表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男女比1:10の世界でネット対戦はじめました 〜貴重な男子、正体不明のトップランカーになる〜  作者: らいじんぐ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

第2話 貴重な男子、今日も在宅

 朝起きると、スマホに通知が来ていた。


『本日の在宅確認予定:10:00』


『外出予定がある場合は、行き先と帰宅予定時刻を登録してください』


 俺はベッドの上でしばらく画面を見つめ、それから通知を横に払った。


「……はいはい」


 声に出すほどのことではない。けれど、毎朝のように届くこの通知を見るたび、胸の奥に小さな重さが残る。


 男子支援制度。


 この世界で数少ない男子が、安全に生活するための仕組みだ。外出禁止ではない。ただ、遠出や大きなイベントでは、行き先や帰宅予定、緊急連絡先を登録する必要がある。


 前世で見たことのある、登山届に近い仕組みだと思う。


 それが必要な仕組みだということは、分かっている。この世界で男子は少ない。何かあってからでは遅い、という考え方も分かる。俺を困らせたくて作られた制度ではないことも、分かっている。


 それでも、前世で普通の男女比の世界にいた俺には、まだ慣れない。


 俺は布団から出て、カーテンを開けた。


 窓の外は、普通の朝だった。通学中の女子高生が数人、楽しそうに話しながら歩いている。スーツ姿の女性が駅の方へ急ぎ、近所の犬が飼い主に引かれて角を曲がっていく。


 何も特別なことはない。ただ、その普通の景色の中で、俺は少しだけ扱いが違う。


 瀬川悠真。十八歳。


 高校は卒業した。けれど、大学には進んでいない。就職もしていない。男子支援制度の補助を受けながら、在宅中心の生活をしている。


 それだけ聞けば、かなり恵まれていると思う。実際、恵まれているのだと思う。生活に困っているわけではない。誰かに悪く言われるわけでもない。むしろ、どこへ行っても気を遣われる。


 気を遣われすぎるくらいに。


 顔を洗って、簡単に朝食を済ませたところで、インターホンが鳴った。注文していた日用品だろう。


 俺は玄関へ行き、モニターを見る。配達員の女性が、箱を抱えて立っていた。


『瀬川様、お荷物です』


「はい。今開けます」


 ドアを開けると、配達員は一瞬だけ姿勢を正した。


「あ、瀬川様ですね。お荷物、少し重いので、玄関の中までお入れしましょうか?」


「大丈夫です。そこに置いてもらえれば」


「本当に大丈夫ですか? 無理なさらなくても」


「はい。ありがとうございます」


 配達員は丁寧に箱を置き、端末を操作した。


「では、こちらで配達完了になります。今日は少し暑くなるみたいなので、お気をつけください」


「ありがとうございます」


 ドアを閉める。


 玄関に置かれた箱を見下ろして、俺は小さく息を吐いた。


 ありがたい。


 たぶん、本当にありがたいことなのだと思う。配達員も、制度に関わっている人たちも、俺に嫌な思いをさせようとしているわけではない。


 ただ、普通に荷物を受け取るだけで、毎回少しだけ気を遣われる。


 それが、疲れる。


「前世だったら、普通に受け取って終わりだったんだけどな」


 独り言は、玄関の壁に吸い込まれた。


 前世では、男は珍しくなかった。朝に一人で外を歩いても、夜にゲームをしていても、荷物を受け取っても、誰かが特別に心配することはなかった。


 もちろん、前世にも危ないことはあった。でも、それは俺が男だからではなく、人間なら誰にでもある危険だった。


 この世界では違う。


 男だから、大事にされる。男だから、心配される。男だから、少しだけ周囲の声が柔らかくなる。


 それが嫌だ、とまでは言えない。けれど、俺が何をしても、最初に「男だから」が来る感じが苦手だった。


 荷物を部屋の隅へ運び、机の前に座る。モニターの横には、昨日のままゲームパッドが置いてあった。


 モンスターブレイズ。通称、モンブレ。


 俺がDazeとして潜っているネット対戦ゲームだ。


 起動する前に、Daze用のSNSアカウントを開いた。昨日の投稿には、まだ反応がついていた。


『対戦ありがとうございました。五ターン目、かなり危なかったです。』


 ただそれだけの投稿だ。それなのに、通知欄はかなり伸びている。


[昨日のレイナ戦見た]

[五ターン目ほんと何?]

[危なかったって言えるのやばい]

[Daze大会出て]

[ルミナグリフの構築知りたい]

[声だけでも聞きたい]

[男説あるってマジ?]

[Daze姉さんなのかDaze兄さんなのかだけ教えて]


「……教えないよ」


 小さく呟いて、俺は画面をスクロールした。


 Dazeの正体を知りたがる声は、前からある。年齢。性別。職業。住んでいる場所。使っているデバイス。配信しない理由。大会に出ない理由。


 みんな、知りたがる。でも、俺はほとんど答えない。


 Dazeとして投稿する文章は短くていい。丁寧で、必要最低限でいい。それくらいの距離が、ちょうど楽だった。


 コメントの中に、白峰レイナ本人の投稿が流れてきた。


『次は勝つ。あとDazeは大会出て。研究したいので』


 俺はしばらくそれを見ていた。


 レイナさんは、昨日の試合をもう確認しているのだろうか。


 五ターン目の読みは、本当にきつかった。あそこで俺がルミナグリフを残していなければ、終盤まで行けなかった。あの補助技が間に合わなければ、俺はたぶん普通に負けていた。


 勝ったからといって、楽だったわけではない。だからこそ、もう一度戦いたい気持ちも少しある。


 ただ、それは画面の向こうでの話だ。


 大会に出るとなると、まるで別の話になる。


 俺はSNSを閉じ、モンブレを起動した。タイトル画面が表示される。BGMが流れ、ロビー画面に切り替わる。


 そこには、いつもの名前があった。


 Daze。


 この名前でいる時だけ、少し呼吸がしやすい。


 ランク戦を選ぶ。マッチング開始。


 数秒後、対戦相手が見つかった。相手は最上位帯ではよく見る名前だった。配信者ではないが、ランク戦では何度か当たっている。堅実で、守りが固いタイプ。


 俺はゲームパッドを握り直した。


 男子支援アプリの通知も。宅配員の丁寧すぎる声も。外出予定の登録も。


 全部、少し遠くなる。


 画面の中にいるのは、俺ではない。


 Dazeだ。


 一ターン目。相手は守りから入った。こちらはルミナグリフを下げず、補助技を置く。


 二ターン目。相手は交代で圧をかけてきた。俺はゲージを使わず、受ける。


 三ターン目。相手が強めに攻めてくる。


 ここで守ると後が苦しくなる。だから、あえて受けた。


 体力は削れる。でも、相手のゲージも削れる。終盤に使える選択肢の数が、少しずつ変わっていく。


 派手な一撃はない。大きな逆転もない。ただ、相手が攻めたい時に攻められないようにする。逃げたい時に逃げられないようにする。最後に残る手を、一つずつ減らしていく。


 そして終盤。


 相手は交代したかったはずだ。でも、ゲージが足りない。


 ルミナグリフを残したまま、こちらの勝ち筋が間に合う。


 勝利表示。


 Daze、勝利。


「……よし」


 声は小さかった。でも、さっきまで胸に残っていた重さは、少しだけ薄れていた。


 試合後、対戦相手からゲーム内メッセージが届いた。


『対戦ありがとうございました。最後、交代できると思ってました』


 俺は少し考えてから、返信した。


『対戦ありがとうございました。六ターン目の攻めが強かったので、交代コストを残せないようにしました』


 すぐに返事が来る。


『なるほど。ルミナグリフ残すの、あそこで間に合うんですね』


『かなりぎりぎりでした』


『参考になります。またお願いします』


『こちらこそ、お願いします』


 それだけのやり取りだった。


 名前も知らない。顔も知らない。相手が俺を男だと思っているかどうかも分からない。


 けれど、そこには余計な気遣いがなかった。


 勝ち筋の話だけだった。ゲージの話だけだった。ルミナグリフの話だけだった。


「……こういうのでいいんだよな」


 俺は背もたれに体を預けた。


 現実の俺は、瀬川悠真だ。


 貴重な男子。支援対象。安全確認の必要な存在。


 でも、モンブレの画面の中では、Dazeだ。


 勝てば勝ち。負ければ負け。


 その単純さに、救われている。


 昼前になって、スマホがまた震えた。男子支援アプリからの通知だった。


『今週末の外出予定はありますか?』


 俺は何となく、通知を開いた。


 外出予定の登録画面が表示される。近所の買い物なら、行き先と帰宅予定だけでいい。


 けれど、画面を少し下へ送ると、別の項目が出てきた。


『遠出・宿泊・大規模イベントに参加する場合』


 その項目を開くと、登録内容が一気に増えた。


 目的地。主催者名。同行者の有無。帰宅予定時刻。緊急連絡先。現地での連絡可能時間。主催者への男子参加者通知の希望。


 その下には、注意書きが並んでいた。


『参加者数の多いイベントでは、主催者側の導線確認が必要になる場合があります』


『男性参加者向け控室の有無を確認してください』


『帰宅予定時刻を過ぎた場合、自動確認通知が送信されます』


 別に、行くなと言われているわけではない。むしろ、行くための仕組みだ。安全に参加できるように、先に確認しておくためのもの。


 頭では分かっている。


 分かっているけれど。


「……これ、ゲーム大会でもやるんだよな」


 リアル大会。


 ネット越しではなく、選手が実際に会場へ集まって戦う大会。


 Dazeとしての名前は、そこでさらに広がるかもしれない。でも、会場へ行くのは瀬川悠真だ。


 受付で本人確認をして。男子参加者として案内されて。周りから気を遣われて。たぶん、何人かは見てくる。


 想像しただけで、指先が重くなった。


 俺は登録フォームを閉じた。


 画面には、またモンブレのロビーが映る。


 こっちなら、誰にも帰宅予定を聞かれない。誰にも、男だからと声を落とされない。


 ただ、相手のゲージを見て、次の一手を考えればいい。


 俺はゲームパッドを握った。


 もう一戦だけ。


 そう思って、ランク戦のボタンを押す。


 マッチング待機画面に、Dazeの名前が表示される。


 その名前は、今日も少しずつ広がっていく。


 正体不明のトップランカー。


 大会に出ない理由も、顔を出さない理由も、声を出さない理由も、誰も知らないまま。


 俺は画面の前で、次の相手を待った。


 そのころ、俺の知らないところで、Dazeの名前は別の場所でも流れていた。


『Dazeって、なんで大会出ないの?』


 そんなスレッドが、一つ立っていた。

たくさんの評価、ブックマーク本当にありがとうございます。


皆様のおかげでモチベーションがとてもあがります!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ