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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第49話『幸せの物語を』

◇◇◇







「どうして、こうなっちゃったのかなって思うんだ」


「それはなぜ?」


「分からない。でも、私自身、もっと上手くできたかなって」


「私だったとしても同じ選択をしただろう。お前はよくやった」


「……うん。これでみんなが助かったならいいよね」


 サラはちょこんと座り込んで、何もないまっさらな世界で寂しく零す。隣に並んで座ったフレアが、ニコニコと満足げな顔をしていた。


「なんでも完璧に行くとは限らない。生きるのも、死ぬのも。でも、これまで私だけでなく大勢が死ぬ未来を、お前は塗り替えてくれた。繰り返される地獄はこれで終わる。私が死んだあとの殺風景な世界は、皆に悲惨な末路を迎えさせたから」


 誰かが紡いで、途絶えてしまった物語。しかしそれは、当然、フレアが死ねば続く未来でもあった。その先にあるのは、必ず非業の死を遂げる仲間たちや、ただ独り残されてしまった者の死ねなかった失望だ。誰かの介入が必要で、それは間違いなく上手くいった。新しい未来が、そこに誕生している。


 フレアにとってこれほど嬉しいことはない。たとえ自らが消えようとも。


「お前の責務は終わった。あとは好きに生きていいんだ。目を覚ませば、お前の新しい人生が始まる。辛い目には遭っただろうが、もうやりきった。皆と共に過ごすのも良い。そうだ、ギデオンか、それともクライドと結婚するのはどうだろう。少し皮肉を言うようなこともあるが愉快だよ。ルイーズと魔法の研究も良いな。お前は魔法の才能があるから……そういう細かいの、私は苦手だったなぁ」


 どこか寂しそうな横顔。本当なら、その席には自分がいたはずで、だけど手放さなければ未来も得られなかった。遠くから指をくわえて見ているしかできない儚さが、表情に浮いていて、サラは、それがとても、嬉しかった。


「ねえ、フレア。私たち、今はひとつなんだよね?」


「そうだな。もう二度と出会うことはないと思っていたが……」


「混ざり合った魂が、私たちをもう一度引き寄せてくれた」


「ああ。最後に会えて嬉しかったよ。今度こそ、もう会うことはないだろう」


「じゃあ、ひとつだけお願いを聞いてくれないかな?」


 フレアの手を握って、サラが覗き込むように顔を近づけた。


「……あ、ああ。別に構わないが」


 できることなどあるのだろうか、とフレアは困惑する。魂が溶け合い、眠っている間だけの僅かな時間。もうすぐ完全に消えてなくなる意識の世界で、サラが何を望んでいるのかが分からない。


「私はね、たくさん働いて、たくさん嫌な思いをして、結局良いことのない人生だったなって思ってたの。そんなとき出会ったのが、あなたたちの物語だった。……幸せだったなあ。毎日、毎日。あなたたちの物語を何度も読み返して、自分まで、すぐ近くにいるような気分でさ」


 大変こともあった。楽しいこともあった。不安で苦しいときも、家族といっしょで幸せなときも。こんなに贅沢な日常で良いのかと思っていた。


 人を殺す感触は気持ちが悪い。誰かに手を差し伸べるのは温かい。信じてもらえることは嬉しいし、信じられることは心強い。他人との繋がりをしっかり感じられたのは、どれくらいぶりだったのだろう? と、頭を過るほどだ。


 そしてサラは、生きた。生き抜いた。楽しくて仕方がなくて────寂しかった。どこまでも疲れ果てていた人生を終えて、与えられた二度目の人生は、それはそれで戸惑いはあったが受け入れられて、家族と呼ぶ人たちと肩を並べて笑い合える人生は最高に楽しかった。でも。


「でもね、私は主人公になりたかったわけじゃない。あなたたちと一緒にいたかった。そこには、あなたもいるんだよ、フレア」


 声は聞こえなくても。話ができなくても。姿はずっとそこにあった。


 目の前にいてくれた。一緒にいるように感じられた。それでも。


「返したいんだ。これは私の人生じゃなくて、あなたのためのもの。私が本当に心から好きだった、フレアのものなんだよ。確かに本来の物語の結末は、あなたが死ぬことだったのかもしれない。でも、そこに生きてるあなたの物語は、誰のものでもない。あなたが自分で紡いでいくべき物語なんだから」


 光が、ぽかぽかする。サラの体が仄かに輝きを纏い始めた。


「……何を言っている。私たちのわがままでお前は────」


「いいの、いいの。私だって最初から死んでたわけだし、偶然じゃん」


 たちあがって、戸惑うフレアの顔を見て、幸せそうに笑いかける。


「ほんっとに最高の時間だった! あとはあなたが見てきて、フレア!」


 ぐっと親指を立てる。光になって消えていく自分の体が軽い。心地が良い。意味もなく死んだわけではなく、誰かのために生きられたのなら悪くない。第二の人生というには少し短かったけれど、それでもサラは十分に満ち足りた。


「だけど、そんなことをしたらお前が消えてしまう! 待て、サラ!」


「駄目だよ。私を見つけてくれたときには、もう私は死んでた。そうでしょ?」


 死者は生き返らない。それが絶対だ。たまさか他人の身体を借りて、贅沢が出来ただけで充分。他に欲しいものは、もうない。仮にあるとしたら────。


「物語はね。終わった後も続くんだよ。それが幸せな結末になるかどうかは作者にも分からない。どこまでも続く物語が始まるんだ。フレアの、オルキヌス騎士団の皆の、あの世界で生きる人たち、生きとし生けるもの全ての物語が」


 フレアを優しく抱きしめて、サラは泣いた。泣きながら、嬉しそうに。


「どうか私に、物語の続きを見せて。あなたが幸せになるまでの物語を」

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