘘じゃないッスよ」
「魔法も使えないのに、どうやって空を飛ぶんだ」
「ジェットエンジンとかかな。逆にこの国は魔法があるんだから、箒で飛べるでしょ?」
レオンとオーブリーが同時に眉をひそめた。
「飛ばない」
「飛べないな」
ルーキスの魔法使いは箒に乗れないらしい。
「レオンに護衛されるなんて、この国の女たちだったら有頂天になって質問攻めにしそうだけどな」
オーブリーが苦笑混じりに言う。
「確かにサーヤはそういうのがないから、やりやすいな」
レオンがあっさりと言った。
「レオンみたいのは、『日本』では人気ないの?」
「いやいや、日本でもモテますよ、レオンさんのような超絶美形は」
賢斗が保証する。
「でも姉さんの好みとは違うかな」
賢斗が軽く付け加えたその瞬間……レオンの表情が、ほんのわずかに硬くなった。
「姉さんは癒し系が好きだから」
「『イヤシケイ』とは?」
「穏やかで優しくて……、一緒にいると安心できるタイプの人です」
レオンは一瞬考え、
「それなら俺は癒し系だな」
と断言する。一瞬の沈黙の後…………三人同時に吹き出した。
「どこが!?」
「まじッスか?」
「冗談ですよね!?」
「冗談ではないが」
レオンだけが真顔だった。
「レオンさんは、優しいとは思いますけどね」
沙弥がフォローすると、
「そうだろう?」
と、わずかに得意げな顔になる。その様子に、また小さな笑いがこぼれた。
「サーヤは独身だって聞いたけど、日本では二十五で独身って普通なの?」
遠回しに「行き遅れ」と言われた。
「最近は三十くらいまでは普通ですよ。一生独身の人も多いですし」
「こちらとは、ずいぶん違うな」
「姉さんは一生独身でも俺が面倒見るからね」
「それはどうも、ありがとう」
「君たちは本当に仲がいいな」
「ケントはいつもサーヤの話をしているぞ」
オーブリーが言うと、賢斗は照れもせず笑った。そして、沙弥の皿を見て言う。
「姉さん、相変わらず少食だな」
「あまり食べると太るから」
「なぜ、そんなことを気にするんだ?」
レオンが言う。
「え?」
「……君はとても細いだろう」
その言葉を口にした瞬間……レオンは自分でも、なぜそれを知っているのかを理解した。指先に残る感触。体温。あのときの距離。ほんの一瞬、思考が止まる。
(……まずい)
無意識に視線が落ちる。
(だが、あれは……任務だ)
一瞬、空気が止まった。
「……なんで知ってるんです?」
賢斗が剣呑な目を向ける。レオンは答えず、視線を逸らした。
(あ、これダメなやつだ)
沙弥が慌てて口を挟む。
「あ、あのね。初日に私、かなり軽装で出かけようとして……」
「ああ、聞いた聞いた。レオンが『朝から誘惑されたかと思った』って」
「おい、言うな!」
「『若い娘が嘆かわしい』って言われたんですよ。年下のレオンさんに」
「姉さん、何やってんの!?」
笑いに変わったことで、空気はなんとか和らいだ。
「レオンが女性を『君』って呼ぶの初めて聞いたよ」
「サーヤにそう呼ぶように言われたからな。『お前』って呼ぶのは失礼だと」
「えっ! 俺ケントを『お前』って言っちゃってるけど」
「男同士なら問題ないんッスよ。日本では、女性の扱いは色々と難しいんッス」
「挨拶されたら挨拶を返したほうがいいとも言われたな」
「姉さん、礼儀に厳しいから」
(すみませんね、口うるさくて)
短いやり取りで話は流れていく。
「姉さん、毎日何してるの?」
「図書室にいることが多いかな。たまに街に出たり」
「仕事とかしないの?」
「したいと思ってるんだけど……」
ぽつりと漏らす。
「故郷では働いていたのか?」
「秘書をしていました」
「姉さんは、ちょっと天然だけど優秀ですよ!」
すかさず賢斗が姉自慢を始める。
「書類の作成や整理はできるか?」
「得意分野です」
「なら、うちに来てほしいな」
オーブリーが言う。
「姉さん来てくれたら嬉しいな」
「勇者のやる気も上がるだろうしな」
「それなら団長に話してみる」
「人事には俺から通しておく」
話はあっさりとまとまった。
異世界での生活に、ようやく「役割」ができそうだった。




