第47話『反撃の狼煙』
目に指が突っ込まれた。腕が体を貫通した。内臓を食い千切られた。足を掴んで玩具のように振り回された。五臓六腑が、全身の骨が形もなくなるほど潰れた。およそ原形を留めていない。痛みは激烈。並の人間なら精神崩壊してもおかしくない状態にあってなお、ルイーズの信念は折れることを知らない。
二百年という長い月日の中で、どれほどの拷問に苦しみ、泣き叫んできただろうか。それでも立ちあがった。自分を救うために命を懸けた。
『今の私では、お前を救ってやることはできない。だが手を貸してくれる奴にアテがあるんだ。もし気が乗ったなら尋ねてみろ。私の信頼できる家族がいる』
ああ、今更になって思い出す。眠っていた記憶が、大切にしていた記憶が。そしてなにより────悲しくて辛い、決意の記憶が。
『ルイーズ。私はもう疲れてしまった。きっと、この時間を繰り返すのは私ではだめだ。私と同じ性質を持ち、私と同じ強い志を持てる人間が必要だ。そいつは私として生きるだろう。私として生きてもらいたい。そうすることで私もまた、お前たちと共に生きられるはずだから……。ありがとう、そしてどうか、私の代わりの誰かが現れたなら────守ってやってくれ。私と、私の意志を受け継ぐ者を』
世界が循環する。記憶が深い場所へと沈んでいく。いつか思い出せるだろうか。大切にした人々との時間の記憶は失いたくないものだ。だから守ろう。どんなときでも命を懸けて家族を大切にしよう。たとえ自分にあらゆる苦痛が降りかかっても、決して折れない柱として支えるのが、自分に与えられた役割だから。
「ぜえ……ぜえ……。くそ、が。本当に、やってらんねぇぜ」
おぼつかなかった言葉が正しく形作られていく。何度も話し方を学んできた。何度も練習してきた。中々上手くならなかった。
『なに、上手く話せない? まあ、練習すればいつか上手くなるさ。そうだ、時間があるときは私が手伝おう。しっかり私を真似するんだぞ』
頭を優しく撫でてくれた。微笑みかけてくれた。大切な家族だと言ってくれた。今のフレアもきっと同じだ。そうしてくれると確信がある。自分がフレアでない何者かでありながら運命を受け入れ、共に戦ってくれる家族だから。
「掛かってこいや、バケモノがァ! アタシはいくらやっても死なねぇぞ! この程度で殺せないんだったら底が知れるなァ、オイ!」
言語を理解した怪物に対する挑発には効き目がある。ガリガリと歯を鳴らして歩んでくる姿は滑稽で、ルイーズは視線をギデオンへ向けた。ロベルタの治療は順調に進んでいる。意識は回復したが、まだ動けるほどではない。
「早く頼むぜ、ギデオン……。アタシが動けなくなっちまったら終わりだ」
いくら怪我を治療しても肉体的な負担は変わらない。疲労は蓄積され、回復速度も落ちていく。治癒に制限はなくとも当人の限界はやってきてしまう。
『殺す、殺す。死なない人間、今度こそ殺す!』
大きな拳を握りしめて怪物が踏み込んだ。
後何度死ねばいい、と目を瞑った瞬間────。
「随分と手こずっているみたいだな。俺の手が必要かね、ルイーズ?」
凄まじい剣の一振りが怪物の腕を斬り、魔力の衝撃波が伴って怪物は体勢を崩して吹っ飛んだ。ロベルタに遅れて救援に駆け付けたのはクライドだ。
「てめ……遅い! 時間掛かり過ぎだろおが!」
「ハハッ、すまない。結構急いだつもりだったんだが、魔物の数が多くてな」
怪物がふらふら立ち上がり、切り落とされた腕がボコボコと泡立つように再生する。不気味な外見と再生力にクライドも目を細めた。
「再生するのか。速いな」
「頭を飛ばしても死なねえ。アタシの再生魔法を学習しやがった」
「ほお。では塵も残さないほど潰す必要が?」
「分からねえ。その可能性は高い」
クライドは剣についた血を振って払い、ちらとクリスタルを見る。煌々と輝くクリスタルは他の魔物を呼ばず、しかし召喚するときと同じだけの強い輝きを放ち続けている。────異質。クライドの眼は確かに捉えた。
「ルイーズ。これ以上盾になる必要はない。あのクリスタルを狙え」
「はっ!? 今!?」
「あれが怪物の弱点だ。おそらくあれを倒せても次が現れる」
「……あんたを信じるぜ、だんちょー」
ルイーズが驚きながらも素直に従うと、クライドが頭をぽんと撫でた。
「言葉が上手くなったな。お前も思い出したようで何よりだ」
「チッ、分かってて今まで黙ってたのかよ?」
「自分で思い出した方が良いこともある。怪物は俺に任せろ」
クライドが剣を構えて怪物に向かっていく。同様に怪物も迎え撃とうとして、踏み込もうとする。────だが、動きが硬直する。途端に迎撃をやめて、怪物が方向を変えた。クリスタルに向かうルイーズを標的にしたのだ。
「やはりそちらか! 悪いが行かせるつもりはない!」
『────ッ』
クライドには、突出した破壊力はない。だが高い身体能力と戦闘技術は、どれほどの力を持った相手でも、力押しで倒せるような甘さを持たない。窮地の中でも磨かれた判断力と鋭く正確な攻めの手で、敵を翻弄する。
「クリスタルが壊されるのは問題らしいな。だが、その程度では────」
怪物がニィ、と笑った。ルイーズを向かうふりをしてクライドの攻撃を誘い、自らの体に剣が食い込んだ瞬間、痛みをものともせずに剣を掴む。
「っ、何!? コイツ、学習するのは能力だけじゃないのか……!」
ルイーズの捨て身の闘いを怪物は学んでいた。再生力を活かし、自らの傷を治しながら密着して離れない相手との戦闘経験が怪物を一歩前に進ませる。先にクライドを狙えば人間がどう行動を取るのかも理解していた。
「駄目だ、クライド────!」
ルイーズがクリスタルを狙うのを中断する。他に選択肢がない。仲間を殺されては負けたも同然だ。必死にもがくクライドの頭を怪物は掴んで放さず、力を込めていく。握り潰そうとする。
『殺せる。殺せる。終わり、終わり!』
怪物がケタケタ笑う。自分の勝ちを確信している。────だが。
「おおっと、そりゃさせねえよ!」
三節棍が怪物の顔面を捉え、殴り飛ばした。思わず力が抜けてクライドを放してしまい、体勢を立て直すと膝をついた怪物がまた怒りに震え、駄々をこねる子供のように地面をどんどん殴った。
「アール……。すまない、助かった」
「良いってことよ。ともかく、これで全員揃ったってわけだ」
雪を踏み、アールに遅れて到着したフレアが剣を片手に状況を見ながらやってくる。ロベルタは戦闘不能から復帰まであと少し。ギデオンの治療は十分に進んでいる。ルイーズは疲労があるものの心配はない。クライドも捕まってはいたが怪我は負っていない。アールはまさに万全の状態。
「うむ。皆の者、よく耐えた。────では、反撃開始と行こう」




