第3話 Dazeはなぜ大会に出ないのか
【モンブレ】Dazeってなんで大会出ないの?
1:名無しのブレイザー
Dazeってなんで大会出ないの?
2:名無しのブレイザー
知らん
本人に聞け
3:名無しのブレイザー
本人が出てこないから聞けないんだよ
4:名無しのブレイザー
ランクでは見るのに大会では見ない謎
5:名無しのブレイザー
昨日のレイナ戦見た?
あれで大会出ないのもったいない
6:名無しのブレイザー
Daze大会出ろ定期
7:名無しのブレイザー
上位勢って大会で結果出したら普通に稼げるからな
8:名無しのブレイザー
賞金、スポンサー、チーム勧誘、配信伸び
出ない理由の方が気になる
9:名無しのブレイザー
Dazeくらい強いなら声かかるだろ
10:名無しのブレイザー
本人配信なし、声も顔も出してない
大会にも出ない
逆に何なら出るんだ
11:名無しのブレイザー
普通に表に出たくない人でしょ
12:名無しのブレイザー
男説は?
13:名無しのブレイザー
ないない
14:名無しのブレイザー
Daze兄さんだったら界隈ひっくり返る
15:名無しのブレイザー
Daze姉さんでいいよもう
16:名無しのブレイザー
本人ほぼ何も言わないからな
17:名無しのブレイザー
ルミナグリフの話だけちょっと文章長くなるの好き
◇
そんなスレッドが、昼過ぎにはそれなりに伸びていた。
モンスターブレイズの掲示板では、ランク最上位帯の話題や構築相談、配信者の対戦感想が日々流れている。その中でも、最近Dazeの名前はよく出るようになっていた。
理由は単純だ。
強いから。
本人が配信をしているわけでもなく、素顔も声も知られていない。リアル大会への出場歴もない。それなのに、ランク最上位帯で有名プレイヤーを何度も倒している。しかも、勝ち方が妙に印象に残る。
大技で派手に倒すわけではない。
気づけば相手のゲージが足りない。気づけば交代できない。気づけば勝ち筋が消えている。
だから、Dazeの試合はその場で盛り上がるというより、後からじわじわ話題になった。
あのターン、もう逃げられなかったのか。
あの補助技、あそこで効いていたのか。
あの交代を誘われた時点で、もう終盤が苦しかったのか。
そういう話が、対戦後に増える。
モンブレのリアル大会は、ただの腕試しではない。
結果を出せば賞金が入る。スポンサーがつくこともある。プロチームや事務所から声がかかることもある。配信をしているプレイヤーなら、そこから一気に視聴者が増える。
上位勢にとって、大会は実力を証明する場であり、名前を売る場でもある。
だからこそ、Dazeが大会に出ないことは不思議がられていた。
Dazeの正体についても、いろいろな説が出ている。
社会人。学生。元プロの別名義。プロチームの隠し玉。顔を出したくない女性プレイヤー。地方在住で会場に来られない人。大会の空気が苦手な人。
その中に、男説も混じる。
けれど、それはほとんど冗談として扱われていた。
この世界で、男子がネット対戦ゲームの最上位帯に長く居続けることは珍しい。男性プレイヤーがいないわけではないが、声も顔も出さず、毎日のように上位帯へ潜り、有名配信者を倒し続ける男子となると、誰も本気では想像しない。
だから、Daze男説は半分ネタだった。
あったら面白い。
でも、たぶんない。
大半の反応は、それくらいだった。
◇
「Dazeの話してる?」
白峰レイナは、配信の待機画面を開いたまま、コメント欄を見て笑った。
今日の配信は、軽めのランク戦と雑談だった。昨日のDaze戦の話題がまだ残っているらしく、コメント欄にもその名前が何度も流れている。
[Daze大会出ないの?]
[レイナから誘って]
[昨日のリベンジして]
[Dazeがリアル大会出たら見る]
[レイナ、次勝てそう?]
「勝つよ。次は勝つ。言うのは自由だからね」
[言うだけなら無料]
[昨日も言ってた]
[次は勝つ、いただきました]
[切り抜き用]
「うるさいなあ」
レイナは笑いながら、画面の端に置いたメモを開いた。そこには昨日の試合で気になったターンがいくつか書かれている。
五ターン目。
ルミナグリフの補助効果。
交代コスト。
終盤のゲージ残量。
見れば見るほど、負けた理由がはっきりしてくる。
自分の読みは当たっていた。あの一撃も通した。盤面も悪くなかった。けれど、Dazeはその先まで見ていた。
勝ったと思ったところで、もう次の手が足りなかった。
「Daze、ほんと大会出てほしいんだよね」
[Daze大会出ろ定期]
[レイナが言うと説得力ある]
[また当たりたいの?]
[リベンジ希望?]
[研究したいだけでは]
「そりゃ研究したいよ。あたし、昨日負けてるんだから」
レイナは腕を組んで、少しだけ真面目な顔になった。
「あの人、配信で見ると地味に勝つように見えるんだよ。大技どーん、逆転どーん、みたいな感じじゃないし。でも対戦してる側はずっと嫌。攻めたいところで攻められないし、逃げたいところで逃げられない。気づいたら、こっちの選択肢がなくなってる」
[分かるような分からんような]
[対戦してる人の感想だ]
[レイナがちゃんと悔しがってる]
[珍しく真面目]
[いつも真面目だろ]
「いつも真面目ですけど?」
レイナはコメントに返しながら、DazeのSNSアカウントを開いた。
投稿は少ない。昨日の対戦後の礼と、たまにルミナグリフ関連の短い反応があるくらいだ。
「ほら、こういうところ。対戦ありがとうございました、かなり危なかったです、だけ。もっと語ってくれていいのに」
[文章短い]
[丁寧]
[淡々としてる]
[ルミナグリフの時だけ少し長い]
[ルミナ愛だけ隠せてない]
「そこはかわいい」
[かわいい判定]
[Daze姉さんかわいい]
[男説は?]
「男説はもういいって。さすがにないでしょ」
レイナは軽く流した。
けれど、すぐに付け足す。
「まあ、もし本当に男の子だったら、それはそれで界隈ひっくり返るけどね。でも、あたしはまずDaze本人と大会で当たりたい。画面の向こうじゃなくて、同じ大会で。次は勝つから」
[Dazeが公式卓に座るの想像できない]
[顔出さなそう]
[声出さなそう]
[大会でも淡々と勝ちそう]
[そもそも来なさそう]
「来ないんだよなあ」
レイナは少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
「Daze、聞いてたら大会出て。いや聞いてないと思うけど。出て。あたしが勝つから」
[聞いてないだろうな]
[Daze本人、配信見てなさそう]
[大会出ろDaze]
[次こそレイナ勝って]
コメント欄は笑い混じりに盛り上がる。
Dazeが大会に出る。
そんなことは、まだ誰も本気で起きると思っていなかった。
◇
黒宮ランは、レイナの配信をリアルタイムでは見ていなかった。
黒宮ラン。
公式大会で何度も上位に入っている、大会常連のプレイヤーだ。口数は少なく、配信で派手に騒ぐタイプでもない。けれど、対戦相手の構築や癖を読む力は、上位勢の中でもよく知られていた。
彼女が見ていたのは、切り抜かれた動画でもない。昨日のレイナ対Dazeのリプレイデータだった。
部屋は静かだった。机の上にはノート、ペン、予備のゲームパッド。モニターには、三ターン目の盤面が止まっている。
ほかの人間がDazeの正体を話している間、ランだけは、三ターン目の補助技を見ていた。
ランは黙って、巻き戻した。
三ターン目。
ルミナグリフの補助技。
もう一度、再生。
五ターン目。
レイナの読みが通る。Dazeの盤面が削れる。
もう一度、巻き戻し。
「……そこ、切らないんだ」
ランは小さく呟いた。
普通なら、Dazeはここでルミナグリフを下げる。残す価値はあるが、落とされれば終盤が細くなる。ゲージを使ってでも守る選択は十分にある。
だが、Dazeは残した。
それどころか、防御にも回さなかった。
ランはノートに短く書く。
『ルミナ残し。守らない。交代制限を優先』
また再生する。
レイナがブレイズ技を切る。
Dazeの小さな光の技が入る。
控えモンスターのアイコンに、光の輪がかかる。
その瞬間、レイナの選択肢が消える。
ランは画面を止めた。
「……違う。最初から残すつもりだった」
レイナが勝ったと思った場面。
コメント欄が盛り上がった場面。
そこは、Dazeにとってゴールではなかった。もっと前から、そこにレイナを誘導していた。
大会に出ないのに、ランクでは何度も上位勢を倒す。ルミナグリフという扱いにくいモンスターを使い、勝ち筋を細く残し続ける。構築も、ゲージの切り方も、終盤への入り方も独特だった。
ランはDazeのSNSを開いた。
投稿は少ない。
『対戦ありがとうございました。五ターン目、かなり危なかったです。』
それだけ。
ランはその短い文章を、しばらく見ていた。
「危なかった、は本当」
Dazeはたぶん、勝った試合を安全だったとは思っていない。勝ち筋が細かったことも、レイナが別の選択をできたことも分かっている。
だから、危なかったと書く。
煽りではない。謙遜でもない。盤面の感想として、たぶん本当にそう思っている。
ランは掲示板のスレも開いた。
画面には、Dazeの正体予想が並んでいる。
社会人。学生。元プロ。顔出ししたくない女性プレイヤー。地方勢。男説。
大半の書き込みは、男説を笑って流していた。
ランも、最初は流そうとした。
「男、は……ない」
この世界で、男子がこれほど長くランク最上位帯に潜り続けるのは珍しい。リアル大会に出ない理由としては成立するかもしれないが、逆に普段の活動時間や対戦数が不自然になる。
ただ、完全に消す理由にもならなかった。
本人配信をしない。
声も出さない。
顔も出さない。
リアル大会に出ない。
それだけなら、表に出たくない女性プレイヤーでも説明できる。
でも、Dazeの徹底した距離の取り方は少し引っかかる。SNSでの反応はほとんどなく、必要な礼だけを返す。なのに、ルミナグリフのことになると、ほんの少しだけ温度が上がる。
ランはノートの端に、小さく書いた。
『男説:低い。ただし保留』
自分でも、何を書いているのかと思った。
性別など、本来はどうでもいい。
ランが知りたいのは、Dazeの次の一手だ。Dazeがどこでゲージを切り、どこで切らず、どのタイミングでルミナグリフを残すのか。
ただ、Dazeというプレイヤーを理解しようとすると、どうしても空白が残る。
「Daze、何者」
答えは返ってこない。
モニターの中では、ルミナグリフが白い翼を広げたまま、停止していた。
◇
俺はその日、Dazeの名前がどこでどれだけ話題になっているか、ほとんど知らなかった。
まったく見ていないわけではない。
Daze用のSNSを開けば、大会に出てほしいという声は流れてくる。レイナさんの投稿も見える。誰かが立てたスレッドのリンクも、ときどきおすすめ欄に上がってくる。
でも、全部を追う気にはなれなかった。
知れば知るほど、反応した方がいい気がしてくる。反応すれば、また次の反応が来る。そうやって距離が縮まっていくのが、少し重い。
俺はモンブレのロビー画面を開いたまま、SNSを少しだけ眺めていた。
[Daze大会出て]
[Dazeのルミナグリフ見たい]
[本人配信しないの?]
[声だけでも聞きたい]
[大会出ない理由だけ教えて]
[男説、なくはないと思ってる]
「……ないってことにしておいてほしい」
誰に言うでもなく、俺は呟いた。
Dazeとして戦うのは好きだ。
勝った試合も、負けた試合も、あとで確認するのは嫌いじゃない。相手の上手かった手を見るのも楽しい。自分の判断が甘かったところを見つけるのも、悔しいけれど嫌ではない。
でも、Dazeの外側まで見られるのは、まだ慣れない。
年齢。
性別。
顔。
声。
大会に出ない理由。
どれも、対戦には関係ないはずなのに、知らないうちに話題になっている。
俺はSNSを閉じようとして、通知欄の一つに目を止めた。
『ルミナグリフ塗装済みミニフィギュア、発送を開始しました』
「……あ」
思わず声が出た。
注文していたグッズだ。予約したのは少し前で、発送予定日を忘れていた。
通知を開くと、配送状況が表示される。
『本日発送済み』
『到着予定:明日』
画面には、商品画像も表示されていた。
白い翼を広げたルミナグリフ。淡い金色の紋様。小さな角の先まで、ちゃんと塗り分けられている。ゲーム内では扱いにくいくせに、グッズになるとやたらかわいい。
「これは……いいな」
大会に出るつもりはない。
正体を明かすつもりもない。
声を出すつもりも、顔を出すつもりもない。
でも、ルミナグリフのグッズが届くのは、少し楽しみだった。
届いたら、写真くらいは撮ろう。
そう思った時点で、たぶん少し浮かれていた。
俺は商品画像をもう一度見て、通知を閉じた。
その写真一枚で、また別のスレが立つことになるとは、この時の俺は思っていなかった。
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