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第1話 透明な初日 - 誰にも見えない、存在度0.01%の俺

第1話 透明な初日 - 削除されなかったバグ


目が覚めたのは、誰かが俺を消し忘れたからだった。


光はなかった。痛みもなかった。ただ、床のない場所をずっと落ちている感覚だけがあった。


顔に触れようとして、手が顔をすり抜けた。俺は透明だった。薄い霧でできていた。


天国は、ハープの音がするはずだった。でも、ここは事務所の匂いがした。紙と、濡れた雲と、冷めた天使のコーヒー。遠くで、誰かが「雲の納品が遅れてる!」と叫んでいた。天国は、残業の匂いがした。白い壁は、安い石膏ボードの継ぎ目が見えていた。


インターンの天使が通りかかった。後光が不安定にチカチカしている。


「君、意識があるはずないよ。レベルゼロだよ。幽霊は天国に来ないんだ」


目の前に、半透明のステータスが浮かんでいた。壊れたエクセルのようにチカチカしている。


> 名前:タリエル | 種族:■■■■■■■■

> レベル:0 | 昇天度:0.0000001% | 存在度:0.01%

> 後光:なし | 翼:なし

> 存在度が0%になると、消滅します。


「名前は?」


「タリエル……だと思う」


遠くで、誰かがそう呼んでいる気がしたから。忘れられたくない、という願いだけで、形を保っていた。


机に置いてあったアンブロシアのリンゴを取ろうとした。手がすり抜けて、リンゴが落ちた。インターンが泣きそうになった。


「弁償……俺の給料から引かれる……」


笑おうとした。透明な幽霊が笑うと、怖い。だから、ただそこにいた。


【残留存在】はまだなかった。俺は、消えるはずなのに消えないだけだった。


誰も座りたがらない椅子があった。足が一本短い椅子。座ろうとした。すり抜けて、尻もちをついた。


「ごめん、それ幽霊用の椅子じゃないから」


「幽霊用の椅子ってあるの?」


「ないよ。幽霊は天国にいるはずないから」


わかった。俺はエラーだった。死んで、光の中に行ったのに、光の中のノイズになった。雲の床が、俺の足をすり抜ける。誰も俺を見ない。透明だからじゃない。存在が少なすぎて、認識されないからだ。


唯一俺を見たのは、清掃員の天使だった。レベル12。


「君、幽霊? 珍しいね。俺は12。君は?」


「0」


「……がんばれ」


天国に夜はない。でも節電のために、光が少し暗くなる。隅で丸くなった。消えないように、名前を繰り返した。


タリエル。タリエル。忘れられたくない。


唱えるたびに、存在度が0.0001%だけ上がった。少しだけど、俺のものだった。


遠くで、溶岩の鏡が一秒だけ光った。赤い。天国に、赤い色は存在しないはずだ。気のせいだと思った。でも胸が、少し熱くなった。


俺みたいな誰かが、世界の端にいる。


今日の仕事は、雲の端で3時間浮かんでいることだった。雲さえも俺をすり抜けた。天国は、思っていたよりずっと即席で、ずっと孤独だった。


そして俺は、その天国のバグだった。


でも、まだここにいる。消えるまで、ここにいる。


第1話をお読みいただき、ありがとうございました。


本作はすでに最終話までの構成が完全に固まっており、これより【完結まで毎日19時に必ず更新】いたします。エピソードが途切れることは絶対にありませんので、どうぞ安心してタリエルの旅路を最後まで見守っていただければ幸いです。


もし少しでもこの世界に興味を持っていただけたら、ブックマークへの追加や評価の【★】、応援ハートなどで背中を押していただけると執筆の大きな糧になります!


明日の第4話(以降、毎日19時更新)もよろしくお願いいたします。


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