第44話『救援信号』
二人は魔界戦線の奥地へ進んでいく。バーソロミューが前を歩き、いくつか確認済みのクリスタルの位置までフレアを案内する。道中にも魔物はいたが、数は少なく、大きさはさほどでもない。
一ヶ月前に『北部への視察があるので準備を怠らないように』というギデオンからの通達により、ロベルタとバーソロミューは兵士を総動員して、これまでは抑えることに徹していた魔物討伐にも本腰を入れていた。おかげで魔物の攻勢はマシになったが、大型の魔物となると話は変わってくる。
徐々に、緊張に彩られた空気が漂い始めた。
「あったぜ、陛下。あれが魔界戦線にあるクリスタル。魔物の発生源だ」
バーソロミューが指差す先には、赤黒く染まって輝くクリスタルがある。ときどき強く発光すると、光の中から魔物たちが現れた。数も大きさも、種類に至るまでパターンがあるわけではなく、ときどきによって変わる。しばらく観察して、構成のランダム性が分かるとフレアは剣を手に取った。
「特に魔物を召喚する以外に機能はないようだ。もう壊そうか」
「観察を続けても無駄っぽいな。数が増えちまうくらいならそれがいい」
先んじてフレアが踏み出さないように、そっと手で制す。
「俺が吶喊する。魔物共を誘導してからクリスタルが召喚しないうちに壊してくれ。あんたに傷でもつけたら、ギデオンに腕を切り落とされちまう」
「ははっ、それは怖いな。では指示に従うとしようか」
笑って流したものの、ギデオンなら本当にやりかねないな、と少し引き攣った。元のフレアに心酔しているとばかり思っていたが、既に今の自分はフレアと同一視されているらしく、接し方はむしろ積極的だ。バーソロミューが『あいつは絶対にやる』と言えば、そのとおりにやるだろう。フレアは背筋がひやりとした。
「来い、魔物共! 俺が相手してやる! こっちだ、来やがれ!」
大型の魔物が何匹いても、バーソロミューは微塵も恐怖心を感じずに突っ込んでいく。一気に注意を引き付けてクリスタルから距離を取らせた。
好機はすぐにやってきた。ほんの二、三分を待った後にフレアは周辺に魔物の気配が減ったタイミングで木の陰から飛び出した。クリスタルの破壊は人間を殺すよりもずっと気が楽で、戸惑いも躊躇もない。剣が触れた瞬間にクリスタルがバラバラに砕け散り、僅かな輝きを残す破片が散らばった。
「上手くいったな。よし、バーソロミューを手伝いに────」
どん、と花火でも打ちあがったような大きな音がする。聞こえた方へ視線を向けると空で炎の塊が弾ける。方角はギデオンとルイーズの向かった場所だ。
「(救援信号……馬鹿な、あの二人が!?)」
すぐ近くではバーソロミューも命懸けで戦っている。鼓動がバクバクと加速していく。何を選択すれば正しいのかが見えて来ず、不安が募った。
「何やってんだ、陛下!? 救援信号が見えただろ!」
「バーソロミュー。大型の魔物はどうした?」
ほんの僅かな冷静さが戻ってくる。状況整理をしようと呼吸を整えた。
「こっちは北部で毎日戦ってんだ、あの程度はどうってことねえ。だが、ちっと数が多いみたいで、向かってきてやがる。ここで軽く時間稼ぎしてるから先に行け。あのペアが救援なんざ普通じゃねえぞ」
それはそうだ、と頷く。ギデオンは戦闘向きとは言い難いが、ルイーズはオルキヌス騎士団でも魔法使いとして規格外の戦闘能力を誇る。北部で鍛えられている歴戦のロベルタやバーソロミューをして、戦えば負けると思う相手なのだ。
「わかった。此処はお前に任せる。無理はせず、私の気配が遠のいたら魔物を誘導したのちに退却しろ。そのまま野営地に戻って防衛と撤退の準備を」
「了解。頼んだぜ、陛下。家族が死体になるのはゴメンだ」
軽めにハイタッチをしてから、フレアは全力で駆け抜けた。雪に足を取られて最高速度は出せないまでも、人間としては考えられないほど身軽だ。救援の信号があった方角へまっすぐ走り続け、その道中でアールとアルテアに合流する。
「二人共無事だったか!」
「ウッス、陛下! こっちは大して問題ないぜ。そっちも救援信号を?」
「ああ。魔物の数が多いからバーソロミューが足止めに」
「ではボクがバーソロミューの救援に向かおう。アールほどには役立てない」
アルテアは肩が裂けて、片腕が上手く動かない状態だった。ルイーズが危険な状況にあるような場所で役立てるとは思えなかった。
「いや、お前は野営地に戻れ。バーソロミューにも防衛と撤退の準備を命じている。お前も手当を受けたら退却の手筈を整えろ」
「……そうだね、それがいい。後はアールに託す」
アールとアルテアは拳をごつんとぶつけあう。
「任せな。陛下には掠り傷ひとつ付けさせねえよ」
「ああ。キミのおかげでボクも命拾いしている。そこは疑ってない」
剣を収めたアルテアは胸に手を当てて小さくお辞儀をしてから────。
「それでは野営地でお待ちしております、皇帝陛下。どうかご武運を」




