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悪女皇帝は返り咲く  作者: 智慧砂猫


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第42話『北部結集』

◇◇◇




 北部・城塞都市『マルス』。魔界戦線のすぐ傍にある都市は殆どが兵士とその家族で構成され、多くは戦場へ出払っている。ときどき魔物の侵入はあるが、負傷者は出ても死者はいない。最前線で戦う部隊のおかげだ。


「バーソロミュー! そっち行ったぞ!」


 肩まである真っ黒の髪を縛った眼帯の女が、高い背丈さえも小さく見えるほどの大剣を振り回して、魔物たちを追い詰めていく。いくら獣といえど生存本能は強く、明らかに異質で勝ち目がないと分かると魔物たちも逃げ出すのだ。


 それを逃げた先で待ち受けるのが、大男のバーソロミュー。眼鏡を掛けて穏やかそうな表情をしているが、その肉体は細く見えるだけの磨き上げられた筋肉の鎧を纏っており、雪の降り積もった土地でなお上半身が裸で汗を掻いている。


 オールバックの髪を両手でサッと撫でると、走ってきた魔物たちを容易く殴り殺してしまう。たとえ大きな魔物でも、バーソロミューの拳は肉体を骨ごとばらばらに吹き飛ばす。異常なまでの発達した鋼の身体が圧倒的な強さを誇った。


「ナイスだ、バーソロミュー。こいつら逃げ足が速いから、儂だけじゃあ追い付けん。お前みたいな身軽がいると相変わらず手間が省ける」


「そのバカデカい得物を使ってるからだろ? 腰いわすぜ、ババア」


 ニヤニヤしながら、眼鏡をくいっと人差し指で持ちあげる。バーソロミューの軽口に、ロベルタは怒りもせずゲラゲラと笑った。


「デカいのはコイツだけじゃないさね」


 そう言って自分の大きな胸を片手で掴んで持ち上げながら、バーソロミューの股座に目を向けて「お前の小さいのとは違う」と馬鹿にする。


 途端に、眼鏡に光を反射させて表情を隠す。


「俺と此処で殺し合いたいのか、バーさん。四十にもなって若作りしやがって」


「くひっ。この首欲しけりゃくれてやる。その前に帰って酒だ! 今日の様子だと、夜までは魔物も前線には出張ってくるまい。野営地に戻るぞ!」


 ちっとも罵倒の響かないロベルタにバーソロミューは肩を竦めた。


「やれやれ、歳を重ねると無敵だな」


「お互い様だろ。儂もお前には手を焼いてる。似た者同士さ」


「……ま、言えてる。でなきゃ戦場で肩は並べられん」


 戦場での付き合いは長い。元々、戦場ではロベルタの方が歴戦で、バーソロミューは教えを受けていた立場だ。あっという間に格は並んだが、今でも本気でやり合えば分が悪いことはバーソロミューも認めている。


「そういや、ロベルタ。今日じゃねえのか、陛下が遊びに来るって」


「阿呆。戦場は遊び場じゃねえよ。儂らの手伝いに来て下さるそうだ」


「だけどよ。飲んだくれてた頃から変わったなんて信じられるか?」


 呆れて言葉も出てこないほどフレアが殻の中に閉じこもって酒に浸る毎日だったからこそ、そんな姿を忘れるために戦場に没頭した。自分たちが敬愛した皇帝の姿はどこにもない、二度と帰ってくることはない、と。


 バーソロミューは今でも信じられない。あれほど苦しんで酒に逃げた人間が、ある日突然、別人のように元通りになれるものか? 人間はそれほど簡単に気が変わる生き物だっただろうか?


 ロベルタはそんな彼の深い思考に気付きながら、へらへらと返す。


「んなこともあるだろうさ。儂らの知識と経験が絶対ではない。あれの問題は戦の常識では賄えん。その代わり、適する理由があれば塞がりもする傷だ。信じるも信じないも、この目で見たものが全てよ。儂はそう思ってるぜ」


「だといいんだがね。俺の期待を上回ってくれないと困るよ」


 拭えない疑いを抱いているのはロベルタも同じだ。そう思わなければやってられないほど、最後に見たフレアはあまりにも痛ましかった。


 しかし、野営地に戻ってすぐ、部下が走って来て「皇帝陛下とオルキヌス騎士団の方々がいらっしゃっています」と報告を受けて、二人の足は急いだ。本当に来たのか。だとしたら、以前とどう変わったのか。確かめたかった。


 焚火の傍に置いた丸太に腰掛けて、フレアが横目に視線を合わす。


「やはり北部はよく冷える。お前たちは寒さに強いな、慣れているのか?」


 フレアの周りには忠誠を誓ったオルキヌス騎士団の面々がいる。新たに加わった仲間のシルヴィとブリジットを見て、目を細めた。


「侍女を仲間に加えたのですかいのう、皇帝陛下。力なきものがオルキヌスに加わるなんぞ、儂には到底理解のできん行いですが?」


「どうかな。お前が私の世話をしてくれるようには見えないのだが」


 意外にも強く返して来る、とロベルタは試すように続けた。


「儂が世話をすまいとも、御自身で何でも出来ますでしょうに。まさか、酒浸りの日々が続いて足下がおぼつきませんか。なんとも貧弱になられたものだ」


 今にもギデオンやクライドが剣を抜くぞと思っていたが、二人は気にも留めていない。平静そのもので、代わりにフレアが立ちあがって腰の剣に手を掛けた。


「試してみるか。お前たちこそ、手を抜いた仕事をして腕が鈍っているだろう。何か月も首都に顔を見せないとは、オルキヌスの騎士が呆れたものだ」


 眉間にしわを寄せたロベルタが大剣を握る手に力が籠ると、空気を読んで仕方なさそうにバーソロミューが割って入った。


「おい、待てよ。皇帝陛下、そりゃ俺たちに失礼なんじゃない? 北部の魔物共が活発化してるのは知ってるだろ。簡単な問題じゃねえのさ」


「まったくだ、偉そうにふんぞり返りやがってのう。儂らを馬鹿にしてやがる」


 大剣をぶんと振って切っ先をフレアに向ける。


「儂は他の連中みたいに甘やかしてガキを育てる趣味はねぇ。いくら皇帝といえども、酒浸りでまともに働きもできなかった奴が儂を愚弄するな」


「相変わらず血の気の多い。だが愚弄もするさ」


────瞬きはしなかったはずだ。それでもロベルタの前には、既にフレアが剣を抜いて立っていて、首にあてがわれた剣が皮膚を僅かに裂いた。


「自分を甘やかしてきたようだな、ロベルタ。私の動きが見えないのか」


「……こりゃあ驚いた。本当に戻ってきちまったのかい、こんな場所に」


 差し向けた殺気をひっこめて、ロベルタが悲しそうな表情を浮かべた。


「馬鹿な娘だよ。てめえの親が死んじまったってのに、家族が死ぬかもしれねえところに足を運ぶなんざ。……帰んな、ここは儂らの地獄だ」

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