手に負えない……
奏です。
はい、歌の魔法少女としてひっそり活動しております。奏です。
私たち魔法少女は、人々を守るという使命を帯びた、言うならば戦闘員ですが、命を賭けるだけの特権と報酬を得ております。
ええ、そんな俗世的な話は夢を壊すから止めろと仰られるのでしょう?
しかし実際、それがないとやってられません。
私なんかは自分から不登校なのでとくにダメージは有りませんが、それでも青春の年代を戦闘と訓練に費やすのはうら若き女子として、如何なものでしょうか。
突然何を言い出すのかといった顔ですね。
ええ、私もこんなことを思うつもりはありませんでしたよ。
理由があったとしても自分から青春を捨てた身ですしね。
でも漫画とかは読むんですよ。ラブコメとかスポーツものは特に好みですね。
また話が脱線したとツッコミを受けてしまいそうなので戻します。
つまり、何が言いたいかというと。
運動部の女子マネージャーが、ランニングをしている男子生徒の後ろを自転車で追いかけるっていう、なんか爽やかなシーンがあったなぁと思うわけですよ。
「ほらほらワンコ! もう一周だ!」
「ウァン!!」
「いや、まって、え、マジでほんとに止まって!!」
ほら、こんなふうに。
違いといえば、追いかけてる人が男子一人とワンコ(審議あり)一匹ということ。
そして、追いかける側がバイクという事でしょうか。
「おっ、やるな! もう少しスピード出すか!」
「ワン!!」
「やる気一杯だな!」
別にトロトロ走ってませんよ?
むしろ結構アクセル開けてます。
でも追いつけない不思議……ほんとに生身ですか? 彼ら。
特に彼。そう彼!
なんか土煙上げて走ってる彼!
うわ、すごい……タコメーターが四超えた……。
「くそ、カーブじゃ負けるか」
「わふん♪」
「あぁぁああぁあ! ど、ドリフトオおぉぁぁああ!!」
間一髪、間一髪でした!
なんであいつら直角カーブをバイク以上の速度で曲がり切れるんですか!
ほら見てください、通行人のお爺さんが呆然としてますよ!
てか私は何で追ってるんでしたっけ?
あ、そうでした。彼にあのことを説明するためでした。
で、呼び止めようとしたら。
「あ、まだ散歩が残ってるので」
と、あっけらかんと言って駆け抜けてしまったのですよ。
呆然としましたね。ええ。
あれが人間の速力かと。
忍者の末裔か、特殊な走りを習得している十人の幹部の一人か。
控えめに、化け物である。
そして散歩が何か理解してるのかと小一時間程問い詰めたい。散歩とは、歩くことですよ?
のんびりと、景色を見ながら。
決してドップラー効果なんて生まれないんです、散歩からは。
「いやマズイ、見失っちゃう!!」
慌ててバイクを反転させて追いかけてみましたが、まさかの追いつけないのです。
まさかですよね。バイクですよ、こっちは。
高速乗れるやつですよ?
「きたー! 直線だ! 勝負だワンコ!」
「ウァン!!」
「もうヤメテ! 怖いからこの速度!!!」
さきほど自転車にのったマネージャーをイメージしたが、撤回させてほしいです。
これはあれだ、カーチェイスだ。
三分の二が生身だが、立派なカーチェイスなのだ。もう生身なんて認めたくない。
「うし! 到着!」
「わおん!」
「もういや……」
結局、そこそこに大きな一軒の日本家屋にたどり着くまで、この爆走は続いたのだった。
三位は、私だった……。
★ ★ ★ ★
「ただいまー」
「わおん」
「……おじゃま……します」
元気はつらつ一人と一匹、そして疲労困憊の少女が一人。
そんな異色の組み合わせに佳乃は「あらあら」と微笑みながら出迎えた。
「義昭。ずいぶん張り切ったのね。ご近所さんが言ってたわよ。すっごい走ってたって」
「おう、すごいいい感じだった。このワンコもしっかり付いてこれたしな!」
「ワオン!」
「あらあら凄いのね~。ほら、手を洗ってらっしゃい」
上品に微笑む夫人はやんちゃな息子を見守る母のよう。
「で、そちらの子は高橋さんのところに泊まってた子かしら」
「あ、えっと。すいません突然。義昭くんに用事があり、訪問させていただきました。お母さま……ですよね? 昼時にごめんなさい」
「あらあらお義母さんなんて、やぁねぇ」
なんかイントネーションが微妙に違う気がした奏だったが、次の言葉に吹き飛んだ。
「私は祖母ですよ。ほほほ」
「えっ……!?」
すらりとしたスタイルに皺も目立たない容姿。
いいとこ四十台にしか見えない夫人だが、それが祖母。
艶のある黒髪をシュシュで纏めて右肩口から垂らしたスタイルなんて、その辺の若奥様といっても通用するレベルなのに、祖母。
いやいやいや、さすがに、無い。
「あ、えっと、ご冗談を……」
「あら、ほんとよ? 今年で六十八になりますし」
「うそでしょ……」
ほら、と渡された免許証には、しっかり生年月日が記載されており、計算したらしっかりと申告通りの年齢であった。
記載の生年月日と免許証写真に違和感がすごいことを除けば、すべて真実。
「こら、走らないの。わんちゃんも足洗ってあげてね」
「はーい」
免許を見下ろした姿勢で固まる奏のそばで、繰り広げられる日常の風景。
奏は今日、人体の神秘を知ったのだった。
★ ★ ★ ★
そこから先の記憶はあいまいだが、促されるままに手を洗い、食卓に座っていた奏。
いつの間にか剛造も食卓に付いており、目の前には涼やかなそうめんが。
薬味は手作りだろう漬物の盛り合わせ。
「んじゃ、いただくとするかいの」
「ワン!」
ワンコは机の下でプラスチックのお皿に盛られた「何かの肉」を一心に食べている。
「夏はやっぱそうめんだよな。涼やかだし」
「婆さんの漬物も旨いぞい」
「あらあら、おかわり茹でなきゃね。ほら奏さんも」
「あ、はい……頂きます」
もうなんとでもなれ。そう半ば開き直ってそうめんに箸を伸ばす。
「あ、おいしい……」
「良かったわ。ツユも手作りなのよ~」
「そうか旨いか! ならこれも食え食え」
機嫌よく剛造が差し出してきた皿には「何かの肉」を焼いたのだろう一品が。
「特製のイノシシ味噌焼きじゃよ」
「イノシシ……」
思い出深い、イノシシ……。
とりあえず勧められたものは食べてみる。
「少し硬いけど、美味しい」
「旨味があるじゃろ」
ニヤリと笑う剛造。
田舎ならでわだろうか。人と人の距離が近いような、この暖かさ。
どこまでも続くマイペースと独特な雰囲気。
だからだろうか、気が付けばすっかり奏はこの一家に流されていた。
ずるっとそうめんをすすり、咀嚼し呑み込んで、そっと頭を抱える奏。
(ちょっと待って! なにこの一家のペースに飲まれてるのよ奏! 話に来たんでしょ言いにくい事!!)
今の状況を三行で説明すると。
反則レベルの美魔女に意識飛びました。
気が付けば昼ご飯を一緒に食べていました。
家族の食卓にナチュラルに混ざりこんでいます。
うん、想定外過ぎる。
「ワン!」
「おう、お代わりか。魔獣ってのは食うなぁ」
「ほら、お食べなさい」
「くぅ~ん♪」
あと義昭だけでなく家族も魔獣を受け入れている。
魔獣も魔獣だ。外見と魔力以外は完全に無害な柴犬ではないか。
そして義昭。どんだけそうめん食うんだ。静かだと思ったらひたすら啜ってたのか。
(ごめんなさいマネージャー。この一家、手に負えないかも……)
ワンコに氷を作らせてツユにいれて「便利だな~」なんて言っている一家をよそに、そう奏は心の中で弱音を漏らしたのだった。
がんばれ、魔法少女。




