第43話『発生源』
ただでさえ、フレアの失ったものは大きすぎる。最愛の両親を失った挙句に、戦場で仲間が死ぬかもしれない状況で、目の当たりにする冷たい現実には耐えられないのではないかと心配だった。だから帰らせたかった。ロベルタは嫌な態度を取ってでも戦場を遠ざけてやりたいと願った。そうはならないと分かっていても。
「悪いが撤退の意思はない。もう十分に地獄は見てきた」
「……そうかい。お手上げだねぇ、儂の言うことも聞かなくなっちまって」
「ふふ、すまないな。お前を煩わせるつもりはなかったのだが」
元々から頑固なところがある。だからロベルタはそれほど気にしていない。
「わかったよ、もう儂も何も言わねぇさ。それで、オルキヌス騎士団が雁首揃えて戦場にお目見えとは、いったいどんな話を持って来たんだい?」
届けられた書簡には何も書いていなかった。ただ訪れる報せだけが届き、今日を待っていた。どうせこうなるだろう、とはなんとなく予想したことだ。念のため帰らせようとしてみたが、上手くいかなかったので諦めて話を促す。
「うむ、それなのだが」
切り出すときっと怒って反対されるだろうな、とどきどきしながら、フレアは今回の遠征についてをロベルタに伝えた。魔物の発生源を突き止めて完全に消滅させるか、増加を食い止めて北部の安定化を図ることがおおまかな目的だ。
「────魔物殲滅戦ねぇ。なるほど、悪くない案だよ。お前もそう思うだろ、バーソロミュー? 儂らと違って、お前は随分と奥地まで単独で入ったろ?」
ぎくりとしてバーソロミューが眼鏡をそっと押し上げながら視線を逸らす。
「そりゃ、まあ、うん。だけど大して進めてねぇよ。魔物が多過ぎて俺だけじゃ狩り尽くせない。連中を刺激して連れ帰っても悪いと思ってのことさ」
許可なく単独行動は禁止されているはずだが、と明らかにギラついた視線が幾つか飛んできて冷や汗が滲む。バーソロミューは溜息を吐き、話を続けた。
「魔物の発生源はクリスタルだ。おそらくテレポーターのような役割があって、異界から連中を呼び寄せてる。発生理由は分からんが、隙を窺ってひとつをぶっ壊したところ、その一帯は魔物がいなくなった。観測した限りでは二個ほどで、そのあたりは魔物の数がぶっちぎりで多かったから撤退した……ってわけだ。おそらく、クリスタルの数はもっと多いはずだが、どうする?」
調査は単独だったからこそできたことで、人数が集まれば必ずどこで誰かが魔物に引っ掛かり、騒ぎは起きてしまう。大所帯はもってのほかだ。フレアは少し考えてから「二人一組で行動するのはどうだろうか」と提案する。
少人数かつ進行方向をそれぞれ分けて、調査及びクリスタルの破壊を行い、指定した時間の経過後に、魔法を使って空に信号弾を打つ。危険時は炎を撃って救援が来るまで時間を稼ぐ。クリスタルの破壊が成功した場合には雷を空に向けて放ったのち、野営地へ撤退。誰と組むかは個々の判断になった。
最も地理を把握しているのはバーソロミュー、次いでロベルタになる。フレアの安全は最優先として、戦闘能力の高いバーソロミューがフレアと組んだ。
「作戦行動はすぐに開始する。もたもたしていると、魔物がやってきてこちらの体力を削られるだろう。温存は考えず速攻を目指す。それでいいな?」
皆、異存はない。これまで煮え湯を飲まされてきた魔物たちとの戦いを大きく動かす最も危険で最も最良の一手。魔物の数が抑えられた今が好機だ。
野営地で待機するのはシルヴィとブリジットの二人。他の面々が続々と出発して、最後にフレアとバーソロミューのペアが出発する。
「あの、皇帝陛下」
呼び止めたシルヴィの不安そうな表情に微笑んで返す。
「怖がらなくていい。此処には魔物は来ない。皆が戦いには慣れている」
「そうではなくて……。私たちは此処で待つことしかできなくて……すみません。同じオルキヌスの騎士でありながら、皆様のように戦うこともできないなんて」
所詮はただの侍女だ。剣を持ったこともなければ、戦場を目の当たりにしたこともない。指をくわえて待つだけの自分が嫌になりそうだった。
「スープでも作って待っていてくれるか。帰って来たときには疲れているだろうし、この寒さだと温かいものが欲しくなる。お前たちにしか頼めないことだよ。ここの男連中は、モノがあっても作るのは潰した芋ばかりで食欲が失せる」
ぽんぽん、と肩を叩いて背を向け、羽織りをなびかせながら森へ進む。仲間たちを信じて、自分なりの正解を導き、目指す世界を手に入れるために。
「なあなあ、陛下。俺と組んで良かったの? ギデオンの方が好みだろ?」
「公私混同はしない主義だ。ギデオンはルイーズとの連携が一番慣れているから、あの二人を組ませていれば安心できる。お前こそアルテアと組みたかったのではないか。もう三回もプロポーズしてると聞いてるが」
嫌な話だな、とバーソロミューが遠くを見つめた。
「ありゃダメだ。他に好きな男がいるみたいだからよ」
「ははは、それは残念だったな。では、その鬱憤でも晴らしに行こうか」
「賛成。ちょうど魔物を殴り足りないと思ってたところなんだ」




