第3章 - 誰もやりたがらない仕事
どんな天界にも地下がある。地獄じゃない。倉庫だ。
冗談みたいだが、天界は大きな会社と同じだ。綺麗な受付、輝く雲、スーツの天使。で、奥には裏がある。登録エラーを起こしたものを全部放り込む倉庫。欠陥光輪、折れた翼、誰にも届かなかった祈り、名前を間違えて来た魂。
第7倉庫。扉は固い。手書きの札が貼ってある。【忘れられた倉庫 - 立入禁止 - マジで】
ミカは曲がった笑顔で俺をそこに押し込んだ。
「タリエル、君なら大丈夫。存在度低いから、何かに噛まれてもあんまり痛くないし。あと、君もう半分透明だから埃もつかないよ」
酷い理由だ。100%酷い理由。でも仕事だった。
扉を押した。ギイッと鳴る。天界の光はここまで届かない。本当の暗闇だ。誰も来ない場所にしかない暗闇。古い雲の匂い、濡れた紙の匂い、忘れられた約束の匂い。隅には埃を被った雲が溜まって、灰色の綿みたいに浮いている。
箱。山積みの箱。
札を読んでいく。一つ一つが前のより酷い。
【光輪 - 点滅が止まらない - 天界てんかん注意】
【光輪 - 噛む - 注意 - 研修生3人噛まれた】
【翼 - 片方のみ - サイズG - 天使の半分にしか合わない】
【祈り - 未回答 - 1842年 - 砂漠で雨乞いして忘れられた】
種類別に。欠陥レベル別に。危険度別に。整理しろと言われた。
最初の箱を取る。止まらない光輪。俺の透明な手の中でチカチカして、指を突き抜けた。欠陥品にまで無視される。
三つ目の箱は本当に噛んだ。小さく悲鳴を上げる。存在度0.03%でも痛みは感じる。
そして奥に。小さい箱。他のより埃を被っている。色褪せた黄色い札。
【開封禁止 - 幽霊Lv0 - 廃棄待ち - 後で捨てる】
存在しないはずの胃が、キリッとした。
俺だった。
誰かが俺のために箱を作っていた。捨てるために。「後で捨てる」と書いて、忘れられた。廃棄すら忘れられた。
その前で長いこと立ち尽くした。透明な手が震える。寒さじゃない。恥ずかしさだ。怒りだ。幽霊が感じるとは知らなかった悲しみだ。
開けた。
中に書類はない。光輪もない。古い手鏡があった。持ち手は折れてテープで巻かれている。曇った鏡面。
覗き込む。
俺。透明。雲の埃で汚れた白い髪。大きすぎる部屋着。翼なし。光輪なし。輪郭さえ曖昧な顔。本当に幽霊。Lv0そのもの。
目を閉じた。見たくなかった。
もう一度開けた時、一秒だけ。一秒だけ違った。
俺じゃない俺。
後ろ姿。一枚だけの翼。白い。小さい。濡れていて、生まれたばかりみたいに産毛が張り付いている。でも翼だ。背中に。綺麗だ。弱く光って、曲がっているけど、俺のだ。
存在しないはずの心臓が音を立てた。
鏡はヒビ割れた。パッ。俺の手の中で割れて、埃まみれの床に破片が散らばった。
そしてステータスが光った。今までで一番強く。
【スキル獲得:魂の残響 Lv1 - 誰にも聞こえなくても、泣けば音になる。効果:君の悲しみは、同じく忘れられた者にだけ聞こえる音になる】
役に立つか分からない。強いか分からない。でも初めての、本当のスキルだ。無視されて得たんじゃない。自分を見て得た。一秒だけ、翼のある自分を見て。
倉庫の奥で、誰かがいびきをかいた。
また心臓が止まるかと思った。
古い天使だった。折れた翼の山をベッドにして寝ている。長い白髭、潰れた麦わら帽子みたいな光輪、大きいけど継ぎ接ぎだらけの翼。レベル200。定年退職。雲のワインの匂いがする。
片目を開ける。
「君か……幽霊?ここは忘れられた倉庫だよ。君みたいなバグはよく来る。でもすぐ消える。存在が持たないからね」
「消えたくない」
彼は起き上がった。髭を掻く。
「なら存在しなさい。簡単だ。呼ばれなさい。忘れられるな。天界の唯一の仕事だよ。神様だって忘れられたら消えるんだ。最近神様見たかい?見てないだろう。みんな本当は覚えてないんだ。怖いから祈ってるだけ」
彼は鏡の破片を指差した。
「見たのかい?一枚翼の君を」
「見た」
「未来かもしれない。過去かもしれない。倉庫の鏡は捨てられた可能性を映すんだ。ここにあるのは全部、天界が面倒だから捨てた可能性だ。君の一枚翼の可能性は捨てられた。でもここにある。ここにあるなら、戻って来られる」
箱を閉めた。でも破片を一つ、部屋着のポケットに入れた。小さい。透明な手を少し切ったけど、握った。
一枚翼の俺。忘れない。
ステータスを見た。
【存在度:0.08%】
上がった。屈辱じゃない。自分を見たから。
倉庫を出る時、汚れた丸窓を通り過ぎた。天界の外が見える。ずっと遠く、赤い空。地獄。溶岩。煙。
そしてまた。赤い光。昨日より近い。赤い髪の誰か、同じく大きすぎるマントを着て、こっちを見ている。彼も倉庫の窓から?彼にも倉庫があるのか?
ポケットの破片を握りしめた。痛い。でも良い痛み。存在してる痛みだ。
まだここにいる。一枚翼の俺を映した鏡の破片と一緒に。いつか生える翼の破片と一緒に。
そしていつか、誰かにタリエルと呼ばれるまで。
第3話をお読みいただき、ありがとうございました。
これにて、プロローグから始まる【スタートダッシュ公開】の全4エピソードがすべて揃いました。ここからタリエルの『存在』を賭けた本格的な日々が幕を開けます。
明日からは、宣言通り【毎日19時】に1話ずつ、次のエピソードを更新してまいります。
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明日の第4話「初めての屈辱 - 食堂の洗礼」でお会いしましょう。よろしくお願いいたします。




