第12章 - 魂の残響 I - 忘れられた物たちの音
いつも応援ありがとうございます!白石ソラです。
昨日手に入れた顔の使い方に戸惑うタリエル…新パッシブが勝手にONになって、誰も来ないの倉庫へ。
止まった懐中時計の「あと一週間だけ」と、画面をよぎる金色の尻尾のエラー…存在度1.60%→1.75%へ上がる不穏な第12話です! Xもやってます→ @Sora_no_TENKAI
翌日もまだ、顔に慣れている最中だった。
変な話だ。
「顔に慣れる」なんて。でも本当だ。前日に頬と鼻と口をもらったばかりで、今はその全部の使い方を覚えなきゃいけない。子供が転ばずに歩く練習をするみたいに。
自分の顔をもう一度触って、ちゃんとあるか確かめた。
あった。
ピイは頭の上で寝ていた。温かくて、ほのかに光っている。誰も消し忘れた小さなランタンみたいに。
髪を整えようとした。
無理だった。
半透明の髪は整わない。ただ揺れるだけ。ぼんやりと、そこにあるような、ないような。
事務の天使が廊下を通り過ぎた。俺を見て、とっくに掃除されているはずの壁のシミを見つけたみたいな顔をした。でも今回は、一秒だけ長く立ち止まってから歩き去った。
一秒長い。それだけでもう、何かだった。
廊下の向こうからミカが現れた。自分より背の高い書類の山を抱えて、ふらふらしている。
「おはよう、ニュー・フェイス」目も合わせずに言った。
「まだ慣れないな、その呼び方」
「慣れなよ。ラドゥエルがみんなに言いふらしてるんだ。『顔を感じた』ってさ。もう部署のゴシップだよ」
「部署のゴシップ?」
「第7部署まるごと。『ミランテ・ドーセで顔をもらった幽霊』だって」
彼は歩き続け、横のドアに消えながら何か叫んで、俺は廊下に一人残された。耳が次のステップなのか、ただの次のデマなのか、考えながら。
いつもの箱から立ち上がった。数歩あるく。足の下で弱く足跡が光った。強い感情のせいじゃない。ただ、歩くだけで今は少し足りるらしい。
そのとき、引っ張られるのを感じた。
前日とは違った。前日は全部が新しくて混乱していた。今日はもう分かる。これは共鳴だ。ミランテ・ドーセで画面が変わってからずっとオンになっている環境エコー。頼まなくても、天界の壁を伝う感情の残りカスを囁いてくる。
持ち主のない囁き。
忘れられたくないという気持ち。どこかから。
古い後悔。下から。踏んでいる床の三階分くらい下から。
そして一本、他より強い糸。真っ直ぐに、一直線に、ぶれずに引っ張る。
昨日なら追わなかった。昨日は好奇心で顔をしかめるための顔すらろくになかった。今日は追った。
見たことのない廊下を抜けた。天界には天使が数え切れないほどの裏廊下がある。看板のあるものもあれば、ないものがほとんどだ。一つには壁に曲がった字でこう書いてあった。「入るな、頼む」。インクは色褪せていて、もう長いこと誰も読んでいないようだった。
入った。
糸が、入れと言った。
長いギャラリーだった。棚だらけ、箱だらけ。雲の光が当たると埃が弱く光る。歪んで吊るされた看板にはこうあった。
【拾い物 ― 探し主なし】
落とし物、ではない。
拾い物で、探されない物。
誰も取りに来ない。二度と。
棚の間を歩いた。
何でもあった。片方だけのブーツ。潰れたパーティー帽子。片割れのないピアス。死んで、上って、処理されて、登録されて、保管されて、誰も返す暇がなかったから置き去りにされた、そんな人たちの物。
糸は、低い棚の一番下、奥の前で引っ張るのをやめた。そこだけ、他のどこより埃が厚かった。
そこに、ぽつんと、タグもなく、懐中時計があった。
新しい手でそれを取った。
本当の重さを初めて感じるのが変だった。今やちゃんと存在する指で。思ったより重い。いや、俺がやっと物の重さを量れるようになっただけかもしれない。
蓋には彫刻があった。ほとんど消えかけていて、読めたのは一部だけ。「……かえって……」みたいな。残りは時間が食べてしまった。
開けた。
止まっていた。針はいつかの六時何分で固まっていた。俺が生まれる前から誰もゼンマイを巻いていないみたいで、たぶん本当にそうだった。
何かが起きた。
今回は泣き声、ではなかった。
新しい共鳴を通して、一度に全部が来た。今まで感じた何よりも強く。
もう存在しない誰かの気持ち。待っている人。日を数えて、その時計を大事に持って、戻ると約束した誰かに返そうとしていた人。約束は古くなり、人は年を取り、最後に残ったのは、誰にとってももう何の意味もない時間で止まった時計だけ。でもかつては全部の意味だった時間で。
あと一週間だけ欲しかった。
その文は声もなく、口もなく、ただ俺の中に現れた。本物のエコーが現れるときみたいに。
あと一週間だけ、覚えていてほしかった。
「あと一週間」の下に、消えかけた名前があった。うまく掴めなかった。速すぎて覚えられない形で通り過ぎただけ。
誰にも数えられなくなった一生分の、大きな静けさ。
俺は震えた。今は震えるための肩があって、肩ごと震えた。
新しい両手で時計を掴んで、知らなかった力で握りしめた。
寝ていたピイが何かを感じて、もぞもぞした。
そのとき、画面が固まった。
いつもは綺麗に、金色に、控えめに出る。今回は瞬いて、震えて、一秒だけノイズになった。形が見えた気がした。尻尾。一本。それからもう一本。金色で、長くて、揺れている。天界のどこかで、本物の尻尾が俺の視界と同時に震えたみたいに。
突然、一秒にも満たない間、こう出た。
【エラー:データが見つかりません】
それから何もなくなった。画面は消えて、戻った。
自分のステータスを確認しようとした。
【存在度:……】
そこで止まった。数字が来ない。線が瞬くだけ。一本、それからもう一本。数え方を忘れたみたいに。
1、2、3……
戻った。
【存在度:1.60% → 1.75%】
なるほど。時計だ。それで数字が上がった説明はつく。
でも金色の尻尾の説明はつかない。
エラーの説明もつかない。
しばらく、止まった時計を手の中で見つめていた。
ピイはすぐにおとなしくなった。丸い体を振って、何もなかったふりをするいつものいびきに戻った。
「感じたか?」小さく聞いた。返事は期待せずに。
時計をしまった。
持って行っていいのか分からない。拾い物置き場にはきっとルールがあって、手続きがあって、書類がある。
でも誰も探しに来ない物を、誰かが運ばなきゃいけなかった。届かなかった「あと一週間」を。
俺が運ぶ。
棚の間を戻りながら、今度はちゃんと見た。どれだけの物があるかを。
棚の列、列、持ち主のない物の列。一つ一つが胸の奥で弱い糸を引っ張る。もう少しだけ時間が欲しかった人たちの低い唸り。もう一度会いたかった。また「忘れてないよ」と言ってほしかった。
天界全体が今はそう見えた。
誰も聞かなくなったエコー。俺は知らないうちに、唯一スイッチの入った耳になっていた。
一度に感じるには多すぎた。
でも変なふうに、それを感じて独りじゃないと思ったのは初めてだった。
一本の糸は、一人がかつて、思い出を残せるほどちゃんと存在した証拠だ。
覚えていることが存在の証拠なら、あの忘れられた物の倉庫は、本当はちゃんと存在した人たちの倉庫だった。
ただ、もう誰も覚えていないだけ。
時計を大事にしまった。大事にしまうことで、会ったこともないあの人のために何もできなかった分を埋められる気がして。
ギャラリーをゆっくり出た。急がずに。時計の新しい重さと、まだ使い方を覚えている最中の顔の、もっと新しい重さと一緒に。
帰り道、またミカとすれ違った。
「よお」と彼は止まらずに言った。
「ラドゥエルがさ、昼過ぎに変だったんだよ。自分の尻尾の一本が勝手に瞬いたとか言い出してさ」
「変って、どう?」
「なんか……触れられてないのに触れられた、って。本人が言ってた。『触れられずに触れられた』ってさ。意味不明なこと言って深そうにするのはあいつくらいだよ」
聞き返す前に廊下に消えた。
立ち止まった。言うべきか迷った。やめた。まだやめた。
廊下の突き当たりに、いつもの丸窓があった。両面埃まみれで、ガラスに細いひび。
そこで止まった。
ひびの向こう、遠く、すべてを隔てる青い深淵を越えて、空は赤かった。
鏡が光って、昨日と同じ赤髪のシルエットがこっちを向いた。昨日より少し速く。画面が固まったのと同時に、二つの世界の間の空気が揺れたのを感じたみたいに。
金色の尻尾だったのかは分からない。ただの偶然だったのかも分からない。
でも昨日より速く見た。
俺はこっち側で、胸の近くに止まった時計をしまって、したこともない「あと一週間」の約束を、それでも運びながら、新しい手を上げた。指は長くて、まだ少し透明な。
向こうも手を上げた。今度は確信があった。
五秒後に手を下ろして、倉庫へ歩いた。ピイは静かに、ただ覚えていたいと願った誰かのエコーが、静かに、静かに、俺のと一緒に響きながら。
第12章 終わり ― 存在度 1.75%
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タリエルの「存在確率」を巡る戦いは、ここからさらに奇妙な展開を見せていきます。
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