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なんか楽しそう……えっ?

「ふう……ちょっと行ってって距離じゃないでしょ……いいけど」


愛車を飛ばして半日。

ついこの間来たばかりの田舎風景に、懐かしさと同時に疲労が押し寄せる。

本当に、遠かった……。

距離だけじゃない、途中から始まる山道に舗装の乱れた道、標識がなく方向を見失いがちになる森。

極めつけはスマホのマップで「森」としか表示されない事実。

全てが神経をすり減らしてくる。


「道の脇に爪痕があるのはやめてほしいよね……」


熊の痕跡だろう。多分。ほんとやめてほしい。


「さてと、じゃあ早速……」


義昭に会ったら何て言おう。

久しぶり? いや違う。元気だった? いや一週間だぞ? ふつう元気じゃないだろう。

肩斬られてたんだぞ? 療養中だろうきっと。

……でも、なぜだろう。元気な予感がする。

そんな葛藤を脳内で抱えつつ、小鳥遊から貰った地図を開く。

義昭の家に行ったのは彼女だけ。その地図が頼りなんだが……。


「民家、畑、林、田んぼしか目印ないってどゆこと?」


田んぼも畑も見渡す限りありますが?

林なんて随所にありますが? は?

あの上司、絵心とか無いんか?


「これでたどり着けるわけ……あ、すみっこに住所書いてある」


スマホに入力してみると、なんとか表示してくれた。

この地域も宅急便とかは届くはずだから、不思議ではないが、道中の森表記だけのナビを思い出すと激しく安堵する自分がいた。

というか、残念な地図なんて付けずに住所だけで良かったのでは? あのマネージャー。


「まあいいか、早く行こう」


時刻は十一時くらい。お昼ご飯になる前に行けば話しくらいはできるだろう。

というか、六時前くらいからバイクに乗っているのでいい加減疲れた。

義昭の家でいいから休みたい。はやく用事終わらせてから落ち着いて休みたい。

ヘルメットをかぶり直し、バイクのアクセルをかけ飛ばしすぎない程度に目的地へと走らせる。

相変わらずのどかな風景がヘルメット越しに流れていき、時折都会では見ないようなトンビやタカが空を舞っているのも見える。

ビルに囲まれた空間で育った奏には、この背の高い建物もなく開けた風景は何度見ても異世界に来たような気分にさせてくれる。

任務やお使いがなければ、観光がてらゆっくりしたいところだ。自分もまだ病み上がりではあるし。


「あ、牛小屋まである。ほんと長閑だなぁ」


都会では埋もれてしまうバイクのエンジン音も、こう開けていると一種の効果音のように聞こえてくるのが不思議だ。

奏はそこまでマフラーの音には拘っていなかったので、あまり大きな目立つ音を出す愛車では無いのが、この風景とマッチしているように思えた。


そんなことを考えながら走っていると、前方より一人の男性と一匹の犬が走ってくるのが見えた。

田舎の道なのでそこそこの広さしかなく、危なくないように減速する。


「なんか、都会よりこういう素朴な風景のほうが犬の散歩って合ってる気がするよね」


たまに思うのだ。都会のアスファルトを歩く犬は本当に楽しいのかと。

夏は熱く冬は冷たい。そんな劣悪な地面に肉球丸出しで歩かされる。

特に猛暑日なんかは世話ではなく拷問なのではないかと、心配になるほどだ。

たいしてここは土がむき出しであり、風も通るためかそんなに熱いという感じはない。

これならあの正面からくる狼のような子犬も元気に散歩できるだろう。

にしても珍しい犬種だ。


「鱗がある……いや、まさかね」


けっこう離れているので遠目に模様が鱗に見えるだけだろう。

犬も飼い主もジョギングでもしているのか、とても軽やかな動きで進んでいる。

いや、ちょっと待って、飼い主なんか見覚えがないか?


「あれは……義昭くん?」


その「アーメンVSラーメン」なんて凄まじいセンスのシャツを着て走る青年は、自分の今から会いに行く人であり会いにくい人筆頭である義昭。

家に着くまでの間に覚悟を決めようと思っていた奏の目論見は、早くも崩れ去った。

ならば今この時わずかな時間で覚悟を決めろ、そう自分を奮起させる奏。

目測だが、まだ距離は数百メートルはある。その間に第一声くらいは。


「あれ? そこにいるのは奏さん?」


そんなことを考えている間に、義昭との距離は数十メートルにまで縮まっていた。

いや、いくら何でも早すぎませんか?


「あ、ええと、久しぶり」

「一週間ぶりですか。お元気そうで」


挨拶を交わす間に目の前に来ていた義昭。

咄嗟に出てきたセリフは「あ、ええと」。どうした自分。

考えに考えたセリフがそれか? クソ雑魚か畜生。

内心そう落ち込む奏だが、当の義昭は楽しそうに犬とじゃれている。

足元でくるくる回るその犬を撫でながら、ペットボトルの水を与えていた。


「ごめんね、散歩の途中だった?」

「ああ、いいですよ。かるく回ってただけなんで」


以前に年齢マウントをとったせいか、または国家権力の威光か、敬語を使う義昭。

そんな彼の隣で無邪気に見上げてくる子犬を、自分も撫でようと思った奏だったが、そこで気が付いてしまった。

フサフサの毛並みに共存する、まるで竜を思わせる鱗。

漂う魔力は間違えようがなく、魔獣。


「わふっ?」


可愛く首を傾げるしぐさになごみそうになるが、間違えようがない。

これは、魔獣だ。


(え、なんで? どうしてこんなナチュラルに魔獣が? しかもワンコみたいに散歩中!?)


奏、一瞬にしてパニックに突入。

だって仕方がないだろう。

この四年間、出会ったら即戦闘の、獣というより災害に近い存在だった魔獣。

融和も保護も考えようがないほどに人類の敵としての認識が強い。

一緒に散歩なんて予想外過ぎて反応に困る。


「どうした奏さん、固まって。犬苦手?」

「くぅ?」

(だからそれ犬じゃないって! いや、そっちも可愛く舌出すな!)


いや、冷静になれ奏。ビークールだ。

ほら掌に人を五個くらい積んで咀嚼すれば落ち着くはず。

いや、素数だ。素数こそが味方だ。

まず何をすればいい。

そうだ、義昭だ。

きっとそう、あれだ。彼はイノシシを魔獣と知らずに食うような人だ。

あのどう見ても普通の犬じゃない魔獣も、しっかり犬と思っている可能性が非常に高い。

まずはその誤解を解くことから始めねば。


「あの~義昭くん?」

「ん?」

「その子なんですが、多分魔獣かな~と」

「ああ、知ってますよ。可愛いでしょ?」

「知ってた!!!????」


ビークールはどこへやら。

まるでムンクの一場面のような顔で、声なき悲鳴を上げる奏の正面で。

義昭はのんきにワンコへとビーフジャーキーを与えているのだった。







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