第46話『不死を抱いて』
真正面から挑んだのは、破壊力に長けたロベルタだ。北部での戦闘には慣れ、地形に足を取られることもない。接近戦を仕掛ければおのずと自分に集中させられる。魔物の特性として、どれほど知性や理性に優れようとも、目の前の敵に釘付けになるのは狩りをする本能には抗えない。
「そおら! こっちだ、バケモノ!」
大剣を軽々と振り回すロベルタを相手に、顔のない怪物も回避と防御に専念する。恵まれた巨躯で素早く動き、大きな的にも関わらず大剣は掠りもしない。
「何やってんダ、アタシも混ぜろヨ」
怪物の側面から手を翳す。地面から突き出した幾本かの樹木の根が先を鋭くして怪物を貫こうとする。────だが、怪物は的確にしなやかな身のこなしで全てを躱しきり、標的をルイーズに変えた。
「バッキャロウ、ルイーズ! 儂が相手してんだ、下がってろ!」
「うるせえ、脳筋! 一人でやってたら死ぬだろがヨォ!」
造られた土の壁を力強い拳が容易く壊す。あわや一撃といったところで、飛び込んだギデオンが腕を斬り飛ばし、ルイーズを抱えて転がった。
「まったく。喧嘩をしている場合か、あれは獲物じゃないんだ」
「おいおい、儂のせいかよ。しっかり押さえてただろうが」
「ちゃんと見てねェのカ? アイツ、てめえの動き見切り始めてたゾ」
「知るかよ! 儂がその程度で後れを取るわきゃねえっての!」
態勢を整え、言い争っていても互いの動きに合わせようとする。怪物はときどき動きが鈍くなる。その隙が、今の状況を生んでいる。冷静に対処すれば必ず自分たちでも多少はどうにかなる────そう踏んだ直後だった。
『みきりはじて……みき、てめえのうごき、わしのせい? わしのせい』
頻りにブツブツと言葉を繰り返していたかと思うと、途端に沈黙する。ほんの数秒の硬直。様子を見ていた三人にぐらりと顔を向けて────。
『あァ、これが言語……! 分かル、分かるゥ』
皆がゾッとした。理解の範疇を超えた怪物の学習性と悍ましさに、動揺が湧く。僅かな隙が生まれるには十分で、怪物が瞬間的に視界から消えたとき、咄嗟に防御の構えを取ったが、ロベルタの動きが間に合わなかった。
「ぐえ……っ……!」
大剣は盾の代わりにするにも予備動作が長い。ギデオンやルイーズとは違う、破壊力に特化した戦術ゆえの鈍化。ほんの一瞬の行動の遅れが致命的だった。
「ロベ……ッ! ギデオン、何しやがル!?」
ぐいっと引っ張られてルイーズが吼えた。怪物はケタケタ笑いながら、遠く転がって木に叩きつけられたロベルタをゆっくり追い詰めていく。早く助けなければ死んでしまう。殺されてしまう。
だが、ギデオンは冷静だった。慌てるどころか、頭の中はクリアだ。
「急いでロベルタを助けていたらこっちが殺される。不用意に近づくな、タイミングを窺ってこちらへ陽動するんだ。お前なら奴の注意を引いても、そう簡単には死なない。不老不死の人間はこういうときに使い道がある。違うか?」
道具のように扱われれば、ルイーズとてキレて当然。だが、この場においてはそれこそ適した言葉だと言わざるを得ない。ニヤリと笑って相棒を讃えた。
「サイコーにイカレてんナ! いいゼ、そう来ないとナ!」
判断は即決。行動は即座に。ギデオンが遠く円を描くように回り込むために、ルイーズは怪物から距離を取りながら、振り向きもしない背中に向かって樹木の根を伸ばす。拘束できれば良し。そうでなくとも意識を自分に向けられれば問題ない。こっちら来いと呼びかけるように奇襲を仕掛けて────。
「はっ……。ウソだロ、オイ」
樹木が、全て、壊された。ばらばらに散って、怪物が振り返った。
「成長してやがル。経験を経て明らかに強くなってル……」
瞬きよりも速く拳が顔面を捉えた。頭は形が残らない。蹴り飛ばされた体に穴が開き、鈍い音と共に地面を転がった。だが、それでも死なない。死ねない。ルイーズは肉体を再生させる。いまさら見せたところで怪物も同じ回復力があるのなら遠慮は必要ない。今まで以上に再生の速度をあげた。
「(見たとこロ、アタシと同じだけノ再生力はあル。でも、それ以上にはなってナイ。ってことは、見たものを見たまま同じに再現スルのが関の山ダ。会話はアタシらがやってるから理解したにすぎナイシ、再生力に関しテモ、これがアタシの不老不死が由来でアルってコトまでは再現できネェんだロ。だったら────)」
折れて逆に回った足が前を向く。穴の開いた腹が塞がり、身体にべったりとついた血は内側へと帰って行った。もう一度、雪の感触をしっかり確かめる。自分は大地に立っている。紛れもなく。痛みは伴う。苦しみが襲う。それでもなお、砕けない。何度だって倒れてきた。何度だって立ちあがってきた。
「負けるわけにゃあいかねェんダ……。誰も死なせねェヨ」
自分に出来ることの最大限。ギデオンの言う通り、死なないことこそが、今の自分が最も高い期待を寄せられている。ならばやるしかない。たとえ幾度の死を経験しようと、その度に復活すればいい。強い信念が、そこにはあった。
「────さあ、もっと来ナ。アタシがどこまでも遊んでやル」




