第8章 - 無の味
お読みいただきありがとうございます!白石ソラです。
前回の更新では存在度が少しずつ上がり、ようやく幽霊としての生活に慣れてきた主人公。
第8章では、天界の日常の中で『ある深刻な大事件』が発生します。ピイの可愛い大暴走と、主人公の身体に起きる新しい変化にぜひご注目ください!
食堂で事件が起きた。
天界戦争みたいな大事件じゃない。もっと深刻な事件だ。食べ物。
天界の食堂は俺みたいな者には奇妙な場所だった。天使たちには普通だ。長いテーブル、トレイ、器。俺にはほぼ拷問。
だって食べられない。幽霊は食べない。匂いだけ。
温かいスープの前に立って香りを感じて、味を想像して、足りたふりをして出る。足りないのに。
その日も、みんなの動きを見てるだけだった。ピイは頭の上で寝てる。生きた光輪が弱く光る。
食堂の天使がトレイを持って通り過ぎて、止まって、俺を見て、鍋を見て、また俺を見た。
「君、匂いだけだよね?」
「うん」
「触ってない?」
「ない」
ため息をついて行った。
スープを見つめる。すごくいい匂い。でも匂いは味じゃない。
その時ピイが起きた。突然。辺りを見て、俺の「ピイ?」を無視して、隣のテーブルのアンブロシアスープの器を見つめた。
跳んだ。
「ピイ!」
頭から器へダイブ。バシャッ!
大きすぎる声で叫びながらテーブルに走る。ピイは中でぷかぷか泳いで、満足そうに桃色になって、くるっと回って丸い口を開けた。ズルズルッ。スープが消えた。
桃色のままふわりと出てきて、何事もなかったように頭に戻る。ポチャッ。雫が額に落ちた。
両手で掴む。温かい。でも違う。匂いがする。触れた感触もある。でも、それだけじゃない。額をくっつけたら伝わってきた。
桃の味。蜂蜜。それから、最後に少しだけ塩気。脳が理解するのに時間がかかった。匂いじゃない。想像じゃない。味だ。
喉が詰まる。涙が流れて、透明な頬を通って口に入った。しょっぱい。
止まった。自分の涙。
…俺の。
「ピイ...しょっぱい」
「ピイ」
食堂の天使が来て、空の器とピイと俺を見た。
「君の光輪、スープ飲んだ?」
「うん」
「光輪がスープ飲むなんて初めて見たよ」
天使たちが笑う。俯いたら聞こえた。「君の光輪、面白いね」
誰も俺を笑ってない。桃色のピイが「ぷくっ」と泡を出すのを笑ってる。みんなもっと笑う。俺も。透明な笑い声が響いて、誰も突き抜けなかった。一秒空気に残った。その一瞬、消えるべきものとは感じなかった。ここにいていいと感じた。
そして表示された。
【存在度:0.30%】 【+0.02%】 【味覚獲得】
味覚。味を感じると存在が上がる。ピイを見る。「君が味をくれたんだ」
夜、寒い倉庫で桃色のままのピイが胸の上で寝た。丸窓を見る。赤い空。彼。赤い髪、俺の部屋着みたいに大きすぎるマント、こっちを見ている。
ゆっくり手を振る。ピイも目を覚まし、桃色の体をぴょこぴょこ揺らした。
一瞬、確信した。向こうも手を振っていた。小さく、ほとんど見えないくらいに。
翌日には食堂で伝説になっていた。スープを飲んだ光輪。それから俺の光輪は時々ひとりでに桃色に光る。味を思い出して。
三度目の進化だった。存在に慣れてきただけ。幽霊が、少しだけ世界に触れられるようになってきた。味を感じる幽霊。少しだけ有形に近い幽霊。
魂が彷徨う身でも、レベル0でも、一番下でも。俺はまだここにいる。
第8章 終
第8章をお読みいただき、ありがとうございました!
スープにダイブして桃色に染まるピイ、めちゃくちゃ可愛くないですか?(笑)
ピイのおかげで、主人公はついに『味覚』を獲得し、存在度が0.30%まで上昇しました。涙の味を感じるシーンは、書いていて俺自身も少し胸が熱くなりました。
少しずつ、確実に対象に触れ始めていく幽霊の物語を、これからも毎日19時に更新していきます!
「ピイが可愛い!」「味覚獲得おめでとう!」と思ってくださった方は、ぜひ下にある【ブックマークに追加】や、評価の【★】をぽちっと押して応援していただけると、執筆のモチベーションにめちゃくちゃ励みになります!
明日の第9章も同じ時刻に更新します。お楽しみに!




