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第10章 - 5秒の足跡

嵐の後、第7区の空は晴れすぎていた。


歪んだ雲ひとつなく、鳥の羽ひとつなく。何もなかったみたいに。


地面だけが真実を語っていた。雲に112の穴。全部縁を齧られて、風がその中を通るたび悲しい口笛を吹いた。


入り口の札には「無事故日数:0」。その下に誰かが書いていた。「また」。


ミカが眠そうに光輪を瞬かせながら、雲の練り塊を引きずっていた。


「今日の仕事。全部塞げ。上司が昼までに区画を閉じたいんだ。上の誰かが下を見る気になる前に」


「112の穴?」


「二回数えた。二回目には一つ増えてた。雲が穴を開けられるのを気に入ってるんだと思う」


ピイは頭の上で寝ていた。


練り塊を一掴みした。


そして、残った。


指の間からこぼれなかった。


落ちなかった。


そこにあった。柔らかくて、同時になめらかで、指が第一関節まで沈んだまま。


存在度0.50%って、こういうことだ。幽霊だってバレずに練り塊を持てる。


「持ってる」とミカが囁いた。大きな声を出したら練り塊が逃げるみたいに。


「少し」


「少しでも昨日より多い」


一つ目の穴を塞いだ。二つ目。三つ目。ミカの手がどんどん白くなっていく。


その時、一歩下がった。


足の下に違う感触があった。


いつものように雲が膝まで俺を飲み込むんじゃなかった。小さな重み。無音の「トク」。地面が「ここ」って言ったみたいに。


下を見た。


足を置いた場所に、光があった。


足跡。


足とぴったり同じ大きさ。五本の指、土踏まず、かかと。白い光で、縁が震えている。ミルクの器に映った月みたいに。ゆっくり脈打っていた。生きていた。


呼吸を止めた。幽霊に呼吸はいらないけど、それでも止めた。


雲は俺の重さを一度も留めたことがない。鳥たちは俺を突き抜けた。一羽は胸の中に巣を作った。


涙は地面に届く前に消えた。死んでからの人生で、俺は何も残したことがない。跡も、匂いも、影も。


一。


無意識に数えていた。


二。


三。


四。


光が震えた。


五。


消えた。


地面はただの地面に戻った。滑らかで、白くて、無関心に。


でも見た。5秒間、世界は俺がそこを通ったことを受け入れた。


「タリエル?固まってる」


ミカが隣にいて、困ったように地面を見ていた。目の端にまだ弱い光が残っていて、雲の縁で死にかけていた。


もう証明はいらなかった。


もう一度やりたかった。


もう一歩。ゆっくり。


光がまた点いた。最初の一つ目の隣に。


もう一歩。


そしてもう一歩。


歩き始めて、それから走った。後ろでは第7区の地面に、白い足跡が一つずつ点いていった。道沿いの提灯みたいに。


一つ一つが5秒光った。


でも最後の一つが点く時、最初の一つはまだ消えていなくて。一瞬、地面全体が俺の足から伸びる光の線になった。


ミカは全部放り出した。練り塊が落ちたけど誰も気にしなかった。


「タリエル……地面が光ってる」


穴の回廊の終わりで止まった。振り返る。足跡が一つずつ消えていく。時間を数える時計みたいに。


そして泣いた。


透明な涙が顎を伝って落ちた。


最後の足跡の中に落ちた。


光が強くなった。白く、ほとんど金色に。足跡から小さくて、丸くて、湿った音が出た。ポップ。


地面に跡を残した、俺の魂の残響。


あと5秒。


「できた」と囁いた。


「ミカ……足跡を残せた」


ミカは固まった。それから笑った。半分笑いで、半分泣きだった。


「信じられない。足跡を残すなんて。足跡を残す幽霊。そんなの存在しない」


ステータスが目の前に現れた。


【魂の残響 Lv1 → Lv2】

新効果:感情を込めた足跡が白い光の足跡を残す。持続時間:5秒。

【存在度:0.50% → 0.60%】


0.60%。足跡一つが屈辱より価値があった。


その時、雲の回廊に重い足音が響いた。


光の記録板が一人で横に浮いている。疲れた二枚の翼。区画の上司。


ミカが背筋を伸ばした。速すぎて光輪が一秒だけ真っ直ぐになった。


「おはようございます、上司!区画は……ほぼ閉鎖です!」


上司は塞がれた穴を見た。落ちた練り塊。練り塊まみれのミカ。


そして地面。


俺の足はまだ動いていた。一歩だけ。試しに。


足跡が彼のブーツの三歩先に点いた。


上司は止まった。横に一歩ずれて、小さく数えた。「……四……五」


「この光は何だ?」


「知りません、上司」とミカが速すぎる声で言った。


俺のもう一歩。


もう一つの足跡。もっと遠くに。


そしてもう一つ。塞がれた穴を横切って、最後の、両手で塞いだ一番深い穴の前で止まる線になった。


上司は線を目で追った。長い沈黙。俺の肩の数センチ横を通り過ぎた。俺には気づかなかった。でも俺が残したものは見た。


「誰かがここで働いた」と呟いた。


「俺には見えない誰かが」


記録板が一人で書いた。地面を見ない人たちが読む報告書に。


【第7区に存在を確認:1(未確認)】


承認。


「区画は解放だ。よくやった、ミカ」


ブーツが回廊の角に消えた。


ミカは地面に座り込んで、一気に息を吐いた。


「足跡を見た。お前は見えなかったけど、足跡は見た。5秒間まるごと。それで承認した。お前はただ透明なだけじゃない、タリエル。透明は証拠を残さない」


ゆっくり倉庫に戻った。いつもの箱に座る。ピイが頭から降りてきて、膝の上で丸くなった。金色で、温かい。


「足跡は俺がいた証明だ」と小さく言った。「誰にも見えなくても。5秒しか持たなくても」


ポケットから鏡の破片を出した。


目覚めた日から全部思い出した。誰かが俺を消し忘れた日に。


エラーとして始まった。


コードに迷い込んだ0.01%。


名前もなく、声もなく。ただ一つの意志だけ。消えたくない。


今は名前がある。研修生が発音できる名前が。


膝の上で眠る生きた光輪。


友達。失敗仲間。天界ではほぼ同じことだ。


桃の味。しょっぱい涙。千羽の鳥を振り向かせた叫び。


そして5秒の足跡。


大したことじゃない。


存在度1000%の奴らには何でもないかもしれない。


でも俺には世界だった。


夜。ミカが箱の山にもたれて寝ている間に、試した。


一歩。足跡。


つま先立ち。


小さい足跡。足の前だけ。


跳んだ。


二つの足跡が並んだ。子供みたいに。


ピイが音で目を覚まして、すぐに理解した。膝から転がり落ちて、ぴょんぴょん跳ねた。丸くて金色で、通った跡に光の輪を残した。一つ一つが5秒。小さな「ポップ」って音がした。


倉庫全体が丸い星座の空になった。交差して、消えて、点いて。


ミカが騒ぎの中で片目を開けた。


「提灯祭りみたいだ」と呟いて、笑って、また寝た。


倉庫の奥の丸窓まで行った。ヒビの入ったガラス。掃除したことのない枠。向こうに見えるものを失うのが怖くて。


外。青い深淵の向こうに、赤い空。


溶岩の鏡がいつもの夜より強い。小さなシルエット。赤い髪。こっちを見ている。


手を上げた。振った。


窓に向かって一歩踏み出した。


白い足跡が点いた。もう一つ。もう一つ。急がず歩きながら、一歩ごとに手を振った。足跡が地面に光の軌跡を描いた。足元から窓へ、赤へと伸びる真っ直ぐな線。


誰も踏まない道。


届く前に消える道。


でも存在した。


向こうで、シルエットが動かなくなった。


それから手全体を上げた。開いて、五本の指を伸ばして。


五本の指。5秒。


ただの挨拶だったのかもしれない。でも信じることにした。


まだここにいる。足跡を残す幽霊が、まだここにいる。


第7区では、夜明け前に伝説が広まっていた。


朝、時々地面に白い足跡が現れて、5秒だけ残る。誰が通ったのか誰も知らない。そう言われていた。


でも見た者はみんな同意した。誰かがそこにいた。


足跡が言っていたのはそれだけ。「俺は強い」じゃない。「俺を見ろ」じゃない。


ただそれだけ。誰かがここにいた。


五度目の進化だった。跡を残す幽霊。


存在度0.60%。昨日より少しだけ存在する幽霊。


第10章 終 - 存在度0.60% - 最初の足跡


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第1巻 終

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【第1巻記録】

存在度:0.01% → 0.60%

進化:

- 魂の残響 Lv2(光の足跡、5秒)

- 残留存在 Lv2

- 共生光輪 Lv1(ピイ)

- 味覚(ピイ経由)

仲間:ピイ(生きた光輪)、ミカ(落ちこぼれ研修生天使)


まだここにいる。

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